2010年11月02日

親学10か条 その10、家をのんびりできる場所にする


 集中力のある子というのは、ある意味リラックスのうまい子でもあります。
 勉強面で集中力が発揮出来る子は、心ゆくまで十分遊んでる子です。
 好きなだけ遊べたから、今度は勉強がんばるぞ!てなります。
 なあ〜んて書いたら、うちの子はそうならないんですけど・・って声が聞こえてきそうですけど、それは待ち方がせわしないからです。子どものヤル気、集中力を待つなら年単位で待たないと。1年、2年とのんびり待つ覚悟がないと,子どものヤル気、集中力は引き出せません。

 うちの一番下の息子は、小学校の時は、まったくの普通、クラスのど真ん中の成績でしたが,好きに遊ばせていました。塾にもやりませんでしたし、勉強しなさいとも言いませんでした。本当に好き放題させていました。

 中学校に入ってからも、部活から帰って晩ご飯を食べたら,テレビを見るかマンガを描くか、とにかく勉強はしてませんでした。それでも何も言いませんでした。僕もそうでしたから。テスト前しかやらなかった。家で何度も予復習しようとしましたが,結局出来ず、結論としては,家では勉強しないので、せめて学校の授業だけはしっかり聞こう、と思ってましたから。息子にもそう言っていました。
 
 そうしたら、中3になって、急に行きたい高校ができて、勉強がんばると言ってきたので、中3から僕が週2回教えることにしました。
 教えてみたら、すごい集中力でした。
 なぜか?
 人間は好きなことをしてる時は集中してるものです。息子は、好きなことをする中で、結果的に集中力が養われていたのです。
 
 勉強はちっともしないで、マンガばっかり読んでいる、マンガばっかり描いている、ゲームばっかりしている・・、こういう子は大抵,集中力があります。だから,子どもの様子がそんなふうであったら、「この子は集中力があるんだ」とプラスに見るようにしましょう。そうすればイライラしなくて済みます。事実、僕自身がたくさんの生徒を見てきて、マンガ好きゲーム好きな子は頭が良かったり、集中力がある子が多かったです。
 ゲームってすごく頭も使うし、集中力や注意力、推理力がないとクリアー出来ないので、ゲームをやる中でそれらの力がつくことは当たり前なんですけどね。大人はそういったプラス面はあまり見なくて、マイナス面ばかりを見がちですけど。

 家ではあまり子どもを縛らない方がいいように思います。
 ただし、お手伝いはいっぱいしてもらって、いっぱい「ありがとう」を言ってあげて下さい。子どもがしてくれたことに、いちいち「ありがとう」と感謝し喜んであげて下さい。そうすれば,人の役に立つ喜び、人に喜んでもらえる喜びがわかる子に育ちます。

 家でゆっくりできる。ありのままでいられる。だらしなくいられる。
 それって、本当に素晴らしいことで,必要なことで、だらだらしてるからこそココ一番という時に、がんばれるんであって、ず〜っと張りつめたまんまだと、ココ一番で力が発揮出来ません。普段リラックスしてるからこそ集中出来る。

 家で好きなことをする。
 それは人間が喜びをもって生きるために必要なことです。
 大人であれ、子どもであれ、一日最低2時間は自分が好きなことをする時間を持ちましょう。
 その時間がないと、あなたも子どもも生き生き生きることはできません。
 まず、お母さんであるあなたから一日2時間、自由に好きなことをする時間をとって幸せを感じましょう。そうすれば,子どもが家で好きにしていても腹が立たなくなります。

 子どもが安心してありのままでいられる。それは子どもに「心休まる居場所」をつくってあげるということ。お母さんが「心休まる居場所」になってあげるということです。それでこそ,子どもにとって家が真のホームになるのだと思います。
 家庭において3つの「 あ 」(あいじょう、あんしん、ありのまま)が実現していれば、家庭には笑顔があふれています。
 そんな家庭で育つ子はいい子に育つに決まっています。



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2010年10月21日

親学10か条 その9、親が幸せである


 子どもを育てる上で、最も大切なのが「親が幸せである」ことです。
 まず、親が幸せであると機嫌がいい。機嫌がよければ、やたらに子どもに怒ったり、あたったりしない。子どもへの愛情も安定している。それが子どもの情緒の安定につながります。
 
 幸せな気持ちで子どもに接するということは、幸せなオーラで包んであげてるということであり、子どもも幸せな気持ちになります。どちらかというと、子どもの幸せオーラを親がもらっていることの方が多いかもしれません。そういった意味では、子どもがいてくれる幸せ、喜び、そういったものをたくさん受け取れる「幸せの感受性」みたいなものが大切です。

 思えば、子どもはたくさんの喜びを親に持って来てくれたのではないでしょうか。
 子どもが元気に生まれて来てくれた時の喜び、
 初めて笑った時の喜び、
 初めて「ママ」と呼んでくれた時の喜び・・、
 数えきれない程のたくさんの喜び、それは今も続いています。
 その気になれば、もっともっと子どもたちから喜びを受け取ることが出来ます。
 そして、喜びを受け取ってもらうことが即ち、子どもへの最高の祝福になります。

 「あなたがいてくれるだけで、私はこんなに幸せ。ありがとう。」
 これ以上の愛ある祝福の言葉、相手を賞賛する言葉はありません。

 あなたが、あなたの愛する人からそう言われた時の気持ちを想像してみて下さい。
 「あなたがいてくれるだけで、楽しいなあって幸せな気持ちになるの。ありがとう。」
 「君といるだけで、なんか幸せ。なんか楽しい。ありがとう。」
 そう言われたら・・。

 それはもう言葉で言えないほど、嬉しい気持ちになりませんか。
 愛されているって、こういうことなんだと実感するのではないでしょうか。
 その気持ちを子どもにプレゼントすることができるのです。
 子どもがいてくれることによって生まれる喜びを発見するたびに。
 その喜びに気づき、その喜びを受け取ることは、そのまま子どもを愛することにつながっていて、その喜びを表現することは、そのままその子への愛を表現することでもあります。

 また、幸せである為には、自分を愛する必要があります。
 自分を愛するとは、自分を受け入れることでもあります。ありのままの自分を受け入れた時、本当の意味でありのままの自分が見えてきます。それまでは見たくない気持ちが強すぎて、自分が見えていないものです。ありのままの自分を真っ正面から見られるようになって初めて人は真に変わることが出来るのです。

 たとえば、あなたが自分の心の中にある「自己中心的な傾向」を嫌っていたとします。
 あなたは自分が自己中心的でないように気をつけるようになります。でも、心の底では自己中心的な傾向は拭いがたくあり、ふとした時に自己中心的な自分の振る舞いを見つけたり、人に指摘されたりするとひどく落ち込んだりします。ああ、私は自己中心的なままだと。そしてまた、そうでないように振る舞おうと気をつけるようになるでしょう。
 でも、これでは同じことの繰り返しになるのです。
 自分のその性格を拒絶するのではなく受け入れるのです。

 ああ、私は本当に自己中心的だ。なんでも自分のことを真っ先に考えてる。自分のことばっかり・・、こんな自分なのに、夫や子どもたちは許してくれている・・、友人たちは受け入れてくれている・・、こんな私なのに・・、

 そう思った時に自然に感謝の気持ちが湧いてきて、自然と人のことも考えられるようになっていきます。
 自分の自己中心性を客観的に見られるようになり、笑えるようになります。どこまで我がままやねんと。
 そうすると、自分のその性格がコントロール出来るようになり、この場面では自分ではなく、周りの人のことを優先しようとか。
 ちゃんと人のことが考えられるようになるのです。

 本当はあなたはそのままでいいのです。
 そのままで素晴らしい人だし、そのままのあなたで愛されているのです。
 そして、そのままで幸せなのです。
 なんにも努力する必要はありません。
 それに気がつけばいいだけです。



 
 
 
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2010年10月14日

親学10か条 その8、子どもの存在を喜ぶ


 先日、といっても今年の5月のことなんですが、自分の誕生日に京都で一人暮らしをしている母に電話をかけました。というのも、妻から誕生日というのは生んでくれたお母さんに感謝する日だと言われて、それもそうだなと思いましてかけたんです。
 「今日、オレ、誕生日やねん。」
 「そやったなあ〜。お誕生日おめでとう。」
 「お母さん、生んでくれてありがとう。」
 「こちらこそ、私の子どもに生まれてくれてありがとう。」
 という少し照れてしまうような会話をして電話を切りました。
 まさか母から「私の子どもに生まれてくれてありがとう」なんて言葉を聞けるとは思ってもみなかったので、思いがけず言葉のプレゼントをもらいました。
 
 この母のもとに生まれこの母に育ててもらったことは僕にとって、とても幸運なことだったと思います。母はいつも「子どもは宝だ」と言っていました。

 母は、僕がいい子のときも悪い子のときも、ずっと変わらず愛してくれました。
 というより、いい子だと信じていたのかもしれません。どんなことをしても。

 僕が自信を失わずに成長できたのは、母に自分という存在を肯定されて育ったからだと思います。
 
「あなたが生まれて来てくれてから、ずっとお母さんは幸せやで。今も。」
「あなたがいてくれるから、毎日が楽しい。」

 そう言われて育つ子は、真に自信のある子に育ちます。
 私は喜ばれる存在である。私は人を幸せにする存在である。
 そう思えることがどんなに幸せなことか。どんなに子どもの自信になることか。

 何かが人より出来るからとか、優れているからではなしに、「あなたがいてくれる」ことが喜びである。
 それが無条件に愛するということだと思います。そのとき、3つの「あ」(あいじょう、あんしん、ありのまま)がそろい、子どもは親から十分に愛されていると感じられ、安心してありのままでいられます。
 3つの「あ」がそろえば、自己成長力が活発化し、子どもは自然にその個性、能力、人間性を最もいい形で伸ばしていきます。


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2010年10月13日

親学10か条 その7、子どもの話を聴く


 小学校4年生から高校卒業まで約9年間指導した生徒がいたのですが、進路も決まり最後の指導が終わってしばらく経った頃、そこのお家から菓子折りとお礼状が届きました。
 お礼状は、お母様のものと生徒本人のものと2通入っていました。
 お母様の方のお手紙には、ご丁寧なお礼の言葉のあと、このように書かれていました。
 「・・長谷川先生と過ごす時間を、息子はとても楽しみにしていて、なにより先生が話を聞いて下さり温かく受け入れて下さったことが、あの子にとっては、大きな幸せだったと思います。・・」
 また生徒の方の手紙にも
 「・・いろいろな話を聞いて下さりありがとうございました。・・」
 とありました。

 9年間指導してきて一番感謝されたこと、それは「話を聞くこと」だったのです。

 その子はちょっと変わっていて、ベートーベンやモーツワルトといった音楽家に興味があったり、トルコの歴史に興味があったり、新撰組に興味があったり・・、同じ年頃の子どうしだとなかなかそんな話も出来なかっただろうし、親御さんもそうそう話につき合ってられないでしょうから、その子の話を興味を持って聞いていたのは僕だけだったのかもしれません。

 僕は休憩時間に色々と教えてもらいながら彼とおしゃべりするのが楽しかっただけで、話を聴いてあげようと努力していた訳ではありません。ただ、彼の「人と変わっているところ」が大好きでした。だから、彼と話すのが楽しかったし、彼もそう感じていてくれたのだと思います。

 話を聴く、それは「あなたの話は面白い、聞く価値がある」「私はあなたに関心がある、好意を持っている」という無言のメッセージでもあると思います。

 僕は講演で話をしますが、ちゃんと話を聞いてもらえると、「自分は受け入れられている」と感じますし、自信を持って話をすることが出来ます。
 話を聴く、というと何か受け身な感じがしますが、実はこれほど相手に対して肯定的で強力なメッセージはありません。褒め言葉だと、時に相手に誤解されることもあるかもしれませんが、「聴く」という姿勢は肯定的な意味しか相手に伝えません。

 子どもの話を聴く。
 それは、あなたは私にとって大切な存在ですよ、あなたのことを愛していますよ、あなたに関心がありますよ、あなたのことを理解したいと思っていますよ、ということを言ってるのと同じことです。だから、子どもは安心するのだと思います。
 また、あなたの話は聴く価値があるということは、あなたには価値があると言ってるのと同じことです。だからこそ自信がもてるようになるのだと思います。

 大人だって、話を聴いてもらったり、わかってもらったり、共感してもらったら元気が出ますよね。
 ありがとうって感謝しますよね。
 それは「聴く」ということが、一つの愛情表現であるからなんだと思います。


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2010年10月07日

親学10か条 その6、家族仲良くする


 子どもがすくすく伸び伸び育つ家庭とは、明るく笑顔が絶えない家庭です。
 それは教育上だけではなく幸せという意味でも大切で、だからこそ結婚される方のほとんどが「どんな家庭を築きたいですか?」という質問に「笑顔が絶えない明るい家庭」と答えられるのだと思います。
 では、どうすればそんな家庭が築けるのでしょう。

 まずは、「家族が仲がいい」というのが一番でしょう。
 特に夫婦仲がいいことが大切です。
 皆さんも自分の人生の幸不幸のカギを握っているのは夫であり、妻であることは実感されていると思います。(だから、本当はもっともっと妻や夫に対しては丁寧に優しく接する必要があるのですが・・。)
 
 良き理解者、良きパートナーである妻または夫を持つことは、本当に幸せなことです。逆に、夫や妻から理解もされず、評価もされず、感謝もされないならこんな淋しいことはありません。
 そう考えた時、果たして自分は妻や夫に対して、
 
 理解しようと心がけているだろうか?
 自分の考えを押しつけてばかりになってはいないだろうか?
 相手を高く評価し感謝しているだろうか?
 相手がしてくれることは当たり前になってはいないだろうか?
 相手に対して不満ばかりを感じていないだろうか?

 相手に「理解してほしい」「評価してほしい」「感謝してほしい」と望む前に、
 まずは自分からそのように接していけば、相手も変わるように思います。

 そう考えるなら、人生の幸不幸のカギを握っているのはやっぱり自分自身なんですね。

 あと、変に我慢したりしないことが大切です。
 その人に対して我慢し始めると、とたんにその人のことが嫌になってきます。
 自分の気持ちは正直に言う。
 相手に対する思いやりと敬意を持って、自分の気持ちをありのままに伝えることはとても大切です。

 それと相手に対して求めることばかりが多くなっていないか。
 相手に求めることが多い人は、不満も多いものです。
 不満ってけっこう自分で作り出していることが多いものですから。

 最後に、したいことはする、買いたいものは買う、食べたいものは食べる。
 ああ、こうして、したいことが出来て、買いたいものも買えて、食べたいものが食べられるのも、妻がいてくれるおかげ、夫がいてくれるおかげ、そう思えれば自然に感謝の気持ちも湧いて来ます。

 そうして、もう、妻も夫も子どもも自分も全部許してしまう。
 自分の欠点も、夫や妻の欠点も、子どもの欠点も直らないと諦めてしまう。
 諦めたら、もう直す努力もしなくていいので、気楽で楽チンです。

 なんか「不真面目のすすめ」みたいになってきましたが、楽しい家庭ってものは大体において「いい加減な家庭」です。明るい家庭というのは、みんなどこかズッコケていて抜けているものです。
 かた〜いことを言う家庭は、大体、人の目ばかり気にしていて口うるさくて、ちっとも楽しくないものです。

 我が家には楽しい家庭にする為の「長谷川家家訓」というのがあります。
 「家では正しいことは言うな、楽しいことを言え。正しいことは人を窮屈にするけど、楽しいことは人を元気にする。」
 というものです。


 家族が仲良くするためには、

 1、相手にばかり求めない。自分から「理解」「感謝」をしていく。
 2、我慢せずに自分の気持ちは正直に言う。我慢せずにしたいことはする、買いたいものは買う、そうして幸せを実感して感謝する。
 3、許し合う、自分も相手も。かたいことは言わない。互いの欠点は直らないものと諦める。

 これを実践すれば、家族仲良く、明るい笑顔あふれる家庭が作れます。

 

 
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2010年10月05日

親学10か条 その5、子どもの思い、ペース、自由を大切にする


 人間は誰しも愛する対象については「自分だけのものにしたい」という独占欲を持っています。これは別に悪いわけではなく、当然のことです。でも、相手が自分と同じ人間であれば「自分だけのもの」にするわけにはいきません。相手には相手の考えや思いがあり、自由意志を持った存在なのですから、自分の思うようにはなりません。
 恋人同士だと、それが焼きもちとなったり、束縛となったりするわけです。
 
 ところで、親も子どもを愛していますので、当然、独占欲はあるわけです。
 普通、1、2歳までは母親が子どもを独占出来てしまうので意識しませんが、子どもの自我が生まれ始める3歳頃になるとこの「独占欲」が「支配欲」に変わります。
 独占欲というのは、相手を自分のものにしたい、つまり自分の管理下において自分の思うようにしたい、というのが独占欲なのですが、この「自分の管理下において自分の思うようにしたい」心とは、結局、支配欲なわけです。

 この「子どもを自分の思うようにしたい」支配欲は、親であれば誰しもが持っています。

 大切なのは、支配欲をなくすように努力することではなく(なくすことは出来ません)、自分にも子どもを支配したい気持ちがあることを自覚して、子どもを自分の思い通りに育てようとしないことです。
 
 それは自分の思い優先ではなく、子どもの思いを大切にするということです。
 そうすることで、子どもは自分は大切にされていると親を信頼するようになります。自分は愛される値打ちのある大切な存在なんだという自信を持ちます。

 それはまた、子どものペースを大切にするということでもあります。
 子どもを尊重するということは、子どものペースを尊重するということで、「早くしなさい」は命令であり、問答無用で命令される子どもは尊重されているとはいえません。急がなければならない時は、「何時には家を出なければならないから、そのように協力してくれる」と頼めばいいのです。意外と子どもは途中までグズグズしていても最後には帳尻合わすものですから、途中のグズグズのところで怒らないように気をつけましょう。
 子どもを尊重するということは、「あなたは尊重するに値する素晴らしい存在ですよ」ということを態度で示していることになります。

 そして子どもを尊重するということは、子どもを信頼しているということです。
 子どもを信頼しているからこそ、子どもの自由を認めます。
 子どもの自由を認め、子どもの自由を大切にする、それは「あなたを信じている」という証しです。
 親と子の信頼関係は、そのようにして出来ていきます。

 英語で「尊重する」はrespect(リスペクト)と言います。それは「尊敬」も意味していて、結局、相手を尊重すると言うことは、相手を尊敬しているということで、夫婦であれ親子であれ、尊敬し合う心が大切なんだと思います。

 いい関係というのは、気楽で楽しいけれど、どこかで相手を尊敬し合っているものだと思います。



 
 
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2010年10月04日

親学10か条 その4、子どもを親の思い通りに育てようとしない


 子どもを思い通りに育てようとしない、ということは子どもの内にある「いのち」(自己成長力)に敬意をはらい、信頼し任せていくということです。それは育てる親が主人公になって「どう育てるのか」ではなく、成長していく子どもの「いのち」の自己実現を助けていくということです。

 子どもの中に宿る「いのち」は、その本来の個性を実現しようという衝動を持っています。それは未だかつてこの世に表れたことのない「新しい善さ、新しい美しさ」をこの世に表すことです。その「新しい善さ、新しい美しさ」が何であるかは親にも子にもわかりません。その子が40歳、50歳以降になって始めてわかることも多いので、孔子さまは「五十にして天命を知る」とおっしゃいました。

 それはその時代その社会において高く評価され、もてはやされることもあれば、ひっそりと野辺に咲く花のように、静かに幸せに咲いていられることもあります。どちらが幸せとは言い切れませんが、その個性が花開き、「新しい善さ、新しい美しさ」が表れ、周りの人達に喜びや癒しをもたらすことは「いのち」の大いなる喜びであることは間違いありません。

 親の思い通りに育てようとすることは、上に述べたような可能性をつぶしかねません。

 例えば、ここに何の花の種かわからない種があったとして、それを親が勝手にバラの花をつけさせたいと考えても、たまたまバラの種だったらバラの花が咲きますが、朝顔の種やひまわりの種だったら、バラのように育てようとすれば枯れてしまうかもしれません。
 何の種かわからないのですから、とりあえず毎日適量のお水をあげて、やさしい言葉をかけて、日光にあたるようにして、見守るしかありません。どんな芽を出すか、楽しみに待つことです。そして芽がでたら、いっぱい誉めることです。そうすることで花も励まされ元気に育っていきます。
 花を本当に育てるのは、花自身に内在する「いのち」であり自己成長力です。それを励ましサポートすることはできますが、それはその花が自分の花を咲かせ、実を結ぶのを助けることでしかありません。
 
 子ども本来の花をつけられるように、見守り世話することが大切であり、子どもという花を使って親の自己実現に利用してはいけません。子どもの自己実現をたすけることが育てることの本質であり、子どもを「生かす」ことの本質です。

 華道家の川瀬敏郎さんは「生け花」について、

 花とはいのちの形であり、こころの言葉そのものであるから、心の扉を開く一輪の花を生けたいと思うなら「花にならう」心になることが大切。
 とおっしゃっています。

 花の心を聴くことができて本当に花を「生けられる」ように、子どもの心を聴くことが出来て、子どもを「生かす」子育てができるのだと思います。



 
 
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2010年10月02日

親学10か条 その3、子どもを尊敬する


 パナソニック(旧社名 松下電器産業)の創業者、松下幸之助氏はかつて、このように仰っていたそうです。
 「松下電器は電器製品も作りますが、まず人を作ります。」
 企業は人なり、とはよく言われますが、松下氏はことの外、人材育成に力を注いでおられました。
 
 「 私には社員が偉く見えました。

 これは、その松下氏の言葉ですが、松下氏は義務教育しか受けておられません。
 そんな自分の会社に大学出の頭のいい人が来てくれる、そして会社のために一生懸命仕事してくれる、それは本当に有り難いことだ。そんなふうに感じておられたそうです。
 
 社長から偉いと尊敬され、よくうちに来てくれたと感謝されたなら、社員もがんばって働いたことでしょう。そして“人財”としてよく育ったことでしょう。

 子育ても同じです。
 私みたいな未熟な親のところに生まれて来てくれてありがとう。
 あなたみたいにかわいらしくて愛しい子が来てくれたことが嬉しくて幸せで仕方ない。
 私はあなたの親だけど、あなたを尊敬しています。
 あなたのその命の輝きに敬意を感じます。

 そんな気持ちで育てたなら、いい子に育たないはずがありません。

 大リーガーの松井秀喜選手は小さいころ、家の人達から「秀樹さん」と「さん」づけで呼ばれていたそうです。
 人は人から尊敬されれば、それに値する人間に成ろうとします。
 子どもも同じです。
 人は愛されることで、人を愛することを学び、人から尊敬されることで、人を尊敬することを学びます。
 大好きな親から、愛され、尊敬され、感謝されて育った子どもは、大きくなって人を愛し、人を尊敬し、人に感謝するようになるでしょう。

 子どもの人生を明るく喜びに満ちたものにさせるもの、それは人を愛する心です。
 子どもの人生を高貴で美しく夢多きものにさせるもの、それは人を尊敬する心です。
 子どもの人生に多くの応援者、協力者を得させるもの、それは人に感謝する心です。

 そして、それを子どもにプレゼントすることが私たち親には出来ます。



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2010年09月29日

親学とは


 昨日、おとついと親学について書いてきた訳ですが、親学そのものについては何も解説してこなかったので、ここで少しだけ説明しておきます。
 僕のいう親学とは、子どもを育てるにあたって誰しも「どう育てればいいのか」と考えるわけですが、育てるのはこの自分自身であり、方法論よりも育てる親自身のあり方の方が大事なんじゃないかなあという発想から出発しています。
 例えば、子どもが小学校に入学して、気になるのがどんな先生にあたるか、ということが一つあると思います。
 
 先日、妻がテレビで著書「五体不満足」で有名な乙武さんが、小学校の先生をされていた時のドキュメントを見て感動していたのですが、その中でも一番感激していたのが、子どもがいいことをした時に、わざわざお家に電話をかけて「きょう、〜くんがこんないいことをしてくれました」「きょう、〜さんが手伝ってくれて本当にたすかりました」と言われる。
 乙武さんは「先生からの電話って、たいがい何か悪さをしましたとか、いい電話が少ないじゃないですか?そうじゃなくて、先生からかかってくる電話は何かいいことをしたからって、なんかいいじゃないですか。そして、子どもたちがあとで親にほめられる、ほめられた子どもたちは幸せな気持ちになるだろうし、人の役に立つってなんか気分いいな、なんて思うかもしれないし・・、ねっ、いいって思いません?」と仰ってたそうです。

 こんな先生に習うことが出来たら、子どもの教育にとってそれはとても素晴らしいことだと思うのです。
 ましてや、親とは毎日同じ家で暮らすのですから、自分が「どんな親」であるのかというのは、子どもの教育にとって一番大事だと思うのです。
 毎日を感謝して楽しく暮らしている、人のいい所を見て尊敬し見習う、何事にも前向きでプラス思向、向上心やチャレンジする気持ちを忘れない、そんな親が子どもを育てたら自然といい子に育つ、というのが親学の基本的な考え方です。

 これは「子どもに求める教育」から「親自身が自分を見つめ直す教育」への転換です。
 あともう一点、親学が大切にしているのは「親子関係」です。
 温かくて受容的で信頼し合える親子関係が、子どもの健全育成には欠かせません。

 まとめますと、親学とは「子どもをどう育てるか」ではなく、「親として人間としての自分のあり方」「どのような親子関係を築こうとするのか」を考えようとするものです。子どもに望んだり求めたりするのではなく、親自身が自分を見つめ直し人間的に成長していくことによって、子どもの健全な成長を助け、そして引いては親も子も幸せに暮らしていくことを目的とするものです。


 
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2010年09月28日

親学10か条 その2、ありのままを愛する


 前回は「 子どもの自己成長力を信頼する 」ということについて書きましたが、その最後のところで、子どもの自己成長力を信頼し、愛情を持って関わるには、親自身がありのままの自分を受け入れていることが必要だと述べました。
 親自身がありのままの自分を受け入れられているからこそ、ありのままの子どもを受け入れることが出来ます。
 逆に、ありのままの子どもを受け入れられるようになった時、ありのままの自分も受け入れられるようになったとも言えます。

 ありのままの子どもを愛する・・
 ありのままの自分を愛する・・

 ありのままの子どもを愛するとは「 そのままのあなたが大好き 」ということです。
 「今のあなたで100点満点」ということですから、基本的にもっとこうなって欲しいというのがありません。
 子どもを「もっと良くしよう」という気張りがありません。
 「あなたはあなたでいいじゃない。あなたはそのままで十分素晴らしい。」ということです。
 もし、あなたがあなたの愛する人から、そう言われたら、どんな気持ちになりますか?
 嬉しいですよね。
 勇気が出ますよね。
 そうすると、意欲が湧くと言うか、もっとがんばろうという気にもなるし、「素晴らしい」て言ってくれたその気持ちに応えたい、と思うようになりますよね。子どもも同じです。

 ありのままの自分を愛するとは「 そのままの私が大好き 」「 このままの私で素晴らしい 」と思えることです。
 「私はこのままでとても幸せだ」と思えることです。
 そう思える為には「 したいことをする 」ことが大切で、というより「 したいことをさせてもらっている 」という自覚を持つことが一番大切です。

 そのためにも、是非「したいことをする」必要があります。そこを我慢してしまうと、周りの人に感謝するのが難しくなりますし、幸福感や自分を好きだと思う気持ちも持ちづらくなります。

 自分はしたいことをしている、自分はしたいことをさせてもらっている、それは本当に有り難いことだ。
 買いたいものを買っているでもいいし、食べたいものを食べているでもいいし、自分は好きにさせてもらえている、あー、有り難い、幸せと思えること、その自覚が大切です。
 
 それが、ありのままの自分を好きになる第一歩です。


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2010年09月27日

親学10か条 その1、子どもの自己成長力を信頼する


 今日から、10回にわたり「 親学10か条 」を詳しく解説していきたいと思います。
 第1回目は「 1、子どもの自己成長力を信頼する 」です。
 
 自己成長力とは、生まれつき人間に備わっている「 自ら成長、進歩、向上していこうとする力 」のことで、例えば赤ん坊は何も教えなくても、時期が来れば、自然に寝返りを打ちたい衝動にかられ、何度も寝返りを打とうと試みるようになります。そして、寝返りが打てるようになれば、今度はハイハイをしようとするようになり、ハイハイができるようになれば立とうとし出します。
 この「 もっと進歩していこう、もっと向上していこう 」とする衝動が人間をどんどん成長、発達させていくわけです。(この衝動は「 善くなっていこう 」という精神的な成長も含んでいますので、「 善性 」とも呼ばれます。)

 ですから、子どもの知性や身体能力、道徳性を伸ばそうとするなら、この自己成長力が発揮されやすい環境を整えるということが大切です。子どもの心身の成長発達にとって、親子関係を中心とした心理的環境がもっとも重要であり、子どもが
 「自分はありのままで親から十分に愛され大切にされていると感じ安心していられる」とき自己成長力は正常に活発に働きます。 

 本来、この自己成長力という言葉は心理学用語であり、カウンセリングの創始者カール・ロジャースが言い出しました。
 彼は、心理的に問題を抱えたクライアント(相談者)が、
 「ありのままの自分を受け入れてもらえ、
 温かく好意的な雰囲気の中で、
 自分や自分の話に関心を持って聞いてもらっている、
 自分の気持ちをわかってもらえている」と感じると、

 その人は
 
 「安心してありのままの自分や自分の気持ちを出すようになり、
 そうなると自分でも気づいていなかった自分の感情に気づいたり、
 見えていなかった自分の姿が見えてきて、
 そうして自分が今まで嫌っていた自分のダメな所や弱い所も受け入れられるようになる」ことを発見します。

 つまり、カウンセラーがクライアント(相談者)に対して、
 温かくそのままを受け入れ、共感的に理解してあげる人間関係を提供すれば、
 自然治癒力が活性化して病気が治るように、
 自ら自己成長力を発揮して心理的問題を乗り越えていくようになる。
 しかも乗り越えたあとは以前よりも精神的に成長している。ことを発見します。

 クライアント(相談者)にとって必要なのは、カウンセラーとクライアントとの間の温かい人間関係であり、それがクライアントを癒し、自己成長力を活性化し、心理的変化、成長をもたらす・・。
 では、心理的に健康な者が、そのような温かくて受容的な人間関係の中に置かれたら・・?

 「 その人が本来持っている個性や才能を発揮し、自己実現していく

 そう確信したカール・ロジャースは、治療的なカウンセリングだけでなく、問題を抱えていない個人が「ありのままの自分を受け入れていくこと」を助け、自己実現してけるような心理学の必要性を説きました。
 普通の人が、もっと精神的に成長し、自己実現的になり、人も自分も幸せにしていくような心理学。
 それを彼は「 人間性心理学 」と名付け、人間としての更なる成長、進化があることを示しました。


 子どもを良くしようとするのではなく、
 子どもの自己成長力を信頼し、
 子どもの気持ちを理解しようとし、
 愛情と関心を持って関わる。

 その関わりが子どもの成長を助け、子どもの自己実現を助けます。

 ただし、そういう関わりが出来る為には親自身が、「ありのままの自分を受け入れていること」が必要です。
 そして、それはいっぺんに出来るようになるわけではなく、子どもを育てていくなかで、様々に悩み、迷い、そして気づいていくことで出来るようになるのだと思います。
 そうして親も子も共に成長していく。

 子どもたちは、こんな欠点だらけの私たちのありのままを受け入れ、愛してくれています。
 本当にそのことに気づければ、ありのままの自分を受け入れることも、ありのままの子どもを受け入れることも、それほど難しいことではないように思います。


posted by 長谷川 at 16:29| Comment(0) | 親学10か条 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする