2016年04月08日

山陽新聞社から電話がかかってきました


 先ほど山陽新聞社の記者さんから電話がかかってきまして
 「4月23日にあります岡山県倉敷市の玉島市民交流センターでの講演会につきましてお伺いしたくて電話させて頂きました。」

 なんと講演会の告知記事を書いて下さるようです。
 有り難いことです。
 たくさんの方が参加して下さることを願っています。
 
 この講演会です。

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 この講演会でお話しするのは「子どもにどのように声をかければ、自信や意欲を引き出せるのか」「どのような親子関係が自己肯定感を育てるのか」ということです。

 内容をチョッコとだけ言いますと・・

 『プラスの問いかけ』とは「どうしたらいいと思う?」「どうしたい?」と子どもの考えや気持ちを聞こうとするものです。このように問いかけられると子どもは、大切にされている、認められている、愛されていると感じます。このように感じるとき、子どもは自らのうちに宿る自己成長力を発揮し、主体的・意欲的に物事に取り組むようになります。

 大切なのは子どもが親から「大切にされている、認められている、愛されている」と感じるということです。
そのための問いかけであり、言葉がけなわけです。親は子どもに愛情は当然のごとく伝わっているように思っていますが、意外にも子どもに親の愛情が伝わっていないことは多く見受けられます。
 「自分は親から愛されていない、大切にしてもらってない、認めてもらってない」
 そのように感じ、自己否定感に悩んでいる子どもたちはたくさんいます。
 今一度、自分の子どもへの態度、言葉を見直してもらえるような講演会にしたいと思っています。

 
 
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2016年04月07日

めいちゃん in アンパンマンミュージアム


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 次女一家がアンパンマンミュージアムに行ったときの写真を送ってくれました。
 めいちゃんはサングラスがお気に入りのようです。
 アクセサリーや髪留め、サングラスなど装身具が好きなようです。

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 食べることも大好きで、食パンやケーキ、アイス、フライドポテトが好きです。
 太るで〜。
 もう太ってるけど・・。
 まだ2歳4ヶ月なのに16キロもあります。

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 悪いな〜、めいちゃん。
 イケイケやな〜。
 
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 ゴルフまでするか〜。
 
 
 昨日は城崎マリンワールドにも遊びに行ったようです。
 遊んでばっかりやなー。
 よかったなあ。
 
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2016年04月06日

嬉しい結婚記念日 やさしい子どもたち


 先日4月3日は僕たち夫婦の結婚記念日でした。
 ところが、それをすっかり忘れていました・・。

 たまたまその日は、京都にいる長女も広島にいる長男も帰って来ていたので、次女一家も加えて一緒に姫路でランチをしました。子どもたち全員集合です。

 食事も終わりかけた頃、子どもたち全員が「結婚記念日おめでとう!」と。

 えっ?結婚記念日?
 あっ!そうや!
 今日、結婚記念日やったわ。
 (すっかり忘れてました、ごめんなさい奥さん)

 「今日のランチは私ら子ども三人からのプレゼントやから。」

 えっ、だから子ども全員集合してくれたんや・・。
 長男もわざわざ広島から新幹線で帰ってきてくれたんや・・。

 「ありがとう。ごちそうになるわ。ほんまにありがとう。」と夫婦でお礼を言いました。

 予期せぬとても嬉しい結婚記念日になりました。

 奥さんも結婚記念日を忘れていて、お互い子どもたちからサプライズプレゼントをもらったような感じになったので、あとで僕が奥さんから怒られるようなことはありませんでした。ご心配なく。

 
 親の僕が言うのもなんですが、うちの子みんな優しいです。
 親子の仲もどの子ともいいです。
 子どもたちは全員独立してもう家には妻と二人ですが、
 会えばいつも仲良く、楽しくやっています。

 「親学」とか「無為の子育て」とか、そういう親のありようについてみなさんにお話ししたり、相談にのったりしていますので、今日は自分の子育てや自分の親としてのありようについて書いてみたいと思います。

 一番上である長女が生まれたときにこんなことを考えました。

 「親は子どもに名前をつけるとき『こんな子に育ってほしい』と親の願いを込めるけれど、それっていいことなんだろうか?親の思ういい子や強い子にする必要があるのだろうか?その子がその子らしく元気に幸せに暮らしていってくれたらそれでいいのではないか。自分はそれでいいと思う、それで十分だ。よし!子どもの名前には親の願いを込めないでおこう。ただ「愛しい娘」という思いを込めて名前をつけよう。」

 そういう考えを持って子育てをスタートしました。
 僕自身が「愛情ある放任」で育てられたので、あまりお稽古事や塾には通わせませんでした。もちろん本人が望めば家計が許す範囲で色々習わせていたと思いますが。それでも子どもが4、5歳になると学習玩具でひらがなを教えようとしたりしてましたね。親の欲というのは逃れられないのでしょう。
 でも、押しつけたら絶対嫌いになると思っていましたので強制は一切しませんでした。
 
 子どもが小学校1年生のとき本屋さんに行ったら、公文の算数ドリルを買ってほしいというので買いました。2週間ほど経った頃、妻が子供部屋を掃除していると机の上に3、4ページやっただけであとは真っ白のそのドリルを発見しました。妻はそれを見て、「自分から買ってほしいと言ったくせに何もしてないわ。これは叱らないといけない。」と怒っていました。

 そのとき僕は「いや、このドリルはあの子におもちゃとして買ったんやから、怒ったらあかんで。怒ったら勉強嫌いにさせてしまうよ。今回は叱るのはやめとこう。」と言ったんです。

 子どもを勉強する子にするのは至難のワザです。
 でも子どもを勉強嫌いにさせるのはとても簡単です。

 勉強を強制し、成績や勉強について叱れば、必ず子どもは勉強嫌いになります。

 それだけは避けたかったのです。
 やっぱり出来れば「勉強が出来る子」になってほしかったし、少なくとも勉強が嫌いにはなって欲しくはなかったというのが本音です。親の願いという名の親のエゴはなくならないものです。
 ただ、その方法論は賢明だったように思います。子どもたち3人とも勉強嫌いにはなりませんでした。
 
 子どもを尊重するというのは、子どもの気持ちを尊重することであり、子どもの自由を尊重することです。
 その点については子どもを尊重していたつもりでしたが、何度かは子どもとぶつかることもありました。感情むき出しで怒ったこともあります。
 
 子どもに対して「押しつけ」や「決めつけ」、「締めつけ」はあまりしなかったかなあ・・。
 自由というのを大切にしてました。
 時には制限もしましたが。

 僕は子どもに対しては「子どもを良くしよう」とか「子どもを変えよう」とか積極的な教育はあまりしませんでした。それよりも子どもに対してマイナスになりそうな言動や関わりをしないようにしていました。
 そういう意味では子どものそのままの個性をできるだけ活かそうとする消極教育でした。

 最後に子育て真っ最中の皆さんにアドバイス。

 子育て中は大変ですが、出来るだけ子育てを楽しんでください。
 子どもがいる幸せを味わって下さい。
 子どもがいてくれるからこそ行ける場所なんかもありますしね。
 子育ては楽しんだもん勝ちです。
 あまり真面目に考えないで下さい。
 なるようになります。
 自然体で無理をしないのがいいです。
 子どもを持てば悩みはつきものです。
 お金もかかります。
 苦労はつきものです。
 それでもやっぱり子育ては楽しい。
 子どもがいてくれるのは幸せです。
 でも子どもはいずれ家を離れます。
 そのとき残るのはつれあいです。
 仲が良ければいいですが、仲が悪ければ最悪です。
 夫や妻にはくれぐれも感謝と愛を言葉にして伝えましょう。
 結婚記念日は決して忘れないように。
 
 
 
 
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2016年04月04日

泣いたっていいよ



      詩「おかあさんだって」

      おかあさんだってね
      おかあさんをやめて
      おかあさぁんって
      泣きたいとき あるよ

          (永田萌著 詩集「お母さんのたからもの」より)


 
 お母さんは強くなくったっていい
 お母さんは泣いたっていい
 お母さんは賢くなくったっていい
 お母さんは人付き合いが苦手でもいい
 お母さんは働かなくてもいい
 お母さんは働いてもいい
 お母さんはそのままのお母さんでいい
 でも
 お母さんは笑顔の方がいい
 お母さんは優しい方がいい
 お母さんは機嫌がいい方がいい
 お母さんはお父さんと仲がいい方がいい
 お母さんは優等生じゃない方がいい
 お母さんはちょっと抜けている方がいい 
 お母さんがいつも幸せな方がいい


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2016年03月26日

ポジティブもナチュラルも

昨日は「ポジティブからナチュラルへ」で自分の素直な感情をちゃんと感じて、ちゃんと出す。
ということを書きました。

それは本当なんですけれど...

実はこんなことが過去にありました。

その頃、僕は理由は忘れましたが、「人にプラスの言葉だけ言う、マイナスの言葉は言わない」と決めて、それを実行していました。いや、実行しようと頑張っていました。10年くらい前のことです。

えらい言ってることと、やってることが違いますが...
本気で成功したいと思っていたんでしょうね。
いいと言われることは何でもやろうと。

それで朝、散歩がてら近くのお地蔵さんにおまいりして「今日1日人の嫌がるマイナスの言葉は言いません。人が喜ぶプラスの言葉を言うようにします。」と誓っていたんですが、そう誓って30分も経たないうちに妻に文句を言ってる自分がいるんですね。

ああ、あかん、あかん...
いい言葉を言わないと...

そうは思うんですけど、気がついたら文句やマイナスの言葉を言ってしまってるんですね。

これだけ気をつけているのに
気がついたら文句や小言を言ってる。
気をつける前はどれだけ妻に言ってたのだろう。
たぶんこれの3倍は言ってたな。

そう気がつくと妻に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
こんなふうにず〜っと俺から文句を聞かされていたのか
悪かったなあ

自分は人を許す立場の人ではなくて
人から許してもらう立場の人だった。

そう気がつきました。

「自分は許してもらっていた。」

その気づきはとても大きかったように思います。
そこに気がついてから妻に文句を言わなくなったのです。

これはポジティブであろうと努力した結果、
こうなったというわけです。


そして今日は何が言いたいのかというと、

ナチュラルもいいけどポジティブであろうと努力するのもいい。
両方ともいい。
ということが言いたいのです。

何かこれが一番いいと言い切れないというか・・、
何か1つに決められないというか、
やっぱり
「幸せになる方法なんて100通りだってある」

それをお伝えしたくてこの記事を書きました。

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2016年03月25日

ポジティブからナチュラルへ


「ポジティブシンキング(プラス思考)の人が成功する、幸せになる。」
「ポジティブシンキング(プラス思考)になるためには良い言葉をたくさん言うようにし、愚痴やマイナスの言葉をできるだけ言わないようにしなければならない。」

 実際「その通り」と思うところもありますし、自分自身でもそのように心がけているところもあります。
 悪く見える事柄の中にも良い面をみていくことが大事だし、何事も良い方を見て感謝していくことが大切だとも思います。
 でも、「〜しなければ」幸せになれないなんていうのちょっと違う気がします。
 あまりにも一面的であり、自由がなさ過ぎる。
 「幸せになる方法なんて100通りだってあるさ」というのが僕のポリシーです。
 
 人間生きていれば不満に思うこともあれば、不安になることだってあるでしょう。
 それを素直に表現したり、弱音を吐いたりしたらいけないなんて僕はこれっぽっちも思いません。

 そういうマイナスな気持ちに蓋をし、無理してプラスの言葉を言ったってお腹の中にいっぱい黒い不満や不安が溜まっていくだけだと思います。

 実際、僕はムカついたり、不安になったり、マイナスな感情は日々感じています。
 またそれを口に出すし態度にも出しています。
 とにかく素直に感じ、素直に出すようにしています。
 自分の自然な感情を大切にしています。

 なぜそれが大切なのかというと、「〜と感じてはいけない」と自分の素直な感情をコントロールしようとすると「抑圧」が起こるからです。抑圧とはわかりやすく言うと「自分に嘘をつく」「あるものをないことにする」ということです。

 たとえば、自己よりも人のことを優先すべきだという考え方で生きて来た人は自然な自己中心的感情をいけないものと感情を抑圧します。

 そうすると頭では「他人優先、自分後回し」の行動をしているつもりですが、現実には無意識に自己中心的な行動になっているのです。何も人のためではなく自分のために行動しているのに、自分の中では「人のために」行動していると勘違いするようになるのです。

 結果、「自分は人のために尽くしているのに全然報われない」という思いを常に抱くようになります。

 これがネガティブシンキング(マイナス思考)の正体です。
 歪んだ自己像(自分は人のために尽くしているのに報われない)こそがネガティブシンキングの根源であり、ここを正常な自己像に戻さない限り、ポジティブシンキング(プラス思考)はできないのです。

 そのためにはちゃんと自分の自然な感情、汚いとされている感情もみっともないとされている感情もちゃんと感じて、正しい自己像を持つこと。そうすることで、自分が自己中心的な振る舞いをすれば、それが自己中心的な振る舞いであることがわかります。それがわかれば、時と場合に応じて、それを出していい場面とそれを出したら悪い場面との区別がついて、他人に迷惑をかけることが少なくなります。
 物事を自分自身を正しく認識することで現実に即した適切な対応が取れるようになります。
 自分らしさを殺すことなく、自分を活かしながら対応出来るようになります。

 また、不思議とその人の魅力とかその人らしさっていうのはその人が欠点だと思っているものの中にこそあります。だから、自分の欠点を受け入れれば受け入れるほど、その人はその人らしく輝きます。
 
 まずはナチュラルフィーリング(自然感性)を大切にし、その上でいかにポジティブシンキング(プラス思考)で考えられるかが大切なのだと僕は考えています。

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2016年03月19日

高嶋ちさ子さんの「ゲーム機バキバキ事件」について考える 


 皆さんはバイオリニストの高嶋ちさ子さんの「ゲーム機バキバキ事件」というのをご存知でしょうか。

 今年の2月、高嶋さんが宿題もせず約束以外の時間にゲームをしていたということで長男くんのゲーム機をバキバキに壊したというものです。そのときチェロの練習をさぼっていたという理由で次男くんのゲーム機も壊されたということです。

 「私の教育は厳しいの!」とばかりにこのことを新聞のコラムに書かれたり、ツイッターに書き込んだりされたものだから「これは児童虐待だ」と批判の嵐がネットで吹き荒れました。

 高嶋さんは以前から「今の親は甘すぎる」と考えておられたようで、これまでもご自身の子どもさんへの厳しい接し方をツイッターなどで発信されていました。

 ただ今回の「ゲーム機バキバキ事件」の反響はものすごいものがあり、
「子どものものとはいえ、他の人間の所有物を壊す権利はない」
「もし自分のバイオリンをバキバキに破壊されたらどんな気持ちになるのか」
「子どもを暴力で支配している、児童虐待だ」など非難轟々。


 僕自身もこのニュースを知って「これはやりすぎ。ほんまに児童虐待やわ。」と妻に話すと、なんと妻は「私は高嶋さんの気持ちもわからなくはないわ」と言います。

 妻の話を聞いてみると

 「母親っていうのは子どもとの一体感が強いの。
 自分の分身というか、自分の一部というか、
 そういう感覚があるから自分の思い通りにならないとカーってなったり・・。
 ほら、自分に腹が立つ時ってすごく腹立つやん。
 遠慮がないのね、自分の一部やから。
 男の人にはわからないと思うけど・・」


 そっかー。
 自分に腹が立つ時って、めっちゃ腹立つもんなあ。

 それでもやっぱりゲーム機を壊すのはやり過ぎだし、普通はそこまではやらない。
 どうしてそこまでやってしまうのだろう・・とネットで彼女のことを調べてみました。

 すると・・。

 高嶋さんの気性が荒いところは、幼いころダウン症のお姉さんが同級生から心ないイジメを受けていることを知り、その子たちから姉を守るために強くなってしまったとのこと。

 小学校に入学する頃には自分のことを”俺様”と呼び姉の友人を罵倒し、ケンカを挑んでいき、同級生の男子を一人づつ泣かしていき、最終的には全員泣かしたという伝説も。
 学校では最恐の妹がいることが知れ渡り姉へのイジメは減っていったそうです。


 そんな家族思いの気持ちからあの「毒舌キャラ」「つよキャラ」になっていったようです。
 
 
 妻の話や高嶋さんのお姉さんの話を知る前はただただ「これは子どもに対する人権侵害だ。家庭内のこととはいえ許されるものではない」と感じていました。
 でも、母親の子どもに対する感じ方や高嶋さんがなぜそういう性格になったかなどを知ると、「そうなってしまうよなあ、しかたないよなあ」と理解する気持ちも湧いて来ます。
 その行為自体に対しては今も「それは良くない」と思っています。
 でも高嶋さん個人を非難することも「それは違う」ように感じています。

 人っていうのはある一面から見ると悪に見えたとしても、別の角度から見ると善に見えたりもするものです。
 悩みや問題もそうで、それはある一面から見ると悩みであり困ったことですが、その悩みや問題も見方を変えてみると、そこからいいことや感謝すべきものが見えてきたりするものです。

 子どもへの見方も、不登校や発達障害の問題の見方も、ついつい一面的になりがちで「子どもを良くしよう、子どもを直そう」とばかりしがちですが、もっと子どもを理解しようとしたり、見方を変えたりすることによって子どもも問題も今までは見えなかった良い一面が見えてきて、そこから何もかもが良い方向に動き出すということが多々あります。

 柔らかい心、柔らかい見方をいつも忘れないようにしたいと思います。
 *柔らかい心とは決めつけない心、裁かない心、理解しようとする心のことです。



  < 長谷川満の講演会のお知らせ 一般参加OK > 

 4月23日(土)10:00〜11:40 岡山県玉島市民交流センター
 テーマ「子どもを伸ばすプラスの問いかけ」 参加費300円
 託児あり 
 お問い合わせ 086-526-1400 玉島市民交流センター

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2016年03月11日

高校生が本を買ってくれました


 今日、うちで習ってくれている一人の男子高校生が相談に来てくれました。
 事務所に来て開口一番。

 「先生の本、買ってもいいですか?」

 「もちろん。そりゃあええけど・・」

 「先生、裏表紙になんか言葉書いて下さい。」

 「うん。わかった・・ありがとう。」

 そして色々と相談した結果、2つの詩を書くことに。

 それがこれです。


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 「人生、楽しく生きようと思ったら、
  やっぱり笑わんとあかんやろ。
  ほんでな、人が一生懸命生きるってな、
  他の人から見たら少し滑稽やねん。
  なに夢みたいなこと言うてるのとか。
  でもな、そのくらい、
  人から笑われるくらいでないと
  本気で生きているとは言われへんと思う。
  いっぱい人から笑われて
  それでこそ自分を生きてるってこと。
  そういう意味な。」


 
 こうして高校生の子が相談に来てくれて、本まで買ってくれて、「先生のブログ読ませてもらってます」まで言ってもらって、僕はほんとに幸せ者です。
 きっとこの記事も見てくれていると思います。

 「今日はホントに来てくれてありがとう。嬉しかった。」
  
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2016年03月07日

千葉県から講演の感想が届きました


 2月13日に講演させていただいた千葉県の「槇の木学園」様から、お礼のお手紙と感想が届きました。
 ありがとうございます。
 一部抜粋してご紹介します。


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 この他にも
 • たくさんの気づきをありがとうございました。
 • 今日はハッとすること、忘れていたことに気づかされました。

 など気づきがあったとする感想も多かったです。


 僕は講演をする上でいくつか心がけていることがあるのですが、その1つが『気づきがあること』です。
 人は他人から何を言われても変わりませんが、
 自分で気がついて「こうしていこう」と決意した時には変われるのです。
 
 もう1つ、人を変えるものがあります。
 それが『感動』です。

 感動と気づきがあってこそ「来てよかった。聞いてよかった。」と思ってもらえるのだし、それがあるからこそ心癒されたり、聞き終わったあとに心が軽くなるのだと思います。
 この心のリフレッシュ効果は美しい絵や音楽、また美しい自然の景色に触れた時に生まれます。
 それと同じことが美しい心や美しい話に出会った時にも起こるのです。
 僕はその美しい心が聞いて下さっている皆さんお一人お一人の中に「すでにある」ことを講演を通じて皆さんにお伝えしています。
 今回の感想をいただいて、それがちゃんと伝わっているというのがわかって大変嬉しく思っています。
 これからも気づきと感動の講演を届けていきます。


 

   < 長谷川満の講演会のお知らせ 一般参加OK > 

 4月23日(土)10:00〜11:40 岡山県玉島市民交流センター
 テーマ「子どもを伸ばすプラスの問いかけ」 参加費300円
 託児あり 
 お問い合わせ 086-526-1400 玉島市民交流センター

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2016年02月22日

神吉中学校区五校合同講演会の感想が届きました


 先日1月29日に加古川西公民館で講演しました神吉中学校区五校合同家庭教育大学講演会の感想が届きました。

 いくつかご紹介します。

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 たくさんたくさんのあたたかい感想を頂きました。
 ここに載せさしてもらったのはその中のごく一部です。
 皆さんの感想がとても励みになります。
 今後も皆さんに笑いと感動のある講演を、心が軽くなる講演を、子育てのヒントや気づきを得てもらえる講演をお届けできるよう精進していきます。
 最後にこれらの感想をわざわざ事務所まで届けてくださった東神吉小学校の校長先生、本当にありがとうございました。
 
 
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2016年02月18日

「先生、僕ゲーム売るわ」中3ゲーム大好き少年がゲーム機を売ろうと思った理由 続編


 最初から読みたい方はコチラ→http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/433888052.html



 僕がA君を受け持った当初、
 彼は宿題も全然しないし、勉強大嫌い、ゲーム大好きでした。
 そういう生徒に対して親も先生も「今の君のままじゃダメだ」と本人および本人の現状を否定する言動ばかりで関わってしまうため、この子にとって周りの大人は全部敵になってしまっている、それが一番の問題でした。

 教育というのは、親や先生と子どもとの間に「あたたかくて信頼し合える関係」がなくては成立しません。
 何かを教える、何かを伝えるためには太いパイプ(心のつながり)がないと伝えられません。
 心理カウンセリングにおいてもまずクライアントとラポール(心が開かれている信頼関係)がつくれなくてはカウンセリングが出来ないのと同じです。

 ところがA君は周りの大人からは「今のあなたじゃダメ」とず〜っと否定され続け、彼から見れば信頼できる大人は一人もいなかったのです。彼は大人不信になっていました。

 僕が指導において気をつけたのは

 1、彼と彼の話を否定しない。彼の気持ちを理解しようとする。

 2、悪い所ではなく良い所を見る。よい所を誉める。
 
 3、彼と共に考え、彼の立場に立って提案する。

 4、簡単な問題でわかる楽しさを体験してもらう。

 5、雑談も交え、楽しい雰囲気で勉強する。



 そんな指導を2ヶ月ほど続けていると、だんだんと信頼してもらえるようになって彼から色々な思いを聞かせてもらえるようになりました。
 彼も誰か信頼できる人に色々と悩みや不安を相談したかったのだと思います。

 勉強ができないことにコンプレックスを持っていること。
 友達に勉強で馬鹿にされて悔しかったこと。
 学校の授業を聞いても全然わからないこと。
 宿題もしなければと思うけれどまったくわからないこと。
 ある専門職公務員になりたい夢があること。
 そのためには学力をつけなければならないけれど不安なこと・・。


 それら1つ1つに共感し、理解していく。
 そうすると不思議なほど僕には素直な態度で接してくれるようになりました。
 何でも相談してくれるようになり、アドバイスもちゃんと聞いてくれるようになりました。

 「先生、僕、勉強しようと思うんやけれど、なかなか出来ない。
  ついゲームの方にいってしまう。
  どうしたらええやろ?」

 そんな相談もしてくれるようになりました。

 「みんな、そうなんちゃうかなあ・・。みんな一緒やで。
  ゲームあったらそっちの方にいってしまうのは。
  先生が前に教えてた子でな、ゲーム機売った子があったで。
  あったらゲームしてまうから。」

 そんなやりとりを去年の秋くらいから何回か繰り返していました。

 そして僕はよく彼にこう言ってました。

 「君は良い所いっぱいあるで。
  君はすごく素直やろ。素直な子は伸びるよ。絶対伸びる!
  そして夢があるやろ。
  そんな具体的ではっきりした夢持った君は
  本当に素晴らしいと思うよ。」
  
 そう言うと少し照れながらも、
 先生、俺、がんばるわ、絶対◯◯になるわ、
 なんかなれそうな気がしてきたわ。
 とやる気をみせてくれていました。

 そして1週間とはいえ自分でゲームを断って、見事志望校に合格した彼の口から出たのがあの言葉でした。

 「先生、僕ゲーム売るわ。」

 これは誰かが強制して言わせた言葉ではなく、
 彼自身がそうしようと決意して生まれた言葉です。

 教育とは矯正することではありません。
 子どもの中にある善性、意欲、向上心、能力を引き出すことが教育です。
 そしてそれを引き出すためには
 子どもとの間に太い心のパイプ、心理学用語でいうところのラポール、信頼関係がなければ何も教えることはできないし、何も伝えることはできません。

 子どもは自らの力で善くなっていく力、「自己成長力」を持っています。
 そしてその「自己成長力」が発揮されるような関係、あたたかくて信頼し合える関係、それを子どもとの間に築くこと。
 これは親にとっても先生にとっても一番大切なことであるように思います。
 

 
  
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2016年02月16日

「先生、僕ゲーム売るわ」中3ゲーム大好き少年がゲーム機を売ろうと思った理由


 高校受験の1週間前からゲーム断ちをしていた中3のA君。
 そのかいあって志望校に見事合格しました。
 合格後も夢の実現に向けて家庭教師は続けたいということで、
 その日もいつも通り普通に教えていました。

 問題を解いていたA君が急にこう言い出しました。

 「先生、僕ゲーム売るわ」

 「おっ、そうか。決めたん?お母さんに言ったん?」

 「うん。言った。」

 「そうか・・。よし!夢の実現に向けてがんばろか。」

 「はい。」

 
 彼は自他ともに認めるゲーム大好き少年。
 中3になってからも家に帰ってからはず〜っとゲームをしてました。
 そういう生徒の場合、僕は大体ゲームの話で仲良くなります。
 ゲームをやめるようにとか減らすように指導したりはしません。
 むしろ親御さんに「ゲームは好きなだけやらせてやって下さい」と言うこともあります。
 制限したってぜったいその通りにはならないし、
 取り上げてみたってますます親子関係が悪くなってぜったい勉強なんてしません。
 
 以前指導していた中学生で、親にゲーム機を取り上げられていた子がいましたが、
 秘密の引き出しの中にもう1台別のゲーム機を隠し持っていた子もいましたし、
 親が取り上げ隠してあったゲーム機をちゃんと見つけ出し、
 深夜親が寝静まってからゲームをしていた子もいました。

 この問題は親が何かを強制したり、禁止したり、罰を与えたりしても、
 子どもにゲームをやめさせ勉強するようにもっていくことは残念ながら出来ない
 というのが本当のところなのです。
 もし仮にゲームを力づくでやめさせたとしても、親子関係は悪化し、
 親が喜ぶ勉強なんてするはずはありません。

 妻や夫を変えることができないように子どもを変えることはできません。

 じゃあ、どうしてA君はゲームをやめ勉強しようと決意したのか。

 
 つづきは次の記事で。
 
 
 


 
 
 
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2016年02月15日

質問「受験が不安です。テストになると上がってしまって実力が発揮できません。どうしたらいいですか?」


 この時期「テストになると緊張してしまって・・、どうしたらいいですか?」という質問をよく受けます。
 特に受験を控えた女子に多く、本人にとっては大きな悩みです。
 そんなとき僕はこんなふうにアドバイスします。

 「テストの前やテストの時に緊張するのはあたり前やで。
  誰だって緊張するし、それでいい。
  緊張してきたらな、
 『ああ・・緊張してきた。いつも通りや、よしよし。』と思うようにしたらいいわ。
  だって本当にそうやろ。
  いつもと一緒やん。だっていつもテストの時は緊張するんやし。
  だいたいな、緊張するのはかえって集中力が増すからプラスなんやで。
  マイナスなのは緊張することではなくて『焦る』ことやねん。
  解けない問題が続いたりすると焦るやろ。
  焦って、どうしよう、どうしようってなるやろ。
  そうして冷静に考えられんようになったり、焦ってミスしたりすることがマイナスやねん。
  それを防ぐためには、問題を捨てる練習をしなあかんねん。
  テストは全部解けなくていいんやで。
  合格点を確実にとれば合格するから、難しい問題は解けなくていい。
  解ける必要がないから勉強もしなくていいし、普段の勉強から難しい問題は捨てなさい。
  そうしたら勉強の能率はものすごく上がるし、問題を捨てる勇気もつく。
  捨てれば考える必要もないから、時間は十分足りる。
  『焦る』のは時間がない、ということでも焦るわけだから、
  そうすれば時間にも余裕ができるってわけ。
  緊張してよし!
  それで大丈夫!」


                 (2013年11月18日の記事より)


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2016年02月12日

なぜ?今この記事がフェイスブック上で共感され拡散されています


 今、マイベストプロ神戸のこの記事が共感され拡散され、『おすすめ』されています。
 なんと現時点で2150の『おすすめ』を頂いています。
 今も現在進行形でどんどん増えていってます。
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 2月5日の記事ですから一日平均300以上『おすすめ』されています。
 ちなみに昨日の『おすすめ』数がこれです。

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 たった1日で500以上もの『おすすめ』を頂いています。
 そんなに共感してもらえた記事がこれです。

 「30代40代の娘さんから絶交されるお母さんが増えています」



 
 この記事は実はブログ「長谷川満の親学講座」の記事だったんですね。

 「大人になっても幸せな親子関係であるために」

 タイトルを変えたせいなのか、
 それともフェイスブックの拡散力のせいなのか、
 同じ記事でもちょっとしたことで注目されたり、注目されなかったり・・。
 
 注目されるのはとても嬉しいことだし、注目されるように努力もしているのですが、あまりそれにばっかり気がいってしまって、中身よりもそれをどう魅せるか、どう注目してもらえるかばかりを追いかけるようにはなりたくありません。

 いまSNSが発達して、どう注目を集めるか、そしてそれが上手な人が成功するという風潮があるように思います。
 それはそれでチャンスが広がっていい面もあると思います。
 でも『見せかけ」ばかりが横行すると、その反動で今度はそれが本物か偽物かということが問われるようになってきて、事実いまネットを利用している人たちはそこのところにとても敏感になっていて、それを見抜く目も洗練されつつあります。
 こういう『魅せる』時代だからこそ「本物か偽物か」がより重要になってきています。
 偽物があばかれるニュースがここ最近続いているのも、時代がしだいに本物志向に移り変わっている証拠だと言えなくもありません。

 さて、果たして自分は本物かどうか?
 明日は午後1時半から千葉県長生郡睦沢町上市場にあります「槇の木学園」で講演会です。
 講演を聞いて下さってその真偽のほどを確かめていただけると幸いです。

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posted by 長谷川 at 16:30| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月23日

子育ては「愛とは何か」を学んでいる


 きのう、お電話で岡山県の方から本「あなたも子どももそのままでいい」の注文がありました。
  
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 (税込500円) 

 このブログのこの記事「どうすれば親のエゴで子どもに接することを避けられるか」に共感されて本を読んでみたいと思われたそうです。

 
 親の願い、
 親の心配、
 親の思い、
 言葉はどのようにでも正当化して言えますが、大体は親のエゴです。
 子どものためにとか言いながらホントは自分の思いや価値観の押しつけだったりするのです。
 もちろん「元気でいてほしい」「幸せになってほしい」なんてのは愛の心からのものではありますが、「幸せになってほしい。だからいい高校に行きなさい」になってしまったらもう親のエゴです。
 そしてエゴの心で子どもに関わると親子関係は悪くなります。
 エゴの心とは結局、子どもの気持ちより親の気持ちを優先し、子どもを自分の思い通りにしようとする心だからです。子どもからするとそこに親の愛情は感じられません。

 では、どうすればいいのか?

 1、「〜しなさい」と命令形ばかり言わない
 2、子どもの話を最後まで聞く
 3、子どもの気持ちを理解しようと心がける
 4、子どもと親とは対等な関係
 5、管理者ではなく援助者になる
 6、子どもを信じる
 7、子どもを待つ
 8、子どもに任す
 9、子どもに対して正直になる
 10、そのままの子どもを愛する


 これってすごい信頼関係ですよね。
 すごい誠実な向き合い方ですよね。
 子どもと誠実につきあう。
 子どもに嘘をつかない。
 子どもを信頼する。
 そういうあたたかくて信頼し合える親子関係であろうとする、親の姿勢。
 そしてそうあろうと思っているにも関わらず、知らず知らず親のエゴが顔を出したら
 それに気づいて反省する姿勢。
 その姿勢こそが親の子に対する愛の心です。
 子どもに対して「こうあってほしい」と求めるのではく、子どもに対して親である自分は「こうありたい」と自分に求めていく姿勢こそ誠実な愛の心であるように思います。

 子育てとは「愛とは何か」を学んでいるとも言えるのです。
 
 
 
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2016年01月10日

えべっさん 〜福の神えびす様はなぜ蛭子と書くのか〜

 
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 1月10日は十日蛭子(とおかえびす)です。
 商売の神様で七福神のお一人でもある恵比寿様のお祭りの日です。

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 このえびす様、色々な漢字で書かれまして、
 蛭子、恵比寿、戎、恵美須、・・。

 えびす様はどこから来られたのか?
 蛭子(えびす)伝説なるものがあります。

 むかしむかし
 まだ日本の国土がなかったころ
 イザナギ(男神)とイザナミ(女神)は日本の国土を生むべく契りを交わします。
 でも最初の子は女神であるイザナミから誘ったため不具である蛭子(ひるこ)が生まれました。
 不具である蛭子(ひるこ)は葦舟にのせて海へと流されてしまいます。
 その後、海へと流された蛭子は別の岸へと流れ着き、福の神であるえびす様になりました。


 それで、えびす様は蛭子(えびす=ひるこ)と書くのだそうです。(諸説のうちの一つ)

 えびす様が他の七福神の神様たちと宝船に乗ってやってこられるのも、
 こういう伝説から来ているのかもしれません。

 
 
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2016年01月08日

めいちゃん2歳になりました!


 孫のめいちゃんが2歳になりました。
 ケーキやアイスが大好きです。
 「おいしいー」と「さびーなー」を連発しております。

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2015年12月31日

詩 「 新年 」


    新しい一年が始まる

    新しいいのちが始まる

    今年もまた

    新しい芽が吹き出し

    新しいつぼみがふくらみ

    新しい花が咲き

    新しい実を結ぶ

    そしてまた

    人間の中の内なるいのちも 

    新しい希望となって

    新しい衝動となって

    新しい情熱となって

    僕らを突き動かす 

    「生きている間は生き生きしていなさい」

    「人生は遊びに来たんやもん」

    さあ

    新しい自分を始めよう
           
                  byはせがわみつる




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2015年12月30日

どうすれば親のエゴで子どもに接することを避けられるか


 親には二つの心があります。
 子どもに対する愛の心とエゴの心です。

 愛の心は明るくてあたたかい心です。
 子どもをかわいく思う心
 子どもを喜ぶ心
 子どもを喜ばせてあげたいと思う心
 子どもに感謝する心
 そういう心です。
 親としての自然な情愛、それが愛の心です。

 エゴの心は子どもを自分の思うようにしたい心です。
 子どもを自分の所有物のように扱う心です。
 子どもが優秀なのは自分が優秀であるかのように、
 または親である自分の手柄のように感じる心です。
 子どもが出来ないのは自分が劣等であるように感じる、
 またはそう思われはしないかと人の目を恐れる心です。
 それは子どもをコントロールし支配したい心です。
 エゴは人を信用しない心であり、不信であるから不安なのです。
 不安だから相手をコントロールせずにいられないのです。
 エゴは一言でいえば不安や恐怖からくる「支配欲」です。

 
 愛の心は子どもの心を健全に育み、子どもを意欲的にし、
 自立的にし、自己肯定感を育てます。
 愛の心は愛の心を育て、思いやりの心を育てます。
 愛の心は子どもを幸せにします。

 一方、親のエゴの心は親も子も苦しめます。
 親子関係は悪くなります。
 ケンカが絶えなくなります。
 子どもは言うことを聞かなくなります。
 子どもは自信が持てず、意欲も出ません。
 自己肯定感も育ちません。

 親は愛の心を持っているにも関わらず、
 子どもが大きくなるにつれエゴの心で子どもに接することが多くなります。

 エゴの心ではなく愛の心で接しようとするけれど、
 なかなかうまくいきません。
 自分にはエゴの心があり、それは子どもにも自分にも悪い結果しかもたらさないとわかっていても、ついついそのように接してしまう自分がいます。

 では、どうすればいいのでしょうか。

 老子の71章にこんなことが書かれてあります。

 欠点 (「老子」第71章 任継愈・訳)

 自分の無知を自覚するのが最高なのだ。
 自分の無知に気付かない、それこそ欠点なのだ。
 欠点を欠点と考えるからこそ、
 それで欠点が避けられる。
 「聖人」には欠点がない。
 かれは欠点を欠点と考えるから、
 それで欠点が避けられるのだ。


 ここにエゴを避けられるヒントがあります。

 この文章の「無知」や「欠点」の所を「エゴ」に置き換えて読んでみましょう。

 欠点 (「老子」第71章 任継愈・訳)

 自分のエゴを自覚するのが最高なのだ。
 自分のエゴに気付かない、それこそエゴなのだ。
 エゴをエゴと考えるからこそ、
 それでエゴが避けられる。
 「聖人」にはエゴがない。
 かれはエゴをエゴと考えるから、
 それでエゴが避けられるのだ。

 
 親のエゴは実は無自覚なことが多いのです。
 「子どものために」と思ってしまうのです。
 でも本当は親である自分のためであったりするのです。
 その自らの欺瞞性をちゃんと見抜いて、
 「ああ、これは自分のエゴが出ているな」と感じたなら、
 その小言やら押しつけやらを一旦やめればいいのです。
 そうすれば親のエゴで子どもを苦しめたり、
 自分を苦しめたりすることを避けることが出来るのです。



 
posted by 長谷川 at 16:40| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月24日

詩 「 クリスマスイブに寄せて 」


 サンタさんを信じている子どもが幸せなように

 神さまを信じている大人は幸せだ


 いつか僕たちは

 プレゼントを置いてくれるのが誰かを知る

 それはサンタさんがいないからではなく

 むしろお父さんお母さんの心の中にいる証し


 聖書に「神は愛」と書かれてあった

 互いに愛し合うとき

 神さまもそこにおられるという 

 心に愛がある限り

 神さまはいつも僕らのそばにおられるのだろう


 今宵 クリスマスイブ

 子どもたちの枕元にプレゼントを置くとき

 サンタさんも神さまも

 わたしたちと共に子どもの寝顔を

 ほほえみをもってご覧になられていることだろう

                         by はせがわみつる

 


 みなさんは、神さまって信じますか?   
 僕にとって神さまは「愛」であり、「光」であり、喜びや幸せをもたらすものです。
 そして、それをみんな持っているのだと思います。
 みんな「愛」を持っている。
 人の心を明るくし、人の心をあたたかくする「光」を持っている。
 そして、その光で他を照らした時、その反射光がまた自分を照らしてくれる。
 喜びや幸せってそういうところから生まれるのだと思います。
 そしてまず照らすのは一番近いところから。
 「愛は家族からはじまります」
 マザー・テレサの言葉です。

 マザー・テレサが日本に来られたとき、一人の女の子が質問しました。
 「世界の平和のために私達に何ができるでしょうか?」
 マザーはこう答えられました。
 「愛は家族からはじまります。まずは家族を愛してください。あなたが家族を愛して、あなたやあなたの家族が幸せになることは小さいことのように見えるかもしれません。でも世界中の人がそうしたなら、そのとき世界に平和が訪れるのです。まず、あなたがそれをはじめてください。」


           (「長谷川満の親学講座」2014年12月24日の記事より)
posted by 長谷川 at 12:02| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする