2015年07月18日

「親に無理矢理やらされた習い事とか、大人になった今、親に感謝しているのですが・・」


 7月12日(日)のペアレントセミナーの質疑応答の時間に、こんな質問が出ました。

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 「私は子どもの頃、親に無理矢理やらされた習い事とかあったんですが、いま大人になってそれが役に立っていたりして、親に感謝している所もあるのですが、そのあたりはどう考えたらいいでしょうか?」

 今回のペアレントセミナーでは『子どもの気持ちを尊重していきましょう』という話だったので、その逆といいますか、無理にやらされたことでも大人になって「あの時は嫌だったけど、無理にでもやらされてよかった」ということもあるんじゃないですか。その点はどうなんでしょう?
 というお尋ねでした。

 それに対してこんなふうにお答えしました。

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「そういうこともあるでしょうね。
 その時は嫌だったけど、今になったら『よかった』て思えることもあると思います。
 僕はよく『習い事は2つまで。一つは親が習わせたいこと、もう一つは子どもが習いたいこと。』て言うんです。だから、親が習わせたいことを習わせるのは悪いことではないと思っています。
 大切のは全部親が習わせたいことばかりにならないことです。
 また、習い事を2つまでにして子どもから遊びを奪わないことです。
 子どもは自由な遊びを通じて、世の中に出てから役立つ創造力や共感力を養い、自分を表現することを学びます。だから、習い事をいっぱいやらせることで子どもから遊びを奪うことには反対です。
 でも、親がバレーを習わせたい、英会話を習わせたい、スイミングはやらせたい、と思うこと自体は全然悪いことではないし、子どもも習いたいと言うのであれば2つまではやらせたらいい。
 ただ『やめたい』と言い出したらやめさせてあげてね。」

 そのようにお答えしました。

 僕が言いたかったのは、親が『子どもを大切にする』ということはどういうことか?
 それを真剣に考えてほしいということです。
 親が良いと思うことを押しつけることは決して『子どもを大切にする』ことにはつながりません。
 それは親のエゴです。
 でも、子どもの気持ちを聞いて、子どもの言う通りにすることばかりも『子どもを大切にする』ことではありません。
 時には子どものためを思って言うべきことを言うことが『子どもを大切にする』ことにもなります。

 だから、こうしたらいいと一概にはいえません。
 でも、「子どもにとってどうしてやるのが一番よいのか?」その視点を失わずに、そしてそのことを色んな側面から見て、こうしようと親が決めたらそれが一番いいように思います。
 何が正解とかはありません。
 そこに愛が表れているならそれでいいのだと思います。

 

 
posted by 長谷川 at 13:42| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月04日

小杉英了先生の新刊が出ました!


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 20年ほど前、僕は「姫路シュタイナーを学ぶ会」でドイツの教育思想家であるルドルフ・シュタイナーの思想を学んでいました。
 そのときの講師をして下さっていたのが小杉英了先生です。
 僕はその会のちょっと浮世離れした雰囲気が好きだったし、個性的であたたかいその会のメンバーが好きだったし、講師の小杉先生の『個人の自由』を徹底的に尊重されたその姿勢が好きでした。
 僕にとって今も小杉先生は講師としての鑑です。
 今、僕が主宰しているペアレントセミナーにおいても、小杉先生のその姿勢から学んだことが多いです。
 その会で、あるご婦人がこんな質問をされた時がありました。

 「シュタイナーを学んでいますと、つまりこういう精神的なことや哲学的なことを学んでいますと、俗っぽいことばかり言う主人が馬鹿みたいに見えてきまして・・。やはりシュタイナーを深く学んでいきますとそのように感じてしまうものなのでしょうか?」

 それに対して小杉先生は即座にこう答えられました。
 「人が馬鹿に見えてくるようなものであれば、そんなものは学ばない方がいいです。学べば学ぶほど謙虚になって、人を尊敬できるようになるのが本当の学びではないでしょうか。学んで傲慢になるくらいなら初めから学ばない方がいいでしょう。」

 僕はこのとき小杉先生の『学ぶことに対する厳しい姿勢』、常に真摯に自らを振り返る姿勢に感銘を受けたのを覚えています。

 小杉先生はまた「来たい人が自由に来たらいい。聴きたい人が来てくれたらそれでいい。この会やシュタイナーの思想を広める必要はない。この会は自由を大切にしたい。」とも仰っていました。

 小杉先生は本当に『個人』とか『自由』を大切にされる方でした。

 そんな小杉先生が『先導者』で角川の日本ホラー小説大賞を受賞されたのが3年前。
 作家デビューされて3作目になる今回の作品『赤い呪縛』。
 今から読むのが楽しみです。

 小杉先生、心から応援しています。
 先生の作品がいつの日かドラマや映画になる日を楽しみにしています。
 
 
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2015年06月19日

父親の愛情、威厳はどう表せばいいのか


 昨日、子どもたちから父の日のプレゼントをもらいました。
 キーホルダーです。

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 結婚記念日、誕生日、父の日と毎年律儀にプレゼントをくれる子どもたちです。
 結婚記念日と誕生日にはいつも手紙やカードも添えてくれます。
 
 たぶん自分は世の中のお父さんの中でも随分幸せなお父さんなんだと思います。
 何も家族のために生きて来たわけでもないんですけれども。
 妻や子どもには随分苦労もかけてきたし、今も色々と苦労をかけているし・・。
 こんな幸せなお父さんでいられるのはきっと妻のお蔭が9割だと思います。
 
 あとの1割は『家族のためにではなく自分のしたいことをしたから』だと思っています。
 もちろん家族が生活するためにはお金もいりますし、子どもを大学にやらそうと思ったらそれ相応のお金もいります。それはなんとしてでも稼ぎ出さなければなりません。
 そのお金がなければ借金してでも作らなければなりません。
 それは子どものためではありません。自分のためです。
 自分がそうしたいのです。
 お金がないから子どもが大学にも行けないなんて、そんなこと自分が許さない。
 なんとしてでも行かす。
 これは子どもの問題ではなく、自分の問題です。

 一度、一番上の長女にこう聞いたことがあります。
 「お父さんのこと尊敬してる?」
 すると長女は「う〜ん、してるかな。」
 「どこ?」て訊いてみると
 「うちの経済状態で子どもを大学に、それも私立大学にやらそうと思うその心は尊敬する。」
 と言っていました。
 
 父親が子どもに愛情表現することはとても難しいものです。
 ましてや父親の威厳を示すことはもっと難しいものです。
 それは決してひとりよがりや自己満足であってはなりません。
 子どもがそう受け取ってくれてはじめて、それは父親の愛情となり父親の威厳となります。
 
 「お前たちの希望はなんとしてでも叶える。それがお父さんのしたいことや。」

 それを言葉にせずに、心底そう思っていたところに愛情と威厳を感じてくれたのかもしれません。
 
 

 
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2015年06月11日

子どもの問題は親の問題、子どもの姿はあなたの心の姿


 子どもの問題は親の問題。
 悪い子なんて一人もいません。
 問われているのは
 子どもをどうするかではなく
 親である自分のありようです。
 
 夫婦関係はどうですか。
 心を開いて何でも話し合えていますか。
 お姑さんとは上手くいっていますか。
 我慢ばかり、避けてばかりになっていませんか。
 実のお父さんお母さんとの関係はどうですか。
 今の自分は好きですか。
 自分らしく生きられていますか。
 したいことはやれていますか。
 自分を大切にしていますか。
 人生を楽しんでいますか。

 子どもの姿はあなたの心の姿です。
 子どもを変えようとするのではなく
 ようく見てみれば
 あなたの心が見えてきます。
 自分の心が見えてくれば
 どうすればいいかも見えてきます。



 
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2015年06月07日

人を幸せにするもの


 人を幸せにするものってなんでしょう?
 それは「あたたかい人間関係」です。
 そしてそれが最も必要な場所が家庭です。
 つまり、あたたかい親子関係や夫婦関係が人を幸せにするのです。
 あたたかい家庭とは、助け合う、認め合う、許し合う、笑い合う家庭のことです。
 助け合うとは「大丈夫、一緒にがんばろ」と安心させてあげるということです。
 認め合うとは「今のあなたが大好き」ということです。
 許し合うとは「あなたのままでいい」ということです。
 そうして、堅いこと、正しいことは言わないで、楽しいこと、アホなことを言って笑い合う。
 そんなあたたかい家庭を幸せな家庭と呼ぶのです。




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2015年05月27日

なんて嬉しいことを言ってくれるんですか・・、その一言に励まされます 


 時々、本「あなたも子どももそのままでいい」のご注文をメールで頂きます。
 そのとき注文して下さる方がちょっとした一言を書き添えて下さったりします。
 そのちょっとした一言が本当に励みになる時があります。
 
 今日も本の注文をメールで下さった方からこんな言葉を頂きました。

   昨年11月に先生のお話を聞かせて頂きまして、
   とても励まされました。
   いつも先生のお言葉を思い返しながら、
   子育てに日々奮闘しております。
   先生のお言葉で一人でも多くの方が救われることを
   心からお祈り申し上げます。


 なんて嬉しいことを言ってくれるんですか・・。
 こちらの方こそ励まされました。
 本当にありがとうございます。

 本当に講演活動をしていてよかった。
 本も出していてよかった。
 詩も書いていてよかった。
 言葉で心と心が触れ合う。言葉が人と人とをつなぐ。
 まったく見知らぬどうしが一つの言葉で通じ合えるって奇跡のような気がします。
 感動します。

 もし、皆さんも本を注文して下さる時には何か一言書き添えて下さったら、返事を書きますからね。

 拙著「あなたも子どももそのままでいい」(¥500税込み)のご注文方法
 
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 メールか電話でお申し込み下さい。
 お名前、郵便番号、住所、電話番号、欲しい冊数をお知らせ下さい。
 サインや一言メッセージをご希望の方はその旨お伝え下さい。

 DSCN1565-thumbnail2.jpg

 一言メッセージは他にも
 「 よく見ると うれしいことがいっぱい 」
 「 いい親になろうとせず いい子に育てようとせず 」
 「 愛して放す 」があります。

 電話1(プッシュホン) 079-422-8028 家庭教師システム学院  
 Mail : ksg@gc5.so-net.ne.jp

     <送料・手数料>
   1冊お送りする場合の送料・手数料(振込手数料含む)300円
   2冊お送りする場合の送料・手数料(振込手数料含む)330円
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 *郵便局の「ゆうメール」でお送り致します。
    
 お支払いは郵便振込の用紙を同封致しますので、商品(本)到着後1週間以内に郵便局で払い込み下さい。
 

 
 
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2015年05月25日

二つの夢


 今、自分には二つの夢があります。

 一つは「1本のいい映画のような講演をする」ことです。
 それは講演の中で話す一つ一つの話、エピソードにドラマ性があって、また講演全体にもストーリー性があって、笑いあり、感動あり。
 講演が一つのエンターテイメントとしても楽しんでいただける。
 もちろん心に残る言葉や気づきや学びもある。
 そして聞き終わったあとに心が軽くなる。
 そんな講演をすることです。

 もう一つはプロの家庭教師としてその技術、人格を極めるということです。
 「教え方が上手すぎて、生徒は先生の教え方が上手いと思うよりも『自分は頭が良くなった』と思ってしまうくらい教え方が上手くなりたい。自信をつけてあげたい。また、何にも言わないでも楽しく教えていたら子どもに自然にやる気が出て来た、みたいになりたい。」と思っています。
 「無為にして化す」という言葉があります。
 上の者が下の者を教え導く上で、何も特別なことをするわけでもなく、言うわけでもなく、むしろ下の者の自主性に任せているのに、上の者の人格の素晴らしさに感化されて、下の者は何も言われなくても自然に善くなっていくという意味なのですが、そうありたいと強く願っています。
 素晴らしい人格とは、子どもに対して誠実で正直で、ありのままで、欠点もあるけれど、ユーモアーがあって、やさしくて、生徒思いで、そして何よりもその子の善さや素晴らしさを見ることが出来て、「君は素晴らしいよ」「君は伸びるよ」「君には力がある」と心から言える人のことです。

 
 
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 加古川市、高砂市、播磨町の中学生をお持ちのご家庭で家庭教師をお考えの皆様、
 月曜日の夜8時から、もしくは木曜日の夜8時からであれば、
 長谷川満が家庭教師させていただきます。

 対象は中学生。科目は英数中心で国理社も希望があれば指導します。
 週1回でも2回でもどちらでもかまいません。
 入会金が21600円(税込み)。
 月謝が週1回(90分):月4回で19440円(税込み)。
    週1回(120分)は25920円(税込み)。
 車で20分以上かかる場合は交通費として1往復300円頂きます。
 事務所に来ていただけるのであれば遠方の方でもOKです。

 お電話お待ちしております。
 079−422−8028 家庭教師システム学院 長谷川まで
 メールで匿名のお問い合わせにも応じます。
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2015年05月22日

いま家族関係に一番不足しているもの


 親と子、夫と妻。
 家族ほどその関係が難しいものはありません。
 家族は飾らないでいい関係、本音で何でも言い合える関係でそこが家族の一番良いところなのですが、その「気安さ」から他人には言わないような失礼なことを言ってみたり、傷つけるようなことを平気で言ったりしてしまいがちです。
 親しき仲にも礼儀あり。
 夫婦、親子だからこそ言葉には気をつける必要があります。

 また家族関係とはその基礎に愛情があるのですが、
 この愛情というものには限度がありません。
 愛という名のもとにどこまでも相手に尽くすことも出来ますし、どこまでも相手を縛ることも出来ますし、どこまでも相手に求めることも出来ます。

 愛しているからという大義名分のもとに、親は子どもを思い通りにしようとし、色んなことに手出し口出ししようとします。
 それは愛という仮面をかぶった支配欲であったり親のエゴや不安であったりするのですが、親は大抵それについては無自覚です。むしろ「私がしてあげなければ」という善意でしているつもりなのです。
 そうして知らず知らずのうちに子どもの自由や選択を奪ってしまう。
 子どもの自由を奪うことは子どもの人生を奪うことです。
 
 これは人ごとではありません。
 すべての親はそのようになる可能性があります。
 というより、そのことを意識していなければ自然にそうなってしまうかもしれないのです。

 では、どうすればいいのか?
 
 それは相手に対して「尊敬の念」をもって接するということです。
 この「尊敬の念」の不足こそが、家族関係を悪くしてしまう最大の原因です。
 今家庭において一番不足しているもの、それは子どもへの尊敬の気持ちです。
 これは家庭だけでなく教育現場である学校についてもいえることです。
 尊敬の念があれば子どもに対しても失礼なことは言わないし、ましてや傷つけるような言葉は言いません。
 尊敬は英語でいうとリスペクト(rispect)。
 その意味には「尊敬する」だけでなく「尊重する」も入っています。
 子どもを尊重するとは、子どもの考えや思いを尊重することで、それは親の押しつけを控えるということです。

 「子どもを尊敬する」という視点がなぜ今までなかったのか。
 それは子どもを親より下だと見る見方が普通だったからです。
 「子どもは親に偉そうな口をたたくな。」
 「子どもは親の言うことを聞け。」
 そういう立場に立つ限り、子どもに尊敬の気持ちを持つことなど出来ません。

 親も子どもと一緒に成長している。
 子どもからもいっぱい学ぶことがある。
 親がいつも正しいわけではない。
 子育てとは親と子の学び合いである。
 そういう立ち位置で子どもの思い、自由をできるだけ尊重しようとするなら、自然に子どもの素晴らしさも見えてくるのだと思います。
 
 

 
 
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2015年05月21日

大人になっても幸せな親子関係であるために


 最近、30代40代の実の娘さんから絶交される高齢のお母さんが増えてきているそうです。
 「今度会うときは葬式ね」
 「これ以上私に関わらないで」
 そんな言葉で一方的に関係を切られるケースが増えているとのことです。

 絶交宣言までいかなくても、「元気?」と電話や手紙で尋ねても「ご心配なく」と素っ気ない返事だけでその後のやり取りが続かない。避けられていると感じておられる親御さんは意外と多いのではないでしょうか。

 では、どうしてそんな冷たい母子関係になってしまうのでしょうか。

 まず一番に考えられるのは幼少期からのお母さんの関わり方。
 「ダメ出しや否定するような言葉ばかり言われ続けた」
 「高圧的に自分の価値観を押しつけてくる」
 子どもからそのように思われる態度を取り続けた結果、子どもは大人になったあと我慢の限界を迎えて「もいい。関わりたくない。」と母親を避けるようになります。
 
 ところが当の母親は、自分の今までの子どもへの態度、関わりがそんなに子どもを傷つけているとの自覚がないため、どうして子どもが避けるような態度を取るのか見当がつきません。

 「心当たりは育児のことで1、2度注意したことくらいしかない」

 そんなふうに言うお母さんは今までどれだけ娘にダメ出しをしてきたか、ということについては忘れてしまっています。過去のダメ出しで、どれだけ娘が悲しい思いをしてきたかについても思いが至っていない。
 今回の「育児のことで1、2度注意した」が堪忍袋の尾が切れる10001回目のダメ出しとは気がつかないのです。

 仮に、それまでに娘が傷ついた気持ちを母に打ち明けたしても、それを自分への攻撃と取ってしまい、娘の気持ちを理解することは難しかったことでしょう。

 娘がわかってほしいのは、「そのときどれだけ寂しかったか」という自分の気持ちなのです。
 「ああ、さびかしかったんやね・・、ゴメンね。でも、あのときも、今もあなたを愛しているよ。」という心からの声が聞きたいのです。
 子どもは小さいときも成人してからでもお母さんには、
 「気持ちをわかってほしい」
 「ほめてほしい」
 「認めてほしい」
 「愛してほしい」

 そう望んでいます。
 それをいつも叶えてあげることはできないかもしれないけれど、子どもの気持ちに寄り添ったり、思いやったり、そういう心をいつも持って子どもに接してあげてほしい。

 僕は最近講演でこのようにお話しています。

「子どもを大切にするということはどういうことか。
 誤解を恐れずに申しあげるなら、子どもを大切にするとは子どもの気持ちを大切にするということです。
 そのためには子どもの話を聞かなければなりません。
 そのとき話の途中で「それは違う」とか「あなたは間違っている」とかダメ出しをせずに最後まで聴くということが大事です。
 親はね、自分では子どもを大切にしているつもりでも、本当は『自分の子どもへの願い』を大切にしてしまっていることが往々にしてあります。
 それは子どもの気持ちより親である自分の思いを優先してしまっているということです。」

 これは親であれば避けれないことです。
 知らないうちに子どもを親の思い通りにしようとしたりしてしまうのです。
 でも、ちゃんとそれを自覚して、そうなってしまいそうな時やそうなってしまっている時に気がついて、「ああ、アカン、アカン。これは親のエゴやわ」ともう一度子どもの気持ちをおもいやれば、それで大丈夫です。

 幸せには色んな幸せがありますが、「幸せな親子関係」を持っていることはその中でもとりわけ大きい幸せであるように思います。

 「幸せな親子関係」は子どもの人生を幸せなものにすると同時に、親自身の人生も幸せなものにします。そしてそういう幸せな関係を築けるかどうかは親がどういう心がけを持って子どもに接しているかにかかっているのです。



 
 
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2015年05月16日

車を買い替えました


 今まで12年と7ヶ月日産セレナに乗っていたのですが、車検も近いしそろそろ乗り換えないと・・
 と考えていた時に大阪に住んでいる僕の親友から「車買わへんか?」の電話があって、買うことにしました。
 コレです。

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 車のナンバーは名義変更をして変えました。

 マツダ アテンザ スポーツワゴン 4WD 
 
 「赤」は初めて乗ります。
 車高はスポーツカー並みに低くて、タイヤは215を履いているのでちょっと若い気分になります。
 冬用タイヤもつけてくれたし、4WDなので次の冬はどこでも行けそうです。



posted by 長谷川 at 17:00| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月02日

今日で54歳になりました


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孫のめいちゃんからお誕生日おめでとうメールが届きました。

 今日5月2日は僕の誕生日です。
 54歳になりました。

 京都で一人暮らしをしている90歳の母からも「お誕生日おめでとう!」の電話をもらいました。
 「お母さん、産んでくれてありがとう。」とお礼を言ったら、
 「こんな親で、何も出来なくてごめんね。」て言うから、
 「お母さんの子どもで本当に幸せやと思てるよ、ありがとう。」と言いました。
 感動的な内容のわりには意外とあっさりとした会話でした。
 こういう会話が1年にいっぺん交わされているのでお互い慣れてきた感じです。
 バースデープレゼントで靴を買ってもらうことになりました。
 今からその靴を買いに行って来ます。

 1歳4ヶ月の孫と90歳の母に祝福されて、妻と一緒に仲良く買い物に行ける今日の誕生日はとても幸せな誕生日です。
 

 
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2015年04月25日

感動!小学2年生女の子の心がきれい過ぎて泣ける


 ある新聞に載っていた小学2年生の女の子の作文を読んで、感動して泣いてしまいました。
 皆さんも是非、読んで下さい。


   「お母さん ありがとう」 
                神奈川県 小学2年生
                 藤田 真矢(まや) 
 
 犬のトレーニングの先生としてがんばっているお母さんは、いつも「かっこいい」と思います。
 お母さんのおしごとを見るのが大好きで、いつも「今日、お手伝いしてくれるかな?」といってくれるのを楽しみにしています。教室でアシスタントをさせてもらえるからです。クッキーを使っておすわりやふせなど、トレーニングのお手つだいです。
 それはワクワクドキドキする、とってもすてきな時間なんです。

 家には二ひき犬がいます。二ひきともほご犬です。
 お母さんが「お友だちをつれてきたよ」と車からおりてきた時、不安そうにシッポを下げていました。でも今では家に帰ると、よろこんで出むかえてくれたり、私にとってかわいい家ぞくです。

 私と弟はようしえんぐみで、生後2週間でお母さんのところに来ました。
 弟が来た時、うれしくて、うれしくて、弟のまわりをぐるぐる回ってとびはねていました。ミルクを作ったり、だっこをしたりするおせわが好きなので「ちいママ」とよばれています。
 私はお母さんの子どもになって、とてもしあわせです。
 毎日、いそがしくはたらいてるお母さんですが、私の話を聞いてくれたり、いろいろな話をしてくれるので楽しいです。
 
 お母さんがつかれている時、弟のめんどうをみたり、犬のおさんぽのお手つだいをしたりします。お手つだいがおわると「ありがとう」と言ってギュッとだきしめてくれます。「お母さん、あったかい」「これからもっともっと、たすけてあげたい」という気持ちでいっぱいになります。

 「お母さんと私」「弟と私」一人一人が大切に思い合って、なかよく、しあわせに、楽しくすごしていけるように毎日おいのりしています。
 私たちのためにがんばっているお母さんにたくさんの「ありがとう」を言いたいです。
 そしてこれからも、いっぱい、いっぱいギュッしてね。



 人間って美しいものにふれると感動するものなんだと思います。


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2015年04月08日

もっと気持ちを聞き合える家族に 


 読売新聞には人生案内というお悩み相談コーナーがあります。
 先日そこに載っていた相談でこんなのがありました。
 (*青字は僕の心の中の声です)

 40代の女性。実母に子育ての協力を拒まれ、寂しさを感じています。
 母は車で30分ほどの場所で90代半ばの祖父と二人で暮らしています。
 私には小学生と保育園児の子どもがあり、母は「何かあったら、いつでも言って」とよく言います。


 お母さん、子育てに協力的やん。

 しかし先日「風邪がうつるから病気の孫は預かれない。元気な時なら預かる。」と言われてしまいました。
 
 おじいさんも超高齢だし、風邪がうつると肺炎になりやすいからとか事情があって言われたんと違うかなあ。

 私は仕事をしているので、子どもの面倒を頼むのはむしろ具合が悪い時です。
 すごく悲しい気持ちになりましたが、波風を立てたくないので特に反論はしていません。


 わかるよ。働いていると子どもが病気の時が一番困るもんね。
 でも、お母さんのワガママで「病気の時の子どもを預かれない」と言ってるんじゃなくて、何か理由があって病気の時は預かれないと仰っているんじゃないかなあ・・。
 何かお母さんに愛情がないみたいなとりようは違うような気がするけどなあ・・。


 幸い、夫は「夫婦で協力していこう」と言ってくれました。

 それはよかった、いい旦那さんで。
 
 母には身勝手なところがあり、今までたくさん振り回され、悲しくつらい思いもしてきました。
 この先どのように接していけばいいですか?


 そうやったんやね・・。
 今までのお母さんには、あなたから見て身勝手なところがあって、悲しくつらい思いをされてきたんやね。
 だから、そんなふうに感じられたんやね。
 お母さんは自分の身勝手で「病気の子どもは預かれない」て言ったんだと。 
 でも、それって決めつけてません?



 親子でも夫婦でもこういうことってよくあって、
 「今までこうだったから・・」
 「この人はこういう人だから・・」

 ってその人の言葉や行動の意味を自分で勝手に解釈して決めつけてしまってること。
 大いにあると思うんです。

 たとえばテレビの前にずーっと座っている子どもを目の前にして、
 「この子はずーっとテレビを見ているつもりだわ。言われなければ永遠に自分から勉強するつもりなんてないんだわ。」と決めつけて「早く勉強しなさい!」と叱ることに。
 すると子どもは「◯時になったら、しようと思ってたのに・・。もうやる気なくなったわ。」て言う。
 「何言うてんのん。いっこも勉強する気ないくせに。」と親は言い返す。

 こういう言い合いから親は子どもに山ほどマイナスの決めつけの言葉を投げつけることになります。

 夫婦ゲンカも似たようなもんです。
 「あなたはいつもそう!」
 「また決めつけか!お前にはオレの気持ちなんてわからん。」
 お互いが過去の相手のイメージでその言葉や行動の意味を解釈し、相手がいくらそうではないと説明しても信じない。自分の解釈の方を信じ、そして決めつける。
 そういうところから理解し合えない夫婦というものが生まれるのでしょう。

 ではどうすればいいのか?

 さっきの読売新聞の相談者の場合もそうでしたが、勝手に自分で相手はこう思っているんだと決めつけてしまわずに訊いてみればどうでしょう?

 「どうして風邪のときはダメなの?一番子どもを預かってほしい時は、子どもが熱出したり、風邪にかかったりした時なんだけど・・。おじいちゃんにうつったら肺炎になるから?」とか。

 子どもがテレビをずーっと見ている時も、
 「テレビをお楽しみのところ失礼しますが、何時になったら勉強しようと思ってるの?それとも今日は勉強はなしの日なの?」とか。

 家族が仲良くあるためにはお互いの気持ちを言い合えることも大事だけれど、もっともっとお互いの気持ちを気楽に聞き合えることが大切であるように思います。

 気持ちを聞き合える家族になるためには、相手がせっかく明かしてくれた気持ちを否定したりせずに「そうなんだ」「そういう気持ちなんだ」とそのままを受けとめるというか、期待した答えと違っても「ふ〜ん、そっかー、わかった」と相手の気持ちを尊重するようにしてると、お互い考えは違っても理解し合える家族になれると思います。

 
 
 
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2015年04月03日

姫路城にお花見に行って来ました!


 きのう4月2日は妻と二人で花見に姫路城に行って来ました。

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 人めっちゃ多いです。
 姫路城に登るのに2時間待ちだそうです。


 花の開き具合は八分咲きくらいでしょうか。
 ほぼ満開です。
 
 
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 サクラ越しの姫路城。
 

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 姫路城のサクラを満喫したあと姫路文学館に行きました。
 この姫路文学館、ものすごくわかりにくいところにあるので実はめっちゃ穴場なんです。

 ここにあります。
 
[ここに地図が表示されます]


 人が全然いません。
 やってないのか?
 というくらい人がまばらで静かです。
 しかも高名な建築家が設計された建物は自然の風景と合っていて、心から落ち着ける場所で僕は大好きなんです。

 こんな絶景スポットもあるし。

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 「望景亭」という日本家屋と日本庭園があります。

 
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 そして
 日本庭園を奥まで進んで行くと・・、
 そこにはだ〜れもいない静かで見晴らしのいい場所があります。
 そこにも満開のサクラが・・。


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 とてもしずかです。
 誰もいないのでサクラを独り占めです。

 
 平日の日の思いつきで行ったお花見はとても充実した時間になりました。
 
 
 
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2015年03月13日

思い通りにいかない幸せ


 突然ですがここで問題です。
 「孫悟空が持っている伸び縮み自在の棒を何と言うでしょうか?」

 答えは如意棒(にょいぼう)。
 思い通りの長さになる棒のことです。

 も一つ問題です。
 「龍が手に持っているどんな願いも叶える宝の珠の名前は?」

 答えは如意宝珠(にょいほうじゅ)。
 如意とは「思い通りになる」という意味です。

 
 仕事はなかなか思い通りにはいきませんね。
 あたり前ですね、相手がある話ですから。
 結婚生活も思い通りにはいきませんね。
 やっぱり相手がある話ですから。
 子育ても思い通りにはいきませんね。
 相手がある話ですから。

 もし子育てが思い通りになったらどうなるのでしょう?
 私たちが子どもに望むことは決していいことばかり、子どもの幸せにつながることばかりではないような気がします。
 たとえば親が子どもを『医者にしたい』と望んだとしましょう。
 きっと子どもが小さいうちからいっぱい塾に通わせることになるでしょう。
 それが子どもの発達にとって一番大切な「遊び」を奪うことにもなるでしょう。
 間違いを犯してしまう人間である以上、自分の思い通りに育つなんてことはとても恐ろしいことのように思います。

 私たちは自分の思い通りにならないお蔭で随分助かっているのではないでしょうか。
 いろんな苦労をするお蔭で人に感謝する心の大切さも気づかせてもらっているような気がします。
 ところで仏教では仏さまのことを「如来」(にょらい)と言います。
 「如」が表すのは仏の本体、仏性です。
 ということは「如意」とは「仏様の思い通り」とも読めます。
 
 自分のエゴの思い通りは決して自分やその周りの人々を幸せにするものではありません。
 仏様の思い通りはきっと自分も人も幸せにしてくれるもの。
 だったら自分の思い通りにしようとばかりせずに、もっと仏様にお任せしていったらどうでしょうか。
 親鸞聖人がこんなことを言っておられます。
 「最高の仏様には形がありません。形がないので仏様のことを自然(じねん)と申すのです。なるようになっていく、自然の働きこそが仏の働きであり、仏様そのものなのです。」

 私たちは普段私たちの身に起こることを、これは良いこと、これは悪いことと決めつけていますが、一見悪いことのように見えたことによって実は救われていた、助けられたということが少なくないように思います。
 だったら何でもかんでも自分のものさしで判断せずに「仏様の思う通り」にお任せしていく心持ちこそが一番幸せに近い生き方であるように思います。

 福は無為に生ず

 幸せはエゴのはからいを捨てたところにこそあるのだと思います。

 
 
 
posted by 長谷川 at 13:15| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月12日

人は自分に正直に生きている分だけ人に優しく出来る


 あなたは自分を大切にしていますか? 

 自分を大切にするとはいったいどうすることなのでしょう。
 

 僕は自分の思い、それは不安な気持ちであったり、臆病な気持ちであったり、計算高い気持ちであったり、腹立たしく思う気持ちであったり・・、どんな自分の気持ちも大切にしています。
 自分の気持ちを大切にするとはどういうことか?
 まず、その気持ちを否定しない。
 そう思うのは自然なことだと認めて受け入れる。
 そしてその気持ちを素直に口に出す、誰かに言う。
 もしくはその気持ちに素直に動く。
 それが自分の気持ちを大切にするということです。

 僕は自分の気持ちを大切にしているから、人の気持ちも大切に出来ます。
 人が自分でダメだと思う気持ちもダメだとは思わないし
 人の弱いところもダメだとは思いません。
 そこが「人への優しさ」の源泉になっているように思います。

 人は自分に正直に生きている分だけ人に優しくできます。
 
 自分に不正直な人は他人に厳しい。
 我慢している人は他人にも我慢を強いるようになります。
 もっと自分の思い、良い気持ちも、弱い気持ちも、きれいな気持ちも、汚い気持ちも大切にしたら、他人にも子どもにも夫にも妻にもやさしくなれるのだと思います。
 
 自分の中のどんな思いも大切にすること。
 それが自分を大切にするということです。
 自分を大切にできてはじめて本当の意味で他人も子どもも家族も大切にできるようになるのだと思います。

 
 
 

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2015年03月04日

メイちゃんの初節句

 昨日は3月3日ひなまつりでした。
 孫のめいちゃんは初節句でした。
 もちろん、めいちゃんにはそんなことどうでもいいことです。
 それよりも「これなんや?」と触りたい気持ちでいっぱいです。

DSC_0361.JPG 

 女の子の初節句はお嫁さんのご両親(うちとこ)がお雛様をプレゼントするのですが、お婿さんが「絶対リアルな顔をしたお雛様は嫌やで。あんなんが家におると思たら気持ち悪いし。絶対やめてもうてや。」ということで、リアルではない可愛いお顔のちりめん雛にしました。

 DSC_0346.JPG 

 娘のお婿さんは飛行機も怖いみたいで「絶対乗らへん」と。(笑)
 おもしろいでしょ。怖いものが多いみたいです。
 その他にも食べ物の好き嫌いも多くて、お寿司が苦手なのをはじめ、トマト系もダメ、その他色々と苦手なものがあります。
 それと娘曰く、上等なものと安物との違いがあまりわからないみたいで高いビールを飲んでも安い発泡酒を飲んでも「味は一緒や」と。(笑)
 でも体格は立派で180センチ以上ありますし、よく働かはります。
 笑えることが多くて(人のことは言えませんが)
 僕は大好きです、このお婿さん。

 よくお母さん方で食べ物の好き嫌いを直そうと一生懸命な人がおられますが、お婿さんを見てたら好き嫌いがあったって全然大丈夫やんって思えます。
 怖がりでも全然大丈夫やし。
 大概のことは気にすることはないように思います。
 
 DSC_0350.JPG

 ところでメイちゃんも1歳と2ヶ月になりました。
 このくらいになると発達に個人差が目に見えてはっきりしてきます。
 メイちゃんは他の子に較べて体格はずば抜けて大きいのですが、よその子に較べるとまだまだ赤ちゃんぽいです。ゆっくり大きくなってくれたらと願っています。
 他の子と較べて「これがまだできない」とあせるお母さんもいられると思いますが、大概はまったく心配ありません。ゆっくりの方が発達としては望ましい場合も多いし、個人差はあってあたり前だし、その子のペースで成長していくのが一番いいように思います。

 親はちゃんとした子に育てようとしますが、
 別にちゃんとした子でなくてもいいし・・、
 結果的に幸せに暮らしていけたらそれでいいわけで、
 欠点もあったっていいわけで、
 そんなことよりもいっぱい愛されて、いっぱい楽しんで、いっぱい好きなことをして「面白いなあ、この世界は。次はどんなことしようかなあ・・ワクワクしてきた」と子ども心を忘れずに人生を楽しんでいけたら、それが最高だと思います。
 自分自身もそんなふうに生きていけたらいいなあって思っています。
 
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posted by 長谷川 at 14:25| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月02日

自分のありのままの心を見つめ、そして認め受け入れること


 如実知自心(にょじつちじしん)・・ありのままに自分の心を知ること。

 真言宗の経典「大日経」に出てくる言葉です。
 これとよく似た言葉で「直心是道場」(じきしんこれどうじょう)というのがあります。こちらは禅宗の言葉で「ありのままの自分の心を見つめることこそ、悟りに至る一番の修行である」という意味です。

 ありのままの自分の心を見つめること。

 これは大変難しいことです。
 なぜなら自分の心はきれいな心ばかりではなく、汚い心、ずるい心、弱い心など自分では見たくない、認めたくない心もたくさんあるからです。

 自分の心が一番「如実に」表れるのが子育てです。
 自分は子どもに対して何を求め、普段どんなことを言い、どう接しているか。
 そこに自分の本音、本心が表れています。
 早くからたくさんの習い事や塾にやらせ、子どもがやめたいと言ってもやめさせないなら、それは子どもを自分の思い通りの子にしたいという支配欲が出ているということです。
 
 「イヤ、これは子どもの将来のためにも・・」と言われるかもしれません。
 でも実のところ「こんな子であってほしい、あんな子にはなってほしくない」という親である自分の思いを優先していることは事実なのです。子どもが自由に自分らしくあるよりも、自分の思い通りの子になってくれることの方を望んでいるのです。
 これは頭でいくら理解しても直りません。
 なぜなら、それが本音だからです。

 実のところ「自分はそうしたい」のです。
 そこで自己正当化せずに、ありのままの自分の心を見つめる。
 「自分は子どもの心を理解しようとするよりも、自分の望む子どもであって欲しいと願っている。子どもの気持ちより自分の思いや願いの方を大切にしている。」
 これを認めることは母親にとって大変厳しいことです。
 
 大切なのは自己批判しないことです。
 それはいけないこと、間違っていることだとしてはいけません。
 それだといつものパターンにはまり込んで、落ち込んではまた同じことの繰り返しになってしまいます。
 そうではなくて、そういう心を認め、そういう心を受け入れてあげます。
 「ああ、私は子どもに『あなたのため』なんて言いながら結局は自分の思いを一番にしていたんだ。色々と自己正当化しながら・・。私はそういう自己中心的な人間だったんだ・・。でも、母親ってみんなそういうところがあるもんじゃないかな・・。」

 そう、私は自己中心的な人間。
 でも、そんな自己中心的な私でも我が子はかわいい。
 我が子には幸せになって欲しい。その邪魔はしたくない。
 だったら「我の思い」が出て来たら気をつけよう。
 「こうしなさい」と言いたくなったら、ひと呼吸置いて
 「どうしたいの?」と子どもに聞いてあげるようにしよう。
 そうすれば子どもの気持ちを聞いてあげられるし、私の思い通りにしようなんてことにはならない。

 こういう感じになれば自分の思い最優先の子育てから抜け出られます。
 大事なのは「自己中心的な私ではダメだ」ではなくて、「自己中心的な私のままでいいんだ。でも子どもを私の「我の思い」で縛りたくはない。では、どうすればいいのかな?」というふうに捉えることです。
 自分のありようを認める。
 そしてそれを直そうとするのではなく、その自分のままでどうすれば自分も子どもも幸せでいられるのかを考えるということです。

 僕自身もことにあたって自分を振り返るときがあります。
 そんなとき「ああ、今自分はこんな心なんだな・・」と自分の気持ちにあらためて気づきます。
 その気持ちは不安な心だったり、傲慢な心だったり・・、計算高い心だったりします。
 でも、そういう心をなくしていきたいとは思いません。
 そういう心は人間だったら誰でも持っている心だし、聖人君子みたいになりたくもありません。

 自分の心を知る。
 自己批判することなく認めて受け入れる。
 そのことで周りに迷惑をかけないようにするにはどうすればいいかを考える。

 そうすることで、人の気持ちもわかるようになるし、人を許せるようにもなります。
 人を許せるようになることを寛容になった、心が広くなったと言います。それを人間としての成長と考えるなら、やはり仏教が言ってることは当たっているんだと思います。

 如実知自心。

 直心是道場。
 


 
posted by 長谷川 at 16:54| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月10日

子どものためにと思ってすることが全てマイナスにしかならない時がある


 子どものテストは一喜一憂してしまいますね。
 いや、喜ぶことは少なくて憂うことの方が多いかもしれません。
 それが受験生なんかだと不安からきつく叱って子どもが逆切れ、かえって子どものやる気を潰してしまうこともよくあることです。

 子どもの立場からすると叱られるのもイヤだけれど、落ち込まれるのはさらにイヤみたいです。「ああ、ホントに僕はダメなんだ・・」て感じてしまうようです。

 あるお母さんが子どもさんのテスト結果にひどく落ち込まれた時、その子どもさんがこう言ったそうです。「だから、お母さんにはテスト結果を見せたくなかったんだ・・。いつもそんなふうに落ち込んで・・。そんな姿を毎回毎回見せられる僕の気持ちがわかるか!」
 そう言い放ったあと親子の仲は険悪ムードに。
 「子どもの心を傷つけてしまった」と後悔されると同時に「じゃあ、この成績見て落ち込むなっていうの!」という怒りの気持ちもあり、「どうすればよかったのか」と悩まれたお母さんは僕のところに相談に来られました。

 「先生、私はどうしたらよかったのでしょう?私だって感情があります。落ち込むことだってあります。そういう姿を見せたり、愚痴を言ったりすることはいけないことなんでしょうか?」

 僕はこんなふうにお答えしました。
 「今回のことはお母さんも子どもさんもどちらも悪くありません。
  人間ですから子どものテストの結果で落ち込むこともあるでしょう。
  それを子どもに見せちゃいけないなんてことは僕はないと思います。
  ただし、それを見せられる子どもの気持ちは考える必要はあります。
  でも心に余裕がある時はそういうことも考えられますが、心に余裕のない時だってあるでしょう。そんな時は子どもの気持ちまで考えられないことだってあります。
  それと同じく子どもさんだって心が傷ついて、そんなふうにお母さんに言ったことだって責められるものではありません。

  大切なのは親子がそうして本音がぶつけ合えることではないでしょうか。
  子どもがお母さんのコトバや態度に傷ついているのに、もしそれを出せないとしたらそっちの方が問題です。そういう溜め込んだマイナスの感情は後々子どもの心を苦しめたり、親子の関係をとても冷たいものにしてしまいます。
  だからお互いそういう本音が出し合えるってことはいいことでもあるんですね。

  お母さん、
  落ち込まれるお気持ちはよ〜くわかります。
  不安に思う気持ちから余計なことを子どもに言ってしまわれるのもわかります。
  なんとかしないと・・って思いますからね。

  でも、親は子どものために何かしてやらないとって思っても、することなすこと全てがマイナスにしかならない時っていうのがあります。
  親は子どものことが心配だから、色々口を出し手を出そうとしますが、それが子どもにとっては全部マイナスにしかならないという時があります。ただただ見守るしかない。それは親にとってとてもつらいことです。苦しんだり悩んだりしてる子どもを前にして何もしてやれないのですから。」

 そう言って、ブログ記事「子どもが悩んでいる時、親はどうすればいいのか」の話をしました。

 そのお母さんは若い頃、働いていたときの自分の気持ちを思い出されてたいへん納得されていました。

 「そうですね、先生。何かしてやりたくても何もしてやれない時ってありますね。何もしてやれないとはっきりしたら、少し気持ちが楽になりました。」
 そんなふうに仰っておられました。


 受験生を持つ親の役目は子どもの希望する学校に合格させてやることではなしに、その子どもを応援すること以外には何もないのだと悟って、せめてマイナスのことはするまいと自戒して見守ることであるように思います。
 
  
  
 
posted by 長谷川 at 17:44| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月05日

感動! お母さんの「その口は何の為についてるの?」に対する2歳娘の感動の一言。


 そのお母さんは2歳の娘さんのトイレトレーニングがうまくいかずイライラされていました。
 その日もまた失敗した娘さんにお母さんはきつい口調で怒鳴ってしまいました。

 「なんでおしっこって教えてくれないの!?
  じょうずにおしゃべりできるのに。
  その口は何のためについてるの!!」


 その子は泣きながら言いました『ママ』

 「えっ?ママがなに?」

 『ママって言うためについてるの。』

 お母さんはその言葉を聞いた途端、頭が真っ白になり涙があふれてきたそうです。

 そっかあ、そっかあ、・・ママって呼んでくれるためについているんだ・・。


 それはそのお母さんにとって一生忘れられない言葉になったそうです。


                      (Yahoo ! 知恵袋より)

 
 
posted by 長谷川 at 13:08| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする