2017年04月21日

テストで10〜20点台だった生徒が全科目48点以上に伸びた理由


 僕がK君の家庭教師を始めたのは1年半前の1年生2学期からでした。

 その頃のK君のテストの点数は英語、数学をはじめどの科目も10点台か20点台。

 もちろん通知簿はほぼオール2。

 公立高校は難しい状態でした。

 勉強は全然やる気はなかったけれどとても礼儀正しい、「はい!」と元気よく返事をしてくれる生徒でした。

 でも礼儀正しい分、まだ僕には心を開いてくれていない感じでした。

 生徒のやる気を引き出すためにはまず生徒との間になんでも話せる『あたたかくて信頼し合える関係』を築くことが大切です。

 なんでも話せるほど信頼できて大好きな先生に習えば誰だってやる気になるでしょ。

 みなさんも小中学校できっとそういうことを経験されていると思います。

 そこで僕は彼にとって何でも相談できる親友のような家庭教師になろうと努めました。

 積極的に宿題を手伝う。

 積極的にテスト勉強を手伝う。

 彼のいいところ、頑張っているところをお母さんに伝える。


 とにかく彼が「助かる」と感じるような指導を心がけました。

 そして成績向上を望むお母さんの役に立ちたいのではなく、僕は「楽していい成績を取りたい」キミの味方なんだと言葉でも態度でも示し続けました。

 2年生になると少しづつ彼は勉強以外のこと、部活のことや今はまっているゲームのこと、好きな音楽や映画のこと、そういうプライベートなことを話してくれるようになりました。

 それと並行するかのように勉強に対しても少しづつ積極性が見られるようになりました。

 少しづつ、少しづつテストの点数も成績も学校の先生からの評価も上がっていきました。


 そして昨日、中3になったK君の4月の実力テストの結果が出ました。

 最高点は社会の67点。

 最低点は数学の48点。

 国語、英語、理科は全部50点台でした。


 よく頑張りました!

 1年生の頃は10点台、20点台だったのに・・、

 本当によく頑張りました。

 彼は今、自分の夢の実現のために行きたい高校があって、目標を持って勉強に取り組んでいます。

 
 僕は彼に対して一度も「やる気を出せ」と言ったことがありません。

 僕がしたのは彼が勉強面で助かると感じる手助けと「なんでも話せる信頼関係」を築くことでした。

 つまりやる気になるような精神的環境を整えるということです。

 あとは彼がやる気になってくれるのを信じて待つ。

 どこまでも信じて待つ。

 どんな時でもいい関わりを根気強く続ける。


 僕は生徒のやる気スイッチは押しません。

 やる気スイッチを押すのはその子自身です。

 そうであってこそ、そのやる気は本物となるし、

 その努力する心もその子自身の力となります。



 それが僕がいつも理想とする指導であり、

 僕はいつもその理想を持って家庭教師をしています。


posted by 長谷川 at 18:16| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

人の目を気にする自分を変えたい、怒りをコントロールできる自分になりたいという悩みに答える


 先日、25年以上前の教え子(42)が悩みの相談に来ました。

 「自分を変えたいんです。どうしたらいいですか?」と。

 話をよ〜く聞いてみると「自分は人の目が気になって仕方がない。会社では言うことも言えず、ストレスもたまるし、不自由で仕方がない。それで溜まったストレスを発散するように家で妻に激しく愚痴ったり、癇癪を起こしたり、自分の怒りをコントロールできないんです。どうしたらいいですか?」ということでした。

 「大丈夫。変えられるよ。」

 「え?変えられますか?」

 「うん。君が本気で自分を変えたいと思って、そのように覚悟を決めて、そのように行動すれば変えられるよ。例えば、ここに太った人がいたとして、その人が自分を変えたいと一大決心をして、運動をして、食事制限をしたら誰でも痩せられると思わへんか。」

 「はい。思います。」

 「それと一緒や。みんな絶対痩せられるねん。でも、痩せられへん人はず〜っと色んな言い訳してるやろ。結局、本気で痩せる気ないねん。でも、本気になったらみんな絶対痩せられる。そう思わへんか?」

 「そう思います。」

 「だから、君が本気で自分を変えたいと思うなら、絶対変われるよ。ところで、どう変わりたいの?」

 「やっぱり、家に帰って妻に八つ当たりしたり、癇癪起こしたりするのはやめたいです。」

 「なるほど。怒り出すと自分でも止められなくなるから、そこをコントロールしたい?てことかな?」

 「はい、そうです。」

 「怒りっていうのはさあ、一人ひとりが『こうすべき、こうあるべき』ていう常識というか、自分独自の価値観を持っていてな、その自分独自の価値観に反することをする奴がいたりすると腹が立つわけ。

 だから、『こうすべき』ていうものが多い人ほどよく怒る。
 常識的で頭が硬い人ほどよく怒る。
 だから、この『こうすべき、こうあるべき』というのを自分の頭の中から無くせばなくすほど腹が立つことが減るってことや。

 怒るってことは自分の価値観がその人とかその出来事とかその言動に反応してるわけ。
 だから腹が立ったら『自分はどうすべき』と考えているんだろうかと自分独自の価値観がどこにあるんだろうとそれを探索する。
 そうして『こうあるべき』と考えているから腹が立ったんだとわかったら、その価値観、考え方が今の自分にとってメリットが多いのかデメリットが多いのかを冷静に考えてみる。

 例えるなら価値観の『断捨離』やね。その価値観があるから腹が立つことが多いのなら捨てたらいいのね。
 『断捨離』のように声に出して『絶対に〇〇すべきなんてことはこの世にはありません。〇〇すべきは人間が勝手に作りだしたこと、自然界には存在しません。今〇〇すべきは私には不要になりました。だから〇〇すべきを私は捨てます。ポイ!』

 ポイ!まで言わなあかんで。
 それで自分の心から怒りの元を少しずつ減らしていく。
 そうすると腹が立つことが本当に減っていく。」


 「ふ〜ん・・、なるほど・・。我慢するのではなく、怒りの元になっている自分の価値観を手放していくということですね。」

 「そう!その通り!
 僕はそのことに10年以上前に気がついてそのようにしたんや。
 そうしたら本当に腹が立つこと減ったで。
 精神衛生上ええで。

 でもな、それでも腹が立つことはあるわ。
 まだまだ『こうすべき』と思っていることが多いんやと思うわ。
 ほんまはこの世に『こうすべき』なんてないんやろうけどな。
 人間が勝手に善とか正義とか決めてるけど自然界には善も正義もないもんなあ。

 人間てさあ、大人になっていく過程でさあ、
 自分なりの世渡り戦術というか、
 こう生きていけばいいんやとか身につけるやん、常識も含めて。
 誠実であるとか、正直であるとかも含めて。
 努力で乗りこえろとか、辛抱しろとかも含めて。

 それで今まで生きてきたわけやし、それはそれで役にも立ったわけやけど、
 年齢を重ねたり、また違う問題に出会ったりした時にそれが邪魔になるというか、足かせになったりもするわけや。
 だから、価値観は常にアップロードが必要になるんちゃうかなあ。
 不要になった価値観はどんどん捨てていかなアカン。
 そんな風に思うなあ。」


 「わかりました。
  ところで実は社内のある資格試験に合格したのですが・・」

 「どんな試験なん?」

 「マネージャーに昇格する試験なんですけど、それでその試験には絶対受かってみせる!みたいに気合い入って頑張ってたんです。でも、いざ受かってみて、本当にマネージャーになってみんなを管理する立場に立つことが現実になってくるとだんだん自信なくなってきて・・。もうすぐ辞令が出ると思うんですけど断ろうかなあ、なんて思っていまして・・。」

 「なるほど・・。
  昔、君さあ、ソフトボールの試合でチャンスで俺に打席回ってこい、て思うんですけど、
  いざ本当にそんなチャンスが回ってきたら怖くて逃げ出したくなるって言ってたよな。」


 「はい、言ってました。」

 「ということは、マネージャーの辞令を断るってことはいつものパターンってことにならへんか。
  それだったら何にも君変わってないということにならへんか?」


 「違うんです、先生。
  今までの僕は何か頼まれてもいつも『イヤ』と言うことができなかったんです。
  だから辞令を断ることがいつもの自分を変えることになると思うんです。」

 「俺はそうは思わへんなあ。
  そういうのを『エゴの罠、エゴのごまかし、エゴの正当化』て言うねん。
  変わりたくない自分、つまりエゴが自分の心の中にいて、
  うまい言い訳を自分で作って、
  変わらないでいようとしているように思うなあ。」


 「いや、本当に違うんです。
  僕はいつも断れずにいたんです。
  だから断るという選択をすることが自分を変えるということだと思うんです。」

 「じゃあ聞くけど。
  自分にとってマネージャーになって責任を負わされて、
  みんなをまとめていかなアカンようになって、
  自分の管理職としての力量を試される立場に立つ方が楽か、
  それともマネージャーの辞令を断る方が楽か、
  どちらが楽や?」


 「そりゃあ、断る方が楽です。」

 「そこよ、そこ。
  君は怖がってんのよ。
  自分が試されて、もし自分に能力がないことがみんなにバレて、
  なんや、あいつやっぱり力ないやん、みたいに思われるのが、
  死ぬほど怖いんちゃうか?」


 「それは一番怖いです。
  無能やと・・みんなに思われて・・、
  それは耐えられへんほど怖いです。」

 「俺はさあ、君がそうなってもいいんちゃうかな、て思うねん。
  自分の無能さがバレてさあ。
  そうして、こう自分の弱さとかダメさとかが全部バレて、
  そうなんです。これが本当の僕なんですって開き直れたら、 
  それこそ自分が変われるチャンスになるんちゃうか。
  今までは人の目ばかり気にして、
  カッコばかりつけて、
  嫌われんようにして、
  言いたいことも言えへんかったわけやけど、
  もう全部バレてしもて、
  もうカッコつける必要がなくなってしまったら、
  その時こそ本当にありのままの自分で生きていける、
  そんな自分に変われる契機になるんちゃうかな。」

  
 「う〜ん・・。それは自分にとってすっごいキツいことですけどね。」

 「そやろなあ・・。
  無能さがバレて面目を失う。
  それを一番恐れてたんやからなあ・・。
  でも失敗するとは限ってないで。
  君は以外と高い能力持ってるからなあ。
  今まで人の目ばかり気にしてたから、
  その能力が全開になってないだけで、
  なりふり構わず一生懸命やったら
  意外とうまくいくんちゃうかな。
  あ、ええこと教えといてあげるわ。
  人をマネージメントする時には、
  自分の思うように動かそうなんて思ったらアカンで。
  一人ひとりの良いところを認めて、高く評価して、
  〇〇さんがいてくれるから、〇〇さんのお陰と感謝するねん。
  間違うてもマネージメントしようとか管理しようとか
  そういう不遜な思いを持ったらあかんで。
  気持ちよく働いてもらうにはどうしたらええやろ、と
  その人の助けになるにはどうしたらええやろと
  そういう気持ちでマネージャーしたらいいねん。
  素直、謙虚、感謝や。
  そうしたら管理職も務まるわ。」

  
 「なるほど。でも・・。」

 「俺はな、どっちでもいいねん。
  自分の思うようにしたらいいねんで。
  君がマネージャーを受けようが、断ろうが、
  どっちにしたって君の味方や。」


 「そう言ってもらえたら、すごく嬉しいです。」

 「自分を変えるというのは、口で言うほど簡単なことではない。
  なんかこう生まれ変わるような、すっごく大変なことなんやと思う。
  でもな、人生には1回か2回、マイナーチェンジではなく
  フルモデルチェンジが必要な時があるねん。
  君にとってそれが今なのかもしれへんなあ・・。」


 「フルモデルチェンジ・・ですか・・。」

 「うん。
  とにかく自分で決めて、自分で前に進むしかない。」


 「はい。」

 「どっちにしても応援してるからね。」
  
 「ありがとうございます。」



 そう言って彼は帰って行きました。
 
  
  
  
posted by 長谷川 at 18:30| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月11日

子どもが生きていく上で一番大切なのは『自信』だ。


 今指導している中3で不登校のA君と僕はある計画を立てています。

 それは「1学期中間テスト、数学で70点以上取る!」

 3月から週1回で彼の指導を始めました。

 中1から不登校だったので、中1で習う数学の基礎「正の数、負の数」から教え始めました。

 教えてみると飲み込みは悪くありません。

 本人も「わかる、わかる」「できる、できる」という感触を得て、

 回を重ねるごとにやる気が出てきました。

 「先生が宿題出してくれるから助かります。」

 そんなことまで言ってくれるようになりました。

 3回目の指導の時に

 「この調子やったら、3年生の中間テストで70点以上取れるかも」

 僕がそう話すと嬉しそうに「頑張ります!」て答えてくれました。

 先日、お母さんと電話で話す機会があった際、

 「息子は家庭教師の日を楽しみにしています。」

 なんて嬉しいことを教えてくださいました。

 今日が指導を開始して6回目の指導だったのですが、

 「1、2年の『式の計算』も終わりかけやから、次からは3年生の内容に入れるで。」と声をかけたら、

 「やったー。よし!」と笑顔で答えてくれました。

 指導を開始するまではどちらかというと気力とか希望とかと無縁な感じだったけど、最近は気力も希望も感じられるようになってきました。

 


 数学は積み重ねの科目ではあるのですが、
 「数式の計算」「方程式」「関数」「図形」「確率」
 とそれぞれに独立しているので、
 1、2年の「数式」だけの復習であれば6、7回で取り戻せたりするのです。

 そうすると、中1からずーっと不登校で勉強してこなかった生徒でも、
 3月から指導を始めて、5月の1学期中間テストで70点以上取ることも
 不可能ではありません。




 別にいい点数を取ることが目的ではありません。

 自信を持って欲しいのです。

 「やったら出来る!」という自信が前向きに生きる原動力になるからです。

 子どもを育てる上で一番大切なのは、この『自信』です。

 「自分はやれる!自分ならやれる!」

 そういう自信から積極性も主体性も生まれます。

 だから僕は家庭教師としてどの生徒にも自信をつけてやりたいのです。

 勉強が出来ようが出来まいが、

 学校に行っていようが行っていまいが、

 「君は必ず出来るようになるで。」

 「君には力があるで。」

 「君は素晴らしいで。」

 「君にはいっぱい良い所あるで。」

 そういう認める言葉、褒める言葉、勇気づける言葉で

 『自分なら出来る!』

 そう思ってもらいたいのです。

 そのためには「点数を取らせる指導」技術も必要ですが、やる気を引き出す言葉がけも大切です。
 
 でも、その言葉がけは「あたたかくて信頼し合える関係」があってこそのものであって、そういう先生と生徒との信頼関係を築くこともしないで言葉だけいいことを言ったとしても、それは子どもには伝わらないし、ちっともやる気にもなってくれません。

 いい家庭教師指導のためには次の3つが必要です。

 1、優れた指導技術や豊富な指導経験

 2、やる気にさせる言葉がけ

 3、あたたかくて信頼し合える関係


 
 家庭教師システム学院には上の3つの条件が揃った家庭教師がいます。
 (加古川市、高砂市、加古郡 限定)

 < お問い合わせ >

 家庭教師システム学院 
 (079)422−8028(10時~19時 日祝休み)
 メール:ksg@gc5.so-net.ne.jp

 < 料金 >

 入会金 21,600円
 月謝  19,440円(月4回:90分)から


 *小中高とも同一料金です。
 
 

 
posted by 長谷川 at 18:36| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

「長谷川満の見方が変わる相談室」始めました。 


 子どもが発達障害ではないかと不安になっているが、どこに相談していいかわからない。

 子どもが不登校で、どうしたらいいかわからない。

 子どもがいくら注意しても宿題をしないが、どうすればいいのか。

 子どもの勉強のこと、受験のことが不安で、誰に相談したらいいかわからない。



 そんな教育についてのお悩みをご自身の今のお気持ちとともにお聞かせください。
 30年以上家庭教師として不登校や発達障害、非行など様々な子どもやそのご家庭と関わってきた長谷川満が1対1でじっくりお話を聞かせていただきます。

 お話をお聞きした上で、どのような見方に変えていけば悩みの解決につながるのかをアドバイスさせていただきます。

 発達障害にしろ、不登校にしろ、その悩みの解決・改善には「行き詰まっている今の物の見方」の転換が必要です。その転換ができるようになると、心が楽になり、子どもへの接し方が変わり、その結果として親子関係が変わってきます。

 子どもの問題や悩みの場合、親はどうしても子どもを「直そう」として管理や強制を行い、子どもはそれに反抗するという関係になりがちです。苦しんでいる子どもの味方になって支援すべき親が子どもの敵になってしまっているところに問題を長期化、深刻化させてしまう原因があります。

 まずはここを改善する必要があります。
 つまり今の物の見方を転換し、親子関係を「あたたかくて信頼し合える関係」に改善することにより、子どもの自己成長力を引き出し、子どもが自らの力でそれらの問題を乗り越えていけるように援助する親になるということです。


 また、子どもの問題で悩まれている方の中には、間違った思い込みを持っておられる方がおられます。

 例えばお子様に発達障害傾向があり、勉強をしないでゲームやパソコン、スマホをしたがる。依存症になるのが心配で30分しかさせていないといったケース。
 
 発達障害傾向のある子は視覚優位の子が多く、耳から入る言語情報を理解するのは苦手だが、一目でわかる視覚情報であれば理解するのが得意な子が多いのです。こういう子の場合、視覚情報の多いパソコンやスマホを利用して楽しく勉強した方が伸びます。ゲームも1日2時間以内であればさせても大丈夫です。

 この場合「ゲームは良くない」「ネット依存にならないように」という一般的に正しいとされる思い込みを解除し、ゲームも2時間してもいいんだと見方を変えると、親もすごく楽になるし、子どもとの関係も良くなっていきます。

 不登校でも同じようなことが言えます。
 「昼夜が逆転しないように」といった思い込みがあるために苦しんでいる親御様も多くおられます。
 一般的には正しいのですが、時と場合によってはそこにこだわらない方がうまくいくケースもあります。

 このように一般論としては正しいとされている思い込みに縛られて、問題の解決を自ら難しくしてしまっている親御様はたくさんおられます。そしてほとんどの方がそのことに気がついておられません。

 そういう方々のお力になりたいと考えております。

            ー 長谷川満からご挨拶 ー

 子どもの問題の背景には、親の不仲や嫁姑問題が隠れていることがあります。
 また親自身の生き方、価値観が子どもの問題として現れていることもあります。
 子どもの問題だとばかり思っていたところが実は自分の問題であった。
 子どもがそれを身を以て教えてくれていたんだ。
 子どもって本当にありがたいなあ・・
 そんなふうに思えたらもう問題の解決も近いです。
 私は単に「こうすれば良くなる」といった処方箋をお出しするのではなく、
 その問題は一体何を伝えようとしているのか、
 その問題はどのように成長することで解決の方向へ動いていくのか
 それらを一緒に考えていく水先案内人でありたいと思っています。
 子どもを育てる中で時に、真っ暗な海で遭難したような心細さに襲われることもあるでしょう。
 そんな時に「大丈夫。こっちだよ。」と声をかけて安心させてあげたい。
 それは気休めではなく専門家としての知見に基づいてアドバイスしたい。
 間違った思い込みから解放し、適切に子どもに関われるようにアドバイスしたい。
 そうして皆さんのお力になりたいと考えております。



     < 相談内容 >

   不登校、発達障害、いじめなど子どもの問題。
   勉強に関する相談も受け付けています。


     < 相談料金 >

    30分 3240円 *10分単位で延長可(10分延長につき1080円)
    *電話相談も受け付けています。料金は同じです。

 お問い合わせ・お申し込みは
 家庭教師システム学院 (079)422−8028 10時〜19時(日祝休み)
 メール:ksg@gc5.so-net.ne.jp
 相談は日曜日、祝日もやっています。
 まずは電話かメールで相談日時の予約を取ってください。

 場所:兵庫県加古川市加古川町木村44−6 亀井ビル3階 家庭教師システム学院

 
[ここに地図が表示されます]



 
 
 

posted by 長谷川 at 18:00| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月03日

子育ては禅問答。師匠は子ども、親は弟子。


 禅宗では、弟子に悟りを得させるために時に『公案』というものを授けます。

 この公案というものは
 「父母が生まれる以前、お前自身はどこにおったのじゃ?」
 という答えようのない不合理な問題を師匠から与えられ、
 弟子はこの公案を解くべく座禅をします。
 そして、その自らの見解(答え)を師匠に示さねばなりません。
 これを参禅と言います。
 参禅は師匠と1対1で向き合い、問答を通してその見解を示すのですが、
 大抵はその浅はかな見解はきっぱりとはねつけられます。

 例えば師匠が弟子の面前で急に大きな拍手をします。

 「右手か左手か、どちらが鳴った?」

 「左」と言えば「このたわけが!」と面罵され、

 「右」と言えば「馬鹿者!」と一喝され、

 「右手と左手がぶつかることによって音が出ます」と言おうものなら
 「お前はそれでも修行者か!」と蹴り倒され、

 とにかく何を言ってもダメで、罵倒されるわ、蹴り倒されるわ、修行者はだんだん窮地に追い詰められます。
 何を言ってもはねつけられ、面罵されるので、修行者はだんだんと参禅することが苦痛になってきます。
 しまいにはどうしても参禅したくないものですから、自室に引きこもろうとしますが、他の修行者に引っ張り出され、師匠の部屋に放り込まれます。

 この公案にはもともと合理的な答えなどありません。
 しかしこの公案に知性ではなく、全身全霊で取り組むことによって、絶体絶命の窮地に追い込まれることによって、「破られるもの」があるのです。迷いが破られ、悟りを開くというような何かがそこにあります。
 それは死ぬか生きるか、ギリギリの所まで追い込まれて「大死一番」崖から飛び降りるような心境、そのようなところをくぐり抜けたところに開かれる心境。それは一つの生まれ変わりと言ってもいいのかもしれません。

 20170319_170237.jpg

 そういったものを得るために禅僧たちは公案を授けられ、必死でそれに取り組むのです。

 僕は子育てにおける問題というのは、この公案と一緒ではないかと思うのです。

 不登校にしろ、他の問題にしろ、時に子どもの問題はそれを解決できるような合理的な方法なんてないように思える時があるのです。
 もちろん一部の問題は、適切な対処によってうまくいくこともあるでしょう。
 でも、親御さんが本当に悩まれている時、いろいろと試してもうまくいかなかった時、
 これは本当に公案と同じなんですね。

 不登校になっている子どもが師匠なんです。
 親は修行者で、いろいろと自分の答え(不登校に対する様々な対処)を示しますが、
 どれもはねつけられます。
 頭で考えたような答えではなく、もっと全身全霊で以って「これが私だ」というものを出さなければなりません。
 窮地に追い詰められてギリギリの中で自分の真実を出さなければなりません。
 それは一体どういうことなのか?
 それは誰かが言葉で教えられるものではありません。
 
 「もう、学校に行かなくてもいいよ」
 という一言かもしれない。
 
 でも、それを言えば不登校が治るというものではないし、そういう気持ちで伝えたところで師匠には一発で見抜かれて「喝!」が飛んでくるに違いありません。

 この公案を以って修行することで、私たちは親としても人間としても磨かれ、気づき、成長していくのだと思います。

 思えば人生で出会う問題はどれも合理的な答えなどなく、「さあ、本当のお前を出してみよ」と公案を授けられているのかもしれません。

 
 

posted by 長谷川 at 18:37| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

発達障害傾向のある子どもたちの現状とその適切な対応と指導について


  「ひょっとしてうちの子、発達障害かも?」

 そんな不安を抱えておられるお母さん方は思いのほか多いのではないでしょうか。

 0db048322406acb3c631aeeed97e7002_m-300x225.jpg

 現在、全国の公立小中学校の通常学級で、学習面または行動面で著しい困難があり、発達障害の可能性のある児童生徒は実に全体の6.5%にも上っています。(平成24年度文部科学省調査)
 
 詳しく見ていきますと、低学年ほどその割合は高く小学1年生では9.8%、男女別では男子が9.3%と女子の約2.6倍、学習面または行動面で著しい困難があると見られています。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 発達障害にも色々ありますが、学校場面で問題となるのは大きく分けて次の2つです。

 1つは「じっとしていられない、衝動的に行動する、すぐに手が出る」といった行動面での問題です。

 もう1つは「学習意欲が低い、集中力がない、人の話が聴けない、理解できない」といった意欲や学習面における問題です。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 では具体的にはどうしていけばいいのか?
 私は家庭教師としてとこれらの子どもたちと関わるときには次の3つのことを心がけています。

   1、強制的にやらせない。その子を理解・尊重し援助的に関わる。
   2、ダメな所を直そうとするのではなく良い所を見て褒める。
   3、簡単な問題から始めてわかる楽しさを体験してもらう。



 小中学校に通う発達障害の子どもたちの現状とその適切な対応や指導についてネットニュースJIJICOに詳しく書かせていただきました。
 ぜひご覧ください。

 http://jijico.mbp-japan.com/2017/04/02/articles22888.html




posted by 長谷川 at 12:41| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

禅と子育て


 禅とは何か?

 それは本当の私とは何か、それをつかむことです。

 17553661_1755536988094892_1569861953878668425_n.jpg


 「あなたは誰ですか?」

 その問いに名前で答える、職業で答える、父親、母親、役割で答える。
 でも、それこそが「あなた」ですか、と問われれば答えに窮してしまいます。

 「あなたは誰ですか?」

 これが私ですと自分の体を指さす人もいるでしょう。
 でも、この体が本当に私だと言えるでしょうか。
 私たちの心臓は休むことなく鼓動を続けていますが、決して私たちが動かしているのではありません。
 呼吸作用も消化作用も私たちの思う通りにはなりません。
 私たちのこの体は、決して私たちの自由になるものではありません。
 そういう風に考えると、
 この体は私のものだということすら疑問に思えてきます。

 17553790_1755537301428194_647358450062270429_n.jpg


 では、心はどうでしょうか?

 心こそ「私」なのでしょうか。

 自分の意に反して、明るくプラス思考でいこうと思っているのに悲観的に考えマイナス思考になったり、気にしないでおこうと思ってもず〜っと気になったり、怒らないでおこうと思っても怒ってしまったり、落ち込んだり、不安になったり・・。
 自分の心さえも自分の思うようになりません。

 この思うようにならない我が心は果たして「私」と言えるのでしょうか。
 本当に私のものと言えるのでしょうか。

 17458444_1755640324751225_1101500052051208672_n.jpg


 自分の体も自分の思うようにはならない。
 自分の心も自分の思うようにはならない。

 だったら自分の子どもがどうして自分の思うようになるだろうか?

 なのに私たち親は子どもが思うようにならないと悩み苦しみます。

 それは冬が寒すぎるとか、夏が暑すぎると悩むようなものかもしれません。
 春になって花粉がいっぱい舞っていると悩むようなものかもしれません。
 台風が来る、台風が来ると悩むようなものかもしれません。

 自然は人間の思うようにはなりません。

 子どもも決して親の思うようにはなりません。

 子育ての悩みのうち、いくつかは悩む必要のない、自然なことだったり、台風みたいな避けようのないことだったりするのかもしれません。
 
 
 
posted by 長谷川 at 14:09| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月23日

飛梅(とびうめ)伝説 〜さだまさしの歌にも「飛梅」というのがありましたね〜


 東風(こち)吹かば  匂ひおこせよ  梅の花

          主なしとて  春を忘るな



 これは学問の神様で知られる「天神さま」こと菅原道真(すがわらのみちざね)公の和歌です。
 道真 公は藤原氏との政争に破れ、都から九州の太宰府へと追いやられることになります。

 今日はいよいよ京の都を発たなければならない、その時になって何故か気にかかるのはずっと可愛がっていた庭の梅の木でした。いつも、まだ寒く、春はいつ来るのか・・、そんな時に小さな白い花を咲かせ春が近いことを教えてくれた梅の木、その清々しい香りで心を慰めてくれた梅の木・・。
 思い起こせば、いつもこの梅と共に春を迎えたのであった。
 梅の花が咲き、その匂いに春を感じたのであった。
 その梅の木を残して、都を去らなければならない・・。
 道真 公はなんともやりきれない切ない気持ちになるのでした。

 今はもう おまえと別れてしまわなければならない。でも東風が吹いたなら必ず花を咲かせ、匂いおこしておくれ。どんなに遠く離れていようとも、おまえのその香りは私にまで届いて私を慰めてくれるだろうから・・。
 その気持ちを詠んだのが、前述の歌です。
 

     東風(こち)吹かば  匂ひおこせよ  梅の花

          主なしとて  春を忘るな


 悲しみと失意のうちに都を離れ、九州の太宰府へと向かった道真 公。
 そして太宰府に着いたのは春まだ遠い2月の半ば。
 「ああ、あの梅の花は咲いているであろうか」
 そんなことをふと思いながら眠りにつきました。
 翌朝、道真 公は驚きます。

 朝、庭にふと目をやると、都に残してきたはずのあの梅の木が白い花をつけて立っているではありませんか。
 梅の木は道真 公を恋しく思うあまり、一夜のうちに京の都から九州の太宰府まで飛んできたのでした。
 道真 公は感激し、思わずその梅の木を抱きしめたといわれています。

 今でも道真 公を祀ってある太宰府天満宮には、その時の梅の木(の子孫)が「飛び梅」として残されています。
 そして今も2月になれば白い花をつけ、清々しい香りで春が近いことを知らせてくれているということです。

 

 いつになったら暖かくなるのか?
 春は遠いように見えても、その兆しは梅の花に、その香りにはっきりと表れています。
 「大丈夫。必ず春は来ます。」
 今は信じて安心して、春の来るを楽しみにして、春が来たらあんな所にも行こう、こんな所にも行こうと楽しい想像をしながら春を「待つ」ことにしましょう。 



                      (2009年2月27日の記事より)
posted by 長谷川 at 22:02| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

詩「 仲直り 」にはどういう思いが込められているのか


  詩 「 仲直り 」
 

  がまんばかりさせて 

  ごめんね
 
  しんどい思いばかりさせて

  ごめんね

  きついことばかり言って

  ごめんね



  ごめんね

  わたし

  つらかったね

  わたし

  ありがとう
  
  わたし 


              by はせがわみつる


 先日1月21日に三木市内の認定こども園、保育園の先生方の研修で講演をさせていただいた時、お一人お一人にそれぞれ違った詩をプレゼントしたのですが、この「仲直り」という詩を受け取ってくださった方がこんなコメントを下さいました。


 土曜日は講演ありがとうございました。
 心に響くお話ばかりでした。
 自分も相手もありのままでいい。
 簡単なようで難しく思ってしまいますが
 その言葉を胸に毎日を過ごしたいです。

 最後に、わたしは『仲直り』という詩をいただきました。
 がまんばかりさせてごめんね。…
 という詩です。
 ここでいう『わたし』は自分にも、相手にも当てはまることなのでしょうか、
 この詩に込められた思いを知りたいです。

 また色々な詩も拝見させていただきます。
 ありがとうございました。



 それではご質問にお答えさせていただきます。

 この詩の中の『わたし』は自分のことだけです。
 自分が今まで自分を大切にしてこなかった、
 自分の気持ちも大切にしてこなかった、
 自分に我慢ばかりさせてしまっていた、
 自分のことを責めてばかりいた、
 それを反省し、自分に謝り、
 これからはもっともっと自分を大切にしようと
 心に強く誓っている。
 そのような思いで書いた詩です。

 少し哲学的になるのですが、
 「自分=わたし」は二人いるように思います。
 見ている自分と見られている自分。
 例えば自己嫌悪といった場合、
 嫌っている自分と嫌われている自分がいます。
 普段の生活においても
 「それは好きだとか嫌いだとか思う自分、これがやりたいとかあれはやりたくないと思う自分、そういうありのままの自分、本音の自分」と「そうすべきだ、そうすべきではないと自分を管理監督する自分。自分を抑圧し、自分を責めるような自分」とがいるように思います。
 
 ややもするとこの『自分を抑圧し、自分を責めるような自分』が主体になって、自分に我慢ばかりさせたり、自分にきついことばかり言いがちだけれども、それは決していいことではないんじゃないか。もっと自分に優しくしていく方がいいんじゃないかと気がついた。
 そしてそう気がついたら、いかに今まで自分が自分を大切にしてこなかったか、自分を蔑(ないがし)ろにしてきたか、自分がどんなに辛かったか・・、そんな思いが溢れてきて自分で自分に「辛かったね、よく我慢したね、ごめんね、わたし。ありがとうね、わたし。これからは大切にするからね、わたし。」と自分が自分に語りかけているという詩です。

 僕自身が特別に強くそう感じる時があったというわけではないんですが、やっぱりこの詩に似た思いは僕も持っていました。

 なんか自分を甘やかしたらいけない、自分に厳しくするのがいいんだみたいな価値観や自分のことよりもまず他人のことを第一に考えるのがいいんだ、自分の希望を優先するのは良くないことだみたいな価値観が世間一般的には立派とされていて、ついついその常識というか他人の目というか、そういうものを優先してばかりいたら、自分がとっても空虚に感じられて「こんな自分は好きじゃない。自分はもっと自分というものを大切にして自分らしく生きていきたい。」と思う瞬間があるんじゃないかなあと思います。

 そんな時にこの詩を読まれたら「そう!そう!」と共感してもらえるかもしれません。

 自分が自分と仲直りする。
 もう自分を責めるのをやめる。
 もっと自分の気持ちを大切にする。
 そこから何か始まるものがあるように思います。

 



 
posted by 長谷川 at 12:23| Comment(3) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月06日

三重県教職員組合紀南支部様から講演会の感想が届きました


 昨年11月18日(金)に三重県御浜町中央公民館で「子どもを伸ばすプラスの問いかけ」と題してお話しさせていただいた時の講演の感想が届きました。

 その一部を紹介させていただきます。

 DSC_0057.JPG


 こうした感想をいただくことは本当に励みになります。

 今年も皆さんに感動していただける講演、心が楽になり前向きになれる講演をお届けできるよう精進して参りたいと思います。
 
 
 

posted by 長谷川 at 18:31| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

三木市立緑ヶ丘中学校の生徒さんたちから講演会の感想が届きました。


 11月29日に講演させてもらいました三木市立緑ヶ丘中学校から生徒さん約450人分の嬉しい感想が届きました。
 その一部を紹介させていただきます。


         < 1年生 >


DSC_0043.JPG

DSC_0045.JPG

DSC_0042.JPG


          < 2年生 >


DSC_0047.JPG

DSC_0048.JPG

DSC_0049.JPG


           < 3年生 >


DSC_0052.JPG

DSC_0054.JPG

DSC_0055.JPG


 
 緑ヶ丘中学校の皆さん、感想ありがとうございました。
 約450名分ぜ〜んぶ丁寧に読ませていただきました。
 みんないいこと書いてくれていてホント感激しました。
 これ以外にも「子どもの気持ちをわかってくれている」「実例が多く具体的で面白かった」「説得力があった」「最後にもらった詩がよかった」などの声も多くありました。
 今後も少しでも中学生の皆さんの勉強のお力になれたらと願っています。
 




posted by 長谷川 at 16:15| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月22日

詩 「 クリスマスイブに寄せて 」



 サンタさんを信じている子どもが幸せなように

 神さまを信じている大人は幸せだ


 いつか僕たちは

 プレゼントを置いてくれるのが誰かを知る

 それはサンタさんがいないからではなく

 むしろお父さんお母さんの心の中にいる証し


 聖書に「神は愛」と書かれてあった

 互いに愛し合うとき

 神さまもそこにおられるという 

 心に愛がある限り

 神さまはいつも僕らのそばにおられるのだろう


 今宵 クリスマスイブ

 子どもたちの枕元にプレゼントを置くとき

 サンタさんも神さまも

 わたしたちと共に子どもの寝顔を

 ほほえみをもってご覧になられていることだろう

                         by はせがわみつる

 


 みなさんは、神さまって信じますか?   
 僕にとって神さまは「愛」であり、「光」であり、喜びや幸せをもたらすものです。
 そして、それをみんな持っているのだと思います。
 みんな「愛」を持っている。
 人の心を明るくし、人の心をあたたかくする「光」を持っている。
 そして、その光で他を照らした時、その反射光がまた自分を照らしてくれる。
 喜びや幸せってそういうところから生まれるのだと思います。
 そしてまず照らすのは一番近いところから。
 「愛は家族からはじまります」
 マザー・テレサの言葉です。

 マザー・テレサが日本に来られたとき、一人の女の子が質問しました。
 「世界の平和のために私達に何ができるでしょうか?」
 マザーはこう答えられました。
 「愛は家族からはじまります。まずは家族を愛してください。あなたが家族を愛して、あなたやあなたの家族が幸せになることは小さいことのように見えるかもしれません。でも世界中の人がそうしたなら、そのとき世界に平和が訪れるのです。まず、あなたがそれをはじめてください。」


           (「長谷川満の親学講座」2014年12月24日の記事より)


posted by 長谷川 at 22:30| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月21日

長女の結婚式


 先週の土曜日、12月17日は京都で長女の結婚式がありました。
 我が家では結婚する子ども一人ひとりに僕から詩を贈ることになっています。
 長女にはこの詩をプレゼントしました。


 20161221_155858.jpg

 
 結婚式はとても厳かな雰囲気でとてもいい式でした。


 20161221113220.jpg


 結ばれる二人を祝福する気持ちで大きな声で賛美歌を歌いました。

 孫のめいちゃんがリングを花嫁さんに届けてくれました。

 20161221111112.jpg

 20161221110629.jpg

 次は披露宴です。

 20161221111542.jpg


 お色直しで退場する際、長女がエスコートに選んだのは妹と弟でした。
 次女の披露宴の時もエスコートに選んだのは姉弟でした。
 親として姉弟3人が仲良く手をつないで会場を歩く姿は嬉しく感動的でした。

 20161221112507-thumbnail2.jpg

 めいちゃんも元気いっぱいでした。


 20161221114348.jpg
 
 20161221114407.jpg


 披露宴の終わりに花嫁から両親への手紙を読んでくれました。


 お父さん 
 小さな頃から休みのたびにいろんな所へ連れて行ってくれて沢山の思い出を作ってくれてありがとう。
 どんな質問にも決して誤魔化さず、子供扱いすることなく、誠実に答えてくれてありがとう。
 ありのままで良いと常にどんな私も受け入れてくれてありがとう。
 自営業の時も講演会の時も家庭内でもいつもお父さんは一人一人に平等に誠意を持って向き合っていますね。
 そんな姿を見ていつもどんな時も心から尊敬して応援しています。
 人生は楽しむために、遊びに来たんやでと教えてくれたお父さん。
 これからもますますファンタスティックに生きる姿を見せて下さい。
 私も負けないくらい人生を遊びたいと思います。
 
 そしてお母さん
 いつも家族のことを一番に考えてどんな時も絶対的な味方でいてくれてありがとう。
 いつの日か、お母さんの日記を読んだことがあります。
 家族の素晴らしいところがたくさん書いてあり、それを見て泣いたことがあります。
 いつも「絶対に大丈夫、あなたは守られているよ。万事好都合!」と言ってくれて本当にありがとう。
 いつも心の中にお母さんがくれた言葉が残っています。
 お母さんや妹弟と夜に散歩しながら色んな話をしたこと、なんでもない日常の一つ一つが素晴らしい思い出です。
 こんなに沢山のプレゼントをありがとう。
 子供は親を選んで生まれてくるというのは本当だなぁとつくづく思います。
 生まれる前にきっと私はこの夫婦のもとに生まれたら、きっとたくましく幸せに生きることができるはず!絶対面白い!と思ったと想像しています。妹や弟とも相談していたかもしれません。


 そのあと妹、弟への言葉。
 ご主人のご両親への言葉。
 ご主人のご兄弟への言葉が続きました。

 手渡された手紙には読まれていない追伸が書かれてありました。
 とても嬉しい言葉が短く綴られていました。
 
 何か本当に子育ての「卒業証書」をもらったようでした。
 
 本当にありがとう。
 お礼を言うのは私たちの方です。


 
posted by 長谷川 at 12:47| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月08日

一昨日の「難波愛の園幼稚園」の講演会のご感想


 一昨日の「難波愛の園幼稚園」の講演会の感想です。

 DSC_0423.JPG
 
 DSC_0424.JPG

 DSC_0426.JPG 

 DSC_0427.JPG 

 DSC_0428.JPG

 DSC_0429.JPG

 DSC_0430.JPG

 DSC_0431.JPG

 DSC_0432.JPG

 DSC_0434.JPG

 DSC_0435.JPG


 園長先生も「あいのそのっこブログ」に昨日の講演会のことを書いてくださっています。
 http://astokblog.jp/blog2/n-ainosono/2016/12/07/子育て講演会%E3%80%80あなたのままでいいんだよ親/

 
 こうして皆さんの喜びの声を聞かせていただくのが何よりの励みになります。
 ますます子育て中のお母さんの心が楽になるような講演をしていきたいと思います。




 
posted by 長谷川 at 16:43| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月26日

「勉強を頑張らない子どもに親としてどうしたらいいのか」というお悩みに対する回答



2月に、長崎で行われたPTA大会で、先生の講演をお聞きした者です。
その時、コメントを書かせていただきましたところ、温かい御返事ありがとうございました。
現在中2の息子の、実力テスト結果に、私自身無力感を感じています。
息子に、あれだけ勉強の必要性を話したのに、、、
成績は上がらない、むしろ下がっています。
周りの子は上がってるのに。
心がくじけそうです。
本人の本当のやる気はどうしたら起こるのか、勉強のやり方にも問題があるのかも。
ありのままの子供は愛してますが、、、
このままでは、志望校は無理という現実もあり、心がくじけそうです。
親としてどうしたらいいのか、、、
先生に講演では温かい気持ちや元気をいただいたはずなのに・・・
ご迷惑なコメントでしたらすみません。

Posted by T at 2014年04月16日 12:51



Tさん
天気と子どもの成績だけは思うようにはなりませんね。
晴れろと願っても雨が降るときは降るし、風が強い時はいくら祈っても風が止まないで、船が出ないなんてことになるときも。
自然が人間の思うようにならないように、子どもは親の思うようにはなりませんね。
でも、その方が幸せなのかも。
自然が人間の思うようになったら?
同じように子どもが親の思うようになったら?
そんな不自然なこと、しあわせとは思えません。

それはわかるけれど、どうしてもこどもの勉強のことが気になる。
それもまた仕方がないこと。
お気持ちようくわかります。

自分がそう思うことも仕方がないこと。
子どもが思うようにならないのも仕方がないこと。

でも、子どもの勉強がそれほど悩みになるということは、とりあえずその他にそんなに大きな悩みがない証拠。親も子も元気な証拠。それは幸せな証拠。

まあ、元気だったらそれでよしということで。

あ、そうそう。心がくじけそう、、とのこと。
我慢しないで、くじけてください。
そして、子どものことは子どもにまかせるしかない、と諦めてください。
諦めることは悪いことではありません。
すっぱり諦めて、子どもさんを楽にしてあげてください。
自分も楽になってください。
あなたががんばろうと、あきらめようとこどもさんは自分の思うようにしかしません。
がんばるだけ損ですし、がんばるだけ子どもの迷惑です。
早く諦めて、ひとり相撲から脱け出しましょう。

Posted by 長谷川 at 2014年04月16日 22:36




posted by 長谷川 at 12:46| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

高砂市立高砂こども園からお礼状が届きました


 先日11月12日に講演させていただいた高砂こども園からお礼状が届きました!

DSC_0338.JPG


 子育て中のみなさんのお心が少しでも楽になって、そしてそれが子育てを楽しむ余裕につながっていってもらったらこんなに嬉しいことはありません。
 お礼状本当にありがとうございました。
 


posted by 長谷川 at 13:13| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

今日は三重県御浜町中央公民館で講演会です。


E5BEA1E6B59CE794BAE8AC9BE6BC94E4BC9AE38381E383A9E382B7.png


 今日は三重県南部にあります御浜町中央公民館で午後6時30分より講演会があります。
 テーマは「子どもを伸ばすプラスの問いかけ」。
 聞いてくださるのはPTAの皆様や教職員・地域の方々など約400名です。
 今日も講演の終わりには主催者様のお手をお借りして100種類のそれぞれ違った詩をプレゼントする予定です。

 こんな会場みたいです。楽しみです。
 これは成人式の時の写真かな。

 images.jpeg

 今日は泊まりです。
 明日の午後2時ごろに加古川に戻る予定です。

 どんなお話しをしたのかはまた次のブログ記事に載せます。

 
posted by 長谷川 at 10:56| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

親のエゴ 〜子どもを大切にするとはどういうことか〜


 親のエゴとは、子ども自身の思いよりも子どもを思う自分の気持ちが勝ってしまうということです。
 だから親は自分自身の「親のエゴ」には大変気づきにくいものなのです。
 なぜなら自分では子どものことを思って言っている、していると思っているから。
 でも結局、子どもの思いよりも自分の思いを優先しているという事実を見れば、それがエゴであることは実にはっきりしているのです。

 エゴが一番大切にしているのは、自分でもなく、子どもでもなく、「自分の思い」なのです。

 だから子育てにおいて最も大切なのは、子どもの気持ちを聴くことであり、子どもの気持ちを理解しようとすることであり、それを尊重しようとすることであり、そしてまた子どもはどう思っているのだろうかと想像し思いやる気持ちなのです。
 そしてそれを心がけ、自分のエゴによる押しつけをなくしていこうとすること。
 それこそが親の愛情であり誠実さです。
 子どものことは自分の思いよりも子ども自身の思いを大切にしていこうとする。
 それが子どもを大切にするということです。

 
posted by 長谷川 at 13:10| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月01日

失敗は学べる機会やと思ったらいいんちゃう?


   昨日のある生徒との会話

 生徒「先生、俺すぐにマイナスなことが頭に浮かんで嫌〜な気分になったり、不安な気持ちになったりするねん。」

 長谷川「ふ〜ん、例えば?」

 生徒「失敗したこととか。」

 長谷川「おお、先生もそんなんようあるで。でも、先生は失敗した時にそこから学ぶようにしてるから結果あの失敗は良かったんやと思えるし、そう思うとぐちぐち思い出して嫌〜な気分にはならへんかなあ。」

 生徒「どういうこと?」

 長谷川「例えば、先生、1回だけものすごい交通渋滞にあってな講演時間に遅れたことあったんや、無事講演はできたんやけど、そらあめっちゃ焦ったし、今でも思い出したら冷や汗もんやけど、その時にこれからは絶対に時間に余裕もっていこうと決意したんや。そのおかげでそれからは一回も遅刻なしや。
 また一回、講演時間を過ぎて話し続けたことがあって主催者の人から『先生、時間があるんでもうその辺で』と言われたことがあったんや。そらあ、恥ずかしかったで。その時にこれからはどんなことがあっても時間通りにキッチリと講演は終わるようにしようと決意したんや。そのおかげでそれからはぴったりと時間通りに講演するようになったんや。
 その二つの失敗のおかげで、先生は講演する上ですごい大切なことを教えてもらったし身についたんや。」


 生徒「そうなんや。」

 長谷川「人間やからそらあ、失敗することもあるわな。でも失敗した時ってすっごく落ち込んだり、嫌な気持ちになったり感情的に揺さぶられるやん。だから真剣に反省もできるし、そこから学べると思うんや。そしてその失敗から学んだら、その失敗はあってよかった、てことになるやろ。そうすると後で思い出してもそんなに嫌な気持ちにならへん。あ〜、あのことがあったからこういうことが学べたなあ、て思うとサラッと流せるようになるで。
 君は何か失敗があった時にそこから学んでないから、ぐちぐち嫌な気持ちが続くんちゃうか。」


 生徒「そうかもしれんわ。確かに失敗しても、そこから学んだら結果それはよかったってことになるもんなあ。そうしたらマイナスに考える必要ないもんなあ。」

 長谷川「そうやで。失敗は学べる機会やと思ったらいいんちゃう?」

 生徒「うん。そうするわ。だいたい『失敗』ていう名前が悪いんちゃうか。イメージ悪いし。」

 長谷川「確かに。『学べる機会』とか『学べるチャンス』ていう名前にした方がいいかもな。でもさ、『失敗』て敗けを失くすと書くやん。敗けを失くすためにある。そう考えてもいいんちゃう。」

 生徒「そうやな。そっかー。」

 長谷川「本当はな、自分に起こることにいいことも悪いこともないねん。自分がそれをいいこと、悪いことって勝手に決めてるねん。どんな出来事だっていい側面もあれば悪い側面もあって、どっちを見るかやと思うねん。もちろんマイナスに思えることかてあると思うんやけど、見方を変えたら、そのことがあったからこそ気付けたこととか学べたこととかいっぱいあるし、そういう見方をしていくことがプラス思考やと思うんや。」

 

posted by 長谷川 at 13:32| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

講演会のポスターを作ってくださいました


 11月に講演させていただく主催者様が講演会のポスターを作ってくださいました。

 御浜町講演会チラシ.png


 子どもを変えようとするのではなく、
  子どもへの見方を変えましょう」


 このフレーズは僕の家庭教師としてのモットーでもあります。

 たとえ今は全然勉強してなくても、不登校でも、発達障害傾向があったとしてもそこを直そうとするのではなく「君は君のままでいいんやで。君はこんな素晴らしいところがあるし、こんないいところもある。」とその子をプラス視点で見て、その子が「助かる」と感じるような指導、喜ぶような指導、強制ではない援助的な指導、そういう「子どもファースト」な指導を僕は心がけています。

 子どもを良くしていくのは、つまり勉強しなかった子が自分から一生懸命努力するようになったり、不登校やった子が生き生きと学校に行くようになったり、発達障害や知的障害や思ってたら知らん間に普通に知的能力が伸びていたり、そういうことは子どもの内なる自己成長力のみが為せる業であるように思います。

 そして親や先生にできることといえば、できるだけ子どもの自己成長力がその力を発揮出来るように精神的な環境を整えてあげることだと考えています。

 では精神的な環境を整えるとはどうすることなのか?

 子どもに限らず人間は、自分は大切にされている、認められている、理解されている、愛されていると感じる時、内なる自己成長力が働き、物事に対して前向きに主体的に取り組むようになります。

 つまりそういう関わり、その子が自分は大切にされている、認められている、理解されている、愛されていると感じるなような関わりを根気よく続けていくこと。そしてその子との間に「あたたかくて信頼し合える関係」を築いていくことがその子を良くしていく。僕はそう考えています。

 そのための具体的な関わり方が「子どもを伸ばすプラスの問いかけ」なのです。

 

 
posted by 長谷川 at 16:41| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする