2018年07月14日

ドラえもんは理想の家庭教師 〜子ども時代に最も重要なのはどんな先生に出会えるか〜


「あなたはどんな家庭教師でありたいですか?」

 と問われたなら、迷わず

 「ドラえもんのような家庭教師でありたい。」

 と答えます。


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 ドラえもんは、のび太をしっかりさせるために22世紀の未来から送られてきた猫型ロボットです。

 のび太は何か困ったことがあるといつもドラえもんを頼ります。

 ドラえもんも「しようがないなあ」なんて言いながら、四次元ポケットから秘密道具を出してあげます。

 そんな秘密道具に頼った助け方だと、のび太のためにならないんじゃないかと思いますが、様々な出来事を通してドラえもんとのび太はその友情を深めていきます。

 そしてのび太はドラえもんが安心して未来に帰れるように、一人でジャイアンに立ち向かうまでに成長します。

 それは二人の間に、お互いを想い合うあたたかい友情と信頼関係があったからでした。


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 家庭教師である僕も、のび太くんのように勉強が苦手な生徒のテストの点数を上げるべく依頼を受けてその子の家に指導に行くのですが、大抵は勉強大嫌い、邪魔くさいこと大嫌いなものですから、勉強を教えるのも大変です。

 時には読書感想文の文案を考え、時にはポスターの下絵のアイデアを出し、宿題や課題提出を手伝うことで、その子が「先生ありがとう。助かったわ。」と言ってくれるような指導をしています。

 もちろん普段は成績向上のため予復習やテスト勉強を教えていますが、「先生、明日これ提出やねん」と言えばそちらを優先して手伝います。

 指導の帰り際には、その子の良いところや良い変化を親御さんに伝えますし、自分からは親に言いにくいことがあればその子に代わって上手に伝えてあげます。

 そんな家庭教師ですから、生徒たちは大喜び。

 まさに勉強のドラえもんです。

 そんな子どもの強い味方である家庭教師の僕と生徒の間には、ドラえもんとのび太くんのような友情、信頼関係が生まれます。
 「長谷川先生は頼りになる。僕を助けてくれる。本当に僕の味方だ。」


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 そうしますと、初めは宿題や課題提出を手伝ってもらってラッキーと思っていた子どもが、次第にそういうあたたかい関係、頼れる関係、信頼し合える関係を通じて、だんだん前向きに、自立的に変わってくるのです。

 「先生、〇〇高校に入れるよう勉強頑張ります。」なんて自分から言うようになったりします。

 僕が何をしたわけでも言ったわけでもなく、勝手に前向きになってくれるのです。

 
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 僕は人生において最も大切なのは『出会い』だと思っています。

 どんな人と出会うか。

 それが決定的に重要です。

 子どもも同じです。

 子どもが変わるのは『出会い』によってです。

 どんな友達に出会えるか。

 どんな先生に出会えるか。

 それが子ども時代にとって一番重要なことです。

 では、どんな先生と出会えることが幸せなのか。

 それは「良いところを認めて褒めてくれる先生。ダメなところも理解し受け入れてくれる先生。自分の話を聞いてくれてわかってくれる先生。自分の可能性を見てくれて信じてくれる先生。」

 そういう先生に出会えれば子どもは変わるのです。

 そして、その理想的なモデルこそ『ドラえもん』なのです。


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 教育講演・人権講演のテーマや内容については
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2018年06月21日

「大迫半端ないって」滝川第二のサッカー部キャプテン中西隆裕君の動画


 この動画、大好きです。

 「大迫半端ないって!もう!
  あいつ、半端ないって!
  後ろ向きのボール、
  めっちゃトラップするもん。
  そんなん出来ひんやん、普通。」


 大迫、ほんまに半端なかったんやろうなあ・・。





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2018年06月16日

教育委員会定例会で「しあわせになるれんしゅう」を紹介していただきました!


 たまたま「長谷川満 しあわせになるれんしゅう」とグーグルで検索してみたら、2ページ目に2年前の岡山県赤磐市の教育委員会定例会で「しあわせになるれんしゅう」が紹介されているのを発見しました。


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 平成28年度 第2回赤磐市教育委員会定例会議事録
 http://www.city.akaiwa.lg.jp/material/files/group/25/teireikai_gijiroku_h2805.pdf

 この資料の12ページの終わりから13ページにかけて、こんな風に紹介されていました。

 スクリーンショット 2018-06-16 12.44.12.png


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 これは赤磐市の教育長の発言ですが、見つけた時は本当に嬉しかったです。

 教育長はこの発言の中でこんなふうに仰っています。

 「学校でできること、家庭でできること、本当に幸せになる練習はお金がかからずにできます。
  お金がかからずにまつ練習もできます、ゆるす練習もできます、わらう練習もできます。
  本当に子どもたちが落ち着いた本当に温かい、貧しくても温かい家庭で育つ、
  それが赤磐市とって大事なのではないのかなというのを痛感しております。
  子どもによりまして、年度年度によりましていろいろあります。
  学力がいいときも悪いときも、不登校が多いときも少ないときも、
  問題行動が多いとき少ないときはありますが、
  一番大事なことは温かい家庭、夫婦仲よくすること、
  もうそれに尽きるんではないのかなと、最近強く思っておりますので、
  そのことをご挨拶の中で申し上げました。」


  
 その通りです。
 我が意を得たりです。
 温かい家庭、夫婦仲良く、もうそれに尽きます。

 そうすれば子どもに関わるあらゆる問題が変わってくると思います。

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2018年06月13日

あずさちゃんの子守りと父の日のプレゼント


 今日は孫のめいちゃんの幼稚園でお母さん対象の講演会がありました。
 (僕の講演ではありません)

 それで、ジイジ(自分)とバアバ(妻)はあずさちゃん(4ヶ月)の子守りをしに次女の家に行ってきました。

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 最初はご機嫌でしたが1時間が過ぎるとぐずりだして・・、

 妻が抱っこであやしているといつの間にか眠ってくれました。


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 眠って20分ほどしたら娘が帰ってきて、

 「じゃあ仕事しに事務所に戻るわ」と言って帰ろうとすると、

 「はい、父の日のプレゼント!」

 と包みを渡されました。

 「ありがとう!」

 
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 なんかメッセージついてる?

 
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 こちらこそ、ありがとう。


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 ん?

 服かな?

 
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 夏のパジャマでした。

 子どもたち、ありがとう!



 いつも父の日にはきょうだい3人でプレゼントをくれます。
 ありがたいことです。

 いい親子関係、いい夫婦関係でいられるのは本当に幸せなことです。
 これは子どもたちに感謝、妻に感謝、神様仏様に感謝ですね。

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 ゲーテがこんなことを言っています。

 「王様であれ、百姓であれ、その家庭に平和を見出せる者が最も幸せである。」

 本当にそうですよね。

 家庭が心から安心できる場所であったなら・・。

 そういう家庭にしてもらいたい。

 その願いを持って講演活動をしています。

 


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2018年06月05日

第5回参加型子育てパネルトーク「アドラー心理学の子育てについて語り合う」 ありがとう


 6月3日(日)は第5回参加型子育てパネルトークがありました。
 テーマは「アドラー心理学の子育てについて語り合う」

 20数人の方が参加してくださいました。

 最初に河合夫妻によるチェロの演奏がありました。

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 まずは「アドラー心理学の子育て」における3つの基本的な考え方についてお話ししました。

 1、親と子は「対等な関係」である

 まず1つ目は、親と子は「対等な関係」であるということです。
 親子関係がうまくいかない大きな原因の一つに「上下関係」があるとアドラーは考えました。
 親が子に命令したり、親の考えを押し付けたり、
 子は親に従うのが当たり前として子どもに接すると
 子どもは親に不満を抱くようになり、ついには反抗するようになります。
 その関係が悪化してはいい子育て、いい教育はできません。
 まずは親は子どもを指導し従わせる存在ではなく、
 互いに信頼し、尊敬し合う対等な存在として接することが、
 良好な親子関係を築く上で不可欠だと考えました。


 2、「課題の分離」を意識して過干渉をやめる
 
 2つ目は「課題の分離」です。
 親子関係がうまくいかないもう一つの大きな原因に親の過干渉があります。
 親は子にその愛情や心配から過干渉になってしまいがちです。
 親は子を思う愛情からやっているつもりですから、
 自分の価値観の押し付けになっていることには無自覚なことが多いのです。
 子どもは自分の自由を奪われたように感じ親子関係は悪化します。
 「これは子どもが自分の意思で決めることである。
  いらぬ口出しは子どもの自由や主体性を奪うことになる。」
 と自覚して、子どもの問題については極力口を出さない。
 それが「課題の分離」ということです。


 3、「共同体感覚」を養うことが自立の基礎になる

 3つ目は「共同体感覚」です。
 共同体感覚とは、
 「この共同体(家庭、学校、会社、地域、国、地球)は私の味方である、
 ここに私が安心していられる居場所がある、
 私はこの共同体に貢献したい、共同体のメンバーの役に立ちたい。
 そしてそれを行う能力も意志も私は持っている。」
 そういう感情を養成することが教育において重要だとアドラーは考えました。
 違う言葉で言うと「自己信頼(自己受容)」「他者信頼」「他者貢献」の気持ちを身につけるということです。そのような「共同体感覚」を持つことが子どもが自立していく基礎になると考えました。

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 そのための具体的方法として「アドラー心理学」は次のような関わりを示しています。

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 親と子が本当に「対等な関係」であっていいのか?
 そこにはやはり上下関係があってしかるべきではないのか?
 という意見もありました。

 親や先生に対して非礼な態度をとったり、マナーを無視した態度の子どもたちを目にすると「もっと厳しくしなければ」と逆に上下関係を明確にする方がいいと考えられるのも無理はありません。

 ただ、こういった子どもたちの不遜な態度は、厳しさや上下関係の不足から来ているというよりも、信頼関係の不足から来ていると考えられます。
 それはどういうことかと言うと、昔は「先生の言うことをよく聞きなさい」と親が先生を敬っていましたが、現在では親が先生に要望や注文を出したり、文句を言ったりできるようになって、先生と保護者との関係が変わってしまいました。

 学校と保護者との信頼関係がなくなって、親の考えと先生の考えが違ったりしてきて、子どもに言うこともみんな違う。
 挙げ句の果てに上の者(父親、母親、先生、祖父母など)どうしで揉める。
 そういうことを頻繁に目にした子どもたちは、誰を信頼したらいいのか、いや誰も大人は信頼できないような心境になってしまっていることが今の子どもたちの姿をつくった根本原因であるように思います。
 
 そういう見方で言えば、子どもたちとの間に「信頼関係」を築くことが、子どもの態度だけでなく様々な教育問題を解決することにつながるように思います。

 その「信頼関係」を築くためには上記のアドラー心理学の子育ての考え方で子どもに接していく必要があるのでしょう。

 ただ、そのように接していくためには親自身の心の中の障壁を取り除いていく必要があります。
 例えば、親が子どもに対して素直に「ごめんなさい。」と謝りにくいということがないでしょうか。
 子どもに頭をさげると親の威厳がなくなってしまうんじゃないかと心配される意見もありましたが、実際は素直に謝る親の方が子ども側からしても誠実な印象で、かえって信頼されるようになるのではないでしょうか。
 
 その他、参加者の皆様からも色々な質問やご意見が活発に出され、とても内容の濃い充実したトークイベントとなりました。

 質問のいくつかに対して、

 「子どもは決して親の思う通りにはなりませんし、思い通りになんかならない方がいいのです。だって親の思い通りになったとしたら、こんな怖いことないですよ。あとで子どもに何て言われるか。親の見通しなんて完全じゃないしね。」

 「親の仕事は二つです。一つは子どものために恥をかくこと。もう一つは子どものために頭をさげることです。だから、いっぱい恥をかいたらいいんじゃないですか。三者面談の時に先生に頭を下げたらいいじゃないですか。」

 「親は子どものことが心配だから、いっぱい口を出したくなりますよ。でも、その口出しがかえって子どもを苦しめたりするのであれば、あえて何も言わない。不安で言いたいこともいっぱいあるけれど何も言わない。言えば子どもを苦しめるばかりだから。それが本当の親の真心なんじゃないでしょうか。」


 とお答えしたのですが、もっと優しい言い方したらよかったなあ、なんて一人心の中で反省してたら、質問してくださった皆さんが拙著「あなたも子どももそのままでいい」を買ってくださって、「よかった。思いを受け取ってくださったんだ」と安堵しました。
 「また来たいです。どうすれば案内送ってもらえますか?」と言ってくださってとても嬉しかったです。

 今回の子育てパネルトークに参加してくださった皆さん。
 おやすみのところわざわざ足を運んでいただきましてありがとうございました。
 皆様の積極的な質問やご意見のおかげでとてもいいパネルトークになりました。
 また皆様にお会い出来ることを楽しみにしています。

 もし今回の子育てパネルトークの感想等ございましたらコメントいただけるととても嬉しいです。






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2018年05月31日

甘えを受け入れるとは 〜カウンセラー的態度で子どもに接する〜


 子どもの甘えを受け入れる、甘えの欲求を満たすとはどうすることか。

 それは、

 ダメなあなたも大好きよ。

 ちゃんとしてなくても大丈夫よ。

 強くなくてもいいし、

 お利口さんでなくてもいいのよ。

 という態度の関わりです。

 どんなあなたもOKよ。

 という無条件の肯定です。



 カウンセリングする上でカウンセラーの3条件(傾聴の3条件)というのがあります。


 自己一致・・自分のありのままの感情に気づいていて、それをクライアントに隠そうとしない。カウンセラーは自分にもクライアントにも誠実で嘘はつかない。


 共感的理解・・クライアントが感じているように感じ、理解しようと努めること。


 無条件の肯定的配慮(受容)・・クライアントがどう感じ、どう考えようと、それを否定することなく、「そう感じるのね、そう考えているのね」と受け入れ、変わることなく肯定的な関心を寄せていく態度。

     

 甘えを受け入れるとは、いったん教育的、指導的態度を脇に置いといて、「そのままの、ありのままのあなたでいいのよ。」と一切の緊張から相手を解放してあげることです。
 そのことにより相手は深い安心感のもとで心を休めることができ、前向きになれる元気や勇気を補充することができます。


 親はいつもカウンセラーのような態度で子どもに接することはできませんが、
 カウンセラーの態度(3条件)に学ぶべきことはあるように思います。

 ・自分に対しても子どもに対しても嘘をつくことなく誠実であること。(自己一致)

 ・子どもの気持ちになって考えること。(共感的理解)

 ・ありのままの子どもを受け入れること(無条件の肯定的配慮:受容)


 こうして見てみると、親としての在りようもカウンセラーとしての在りようもそんなに違いはないのかもしれません。




 子どもの心を援助し勇気づける親の関わり方について書いてみました。


 子どもの話をゆっくり聞いてあげる。
 子どもの話を否定することなく共感的に聞いてあげる。
 その上で親の考えも伝える。
 子どもの良さを見て子どもに伝える。
 子どもを信じて任せる。


 そういう接し方が子どもの成長を支えるとともに親子の信頼関係を築くことにつながります。
 そして子どもはその「信頼関係」を土台にして他者とも良好な信頼関係を築くことができるようになります。

 つまり、上記のように親から接してもらった子は、

 
 人の話をゆっくり聞ける人になり、
 人の話を否定することなく共感的に聞ける人になり、
 その上で自分の考えを伝えることが出来、
 人の良さを見て伝えることが出来、
 人を信じ任せられる人になることでしょう。

 そしてその子は、人から好かれ、人から信頼され、その子を応援してくれる人がいっぱいいて幸せな人生を送ることができるでしょう。
 


 
posted by 長谷川 at 13:14| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月25日

子どもが悩み苦しんでいる時に親に何ができるだろう


 これは今から3年半ほど前にブログのコメント欄に寄せられたご相談です。


いつも 拝見しております 。
先生にお聞きしたいことがあります。助けて下さい。
息子が 今 高校野球部で 仲間から 避けられていると 打ち明けてきました。
なんとなく元気がなく帰ってくることもあり 気にはなっていたのですが
入部してから 少ししてからずっとのようです。
遊びに行くという話も 息子に聞こえるように意地悪くいいながら
行きたいと言っても 嘘をついてメンバーに入れてもらえず、
話をしても ほとんど 無視されると 自分が今下手だからだ と
そんな下手な息子ではないのですが 精神的に追われて
今全く打てなくなっているようです。
涙を流す 息子をみて そんな 仲間を思いやる気持ちが
一人もないような野球部なんか やめたらと 話したのですが
やめたらその後なんて言われるかわからないと
だから やめないといいます。
他の親に状況の話をそっときいてみようか とも思いますが
親としてこのまま続くようなら どうすればいいか 教えて下さいませんか?
高校生だけに どうすればいいか 本当に悩んでいます 。
よろしくお願いします。

Posted by ちいまま at 2014年11月15日 22:49




ちいままさん

息子さんもお母さんに話ができて、少しは精神的には楽になられたんではないでしょうか。
親としてはなんとかしてやりたい。
しかし、何ができるのでしょう。
何かすることによって、思いがけないマイナスの結果を招きかねません。
他の親御さんにそっと聞くのは今少しお待ちになられたらいかがでしょう。息子さんに黙って何かするのは、何か息子さんを信じていないような裏切っているような気がするのです。
親としてどうすればいいのでしょう、とお尋ねですが、何もしてあげられないというのが本当ではないでしょうか。
子どもが苦しんでいるそばで何もしてあげられずに黙って見守るしかない。
こんなに苦しい、つらいことはありません。
何を言っても、何をしても結果子どもを苦しめてしまうことになるときがあります。
子どもを信じて任せるしかない。
子どもが話したい時に聴く。
子どもが好きなものを作ってあげる。
家ではゆっくりのんびりさせてあげる。
詮索しない。
もし、僕が息子さんの立場だったらそれが一番有難いように思います。
自分のつらい苦しい気持ちを解消することなく、そこにとどまる。子どもの前で苦しい顔をせずに。

これが僕の考えです。
親の信実とは僕にとってそういうことです。

信実は一つではありません。

僕の言う通りではなく、ちいままさんの信実とは何かが問われています。

Posted by 長谷川 at 2014年11月16日 00:22




先生 ありがとうございました。
先生のおっしゃる通り やめないと 言う 息子をもう少し見守ろうと思います。
色んなエスカレートした 事態に陥った時 には 一緒に考えたいと思います。
悪い事も いい事も 合わせなければ 集団の中でやっていけない事を学んでいるようです。
何だか 親としてはせつないです。
人には優しく 悪い事は人がやっていてもしない。
そう 育ててきただけに 本当にせつないです。
先生 ありがとうございました。

Posted by ちいママ at 2014年11月16日 09:47




ちいママさん

こういうことがあって親の愛情を感じたり、絆が深まったりするのかもしれませんね。
かえってこのことが子どもにとっても親にとっても「あってよかった」と思える日が来ます。
必ずよくなります。
応援しています。

Posted by 長谷川 at 2014年11月17日 14:21





 子どもが何かで悩み苦しんでいるなら、親である自分が何とかしてやりたいと思うのは当然です。
 そして、そのために行動を起こすことが正しい時もあれば、正しくない時もあります。
 そのあたりの判断は本当に難しいです。
 きっと何が正解とかではなく、親の生き様とか価値観とか人生観とかがそこで出るのだと思います。

 昔、「親父の会」という不登校のお子さんをお持ちのお父さんばかりの会に参加していたことがあって、その時学校でいじめられている息子さんに対して「やり返したらアカンで。やり返したらもっとやられるから。」とアドバイスしたというお父さんがいました。
 
 良くも悪くも子どもの問題に直面して、親は「人生における自分の態度や姿勢」をそこでまざまざと見ることになります。

 僕が3年半ほど前のこの時、このようにお答えしたのは、
 本当にその人のその苦しみがわかったら「何も言ってあげられない」のが本当であって、何か言ってあげられるうちは本当にはその人の苦しみがわかってないからではないかと感じていたからです。

 この子はやめたくてもやめられない・・。と感じているのかもしれない。
 やめたくない。と思っているのかもしれない。
 どちらかに決められないから苦しい。
 その苦しさが本当にわかったら何も言えなくなるというのが真実なんだろうと思います。

 夫婦間の問題でもそうですね。
 よく「離婚するか、そのまま我慢するか。どちらかでしょ。」という人がいますが、
 そのどちらにも決められないから悩み苦しんでいるんですね。
 そこをよく理解した上で話をじっくりと聞いてあげないと悩みの相談にはなりません。

 子どもが悩み苦しんでいる時に、親である自分が動いた方がいいと判断すれば動けばいい。
 でも、これは自分が動くことでかえって子どもを苦しめることになると思ったなら、あえて動くことはせず、子どもとともにその苦しみの中にとどまる。その苦しみは「共苦共悲」の慈悲の心です。本当の親の愛の心です。

 本当に難しい。
 正解がない。
 だからこそ、そこに親の信実が表れるのだと思います。

 子どもの問題ほど、親の信実が問われる時はありません。



 
posted by 長谷川 at 19:01| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月11日

純粋な愛を知る


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 僕には今3人の孫がいます。
 
 おじいちゃんになって気づいたこと。

 孫は本当にかわいい。

 
 孫の嬉しそうな顔を見るだけで幸せな気持ちになります。
 
 一目だけでも会いたい時があります。

 会えなくても「楽しい毎日」を送ってくれることを心から願います。

 時々孫のことが気になります。

 孫が望むことはできる限り叶えてやりたいと思います。

 そして心から孫の幸せを願っています。


 この孫たちのためにこの世界を少しでも「いい世界」にしたい。
 なんて柄にもないことを思ったりもします。
 自分にとっては、孫への愛が「世界への愛」や「地球への愛」といった普遍的な愛の扉になっているのかもしれません。

 もちろん、孫に会う前から「愛」は知っていました。
 感じてもいました。
 妻や我が子への愛は十分に持っています。
 それは今も変わりません。

 でも、それは妻に対する、我が子に対する個人的な愛情です。
 孫への愛情のように、そこから「世界への愛」にはつながりません。

 妻に対する愛情には少なからず嫉妬や独占欲、その他様々な感情が入り込みます。
 我が子に対しても愛情ゆえの期待や心配、支配欲、そんな思いが入り込みます。

 孫に対しては所有意識が働かないせいか、(自分の子ではないので)
 愛情があってもある一定の距離感があって、
 そのおかげで愛情から派生する心配や支配欲に邪魔されずに
 純粋に愛することができているように感じます。

 純粋に相手の幸せを祈る。

 孫への愛にはエゴがありません。

 だからこそ普遍的な愛に通じているのでしょう。

 おじいちゃんになって、

 今更ながら本物の「愛」に目覚めています。

 
posted by 長谷川 at 16:23| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

人は退行しながら成長する 〜甘えを受けとめる大切さ〜


 昨日は次女がめいちゃん(4歳4ヶ月)とあずさちゃん(生後3ヶ月)を連れて遊びに来ました。
 
 どうやらめいちゃんが小野市にある「ひまわりの丘公園」に行きたいとのこと。

 その希望を叶えるべく、ジイジ(自分)、バアバ(妻)、次女、めいちゃん、あずさちゃんの5人で「ひまわりの丘公園」へ遊びに行きました。
 
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 めいちゃんはこの春から幼稚園に通いだし、その成長には著しいものがあります。

 順番が守れるようになった。
 お友達に譲ることができるようになった。
 牛乳が飲めるようになった。
 自分から手を洗うようになった。
 楽しく幼稚園に通えるようになった。

 素晴らしい!

 何より楽しく幼稚園に通ってくれていることがジイジとしては嬉しい限りです。

 そんな成長著しいめいちゃんではありますが、
 あずさちゃんが生まれてからは、
 よりママに甘えるようになりました。

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 ママから離れたくない。
 (ママが出産の際、離されたことで少し分離不安が出てました)

 ママに抱っこやおんぶをねだる回数が増えた。

 泣いたり、駄々をこねたりすることが増えた。


 

 ママから離れたくない気持ちが強かったので、
 幼稚園にちゃんと通えるかなあって心配していました。
 最初の1週間は「幼稚園、行かない」と行き渋ることもあったようですが、
 最近は幼稚園も楽しくなってきたようで、
 ちゃんとママに「バイバイ」と言えるようになってきたようです。

 ホッ。(まずは一安心)

 でも、きっとめいちゃんはめいちゃんで頑張っているんだと思います。

 そりゃあ、まだまだママと離れるのは不安だろうし、
 色々な精神的成長と僕らが捉えていること(お友達に譲る、苦手な牛乳を飲む 等)だって、
 めいちゃんなりに頑張っているんだと思います。

 よし!先生にもママにも褒められるいい子になるぞ!て。

 そうして4歳の子どもなりに頑張っている時というのは、
 わかりやすく言うと、
 無理して自分の精神年齢以上に大人になろうとしているということなんです。
 つまりその子の精神年齢が4歳だとすると、5歳児、6歳児のようになろうとしているということです。

 そこで子どもは多少なりとも無理をしているんです。

 ここを親はわかってやらなければなりません。

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 もう4歳だから出来て当たり前ではなくて、
 その子にとっては少し無理しないとできない、勇気のいることだったりするのです。

 そういう無理をして自分の精神年齢以上のことを自分でやろうとしている時には
 その反動で退行(赤ちゃん返り)が起こることがしばしばあります。
 それで子どもは心のバランスを取っているのですから、その甘えをちゃんと受け止めてあげる必要があるのです。


 精神的な成長のメカニズムは以下のように進むと僕は考えています。


 子どもの中に成長衝動(お友達と仲良く遊びたい)が起こる

          ↓

 我儘な心を抑えて順番を守る、友達に譲ることが必要になる
 (心にストレスがかかる)

          ↓
 
 我儘な心を抑えた反動として「甘えたい」衝動が起こる

          ↓

 「甘え」を受けとめてもらうことにより心が満たされ、また頑張れる


 そのうちに精神年齢がその行動(順番を守る、友達に譲る)に追いつき、
 ストレスなくその行動がとれるようになる。



 つまり、成長とはその反動としての退行(甘え)を伴いつつ進むので、
 親はその「甘えの欲求」を十分に満たしてあげることが
 子どもの成長を支えることにつながるということをしっかり理解しておく
 ということが大切です。

 残念ながらこのことはほとんど知られていません。

 頑張って講演で皆さんに伝えていきたいと思います。

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 さて、公園で目一杯遊んだ僕たちはお昼ご飯を食べに近くの回転ずしへ。
 駐車場に車を止めて、あずさちゃんをバギーに乗せてお店に行こうとすると、
 めいちゃんが「バギーに乗る」と言ってききません。
 すぐそこがお店の入り口なのですが泣いて訴えます。
 「じゃあ、わかった。めいちゃんが乗り。」
 ということで、めいちゃんはあずさちゃんが乗っていたバギーを奪い、
 ご機嫌でバギーに寝そべってお店に入りました。
 あずさちゃんはママが抱っこしました。

 お店を出る時もあずさちゃんを抱っこしているママにおんぶを要求。
 要求通りママがおんぶをして車まで来ました。
 車まで来たのでそこで降ろすと、
 めいちゃんはおんぶの状態のまま、チャイルドシートに乗せろと駄々をこねたので、
 もう一度おんぶしてチャイルドシートへ。
 車に乗ってしばらくすると寝ました。
 眠たかったのでグズっていたのでしょう。


 どれだけわがままやねん!
 アカン!自分の足で歩き!

 と言いそうになりますが、

 それだけ幼稚園で頑張っているということであり、
 それだけ急速に成長している証拠でもあるんですね。
 

 
 皆さんもお子さんが「えらい急に甘えたになったなあ」と感じられる時や「わがままがひどいなあ」と感じられる時は、お子さんが頑張って成長している時だと捉えて、その甘えの欲求をできる範囲で満たしてあげてください。

 子どもが小学校高学年になると「親に偉そうに言う」「親に暴言を吐く」ということもありますが、それも屈折した甘えの一種と捉えれば「これも成長している証拠、成長の最中なんだ」と大目に見てあげられる心境にもなれるのではないでしょうか。

 でも本当は、そんな屈折した甘えの表現をしなくてもいいように、小さい頃からちゃんと甘えさせてあげるのがいいと思います。


 
 

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2018年04月29日

ホリスティック教育の成田喜一郎さんと元奈良少年刑務所教官の竹下三隆さん


 昨日はホリスティック教育の成田喜一郎先生の講演会に参加するために奈良まで行ってきました。

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 講演まで時間があったので妻と一緒に奈良観光しました。

 「ならまち」という昔ながらの町家がある細い通りに面白いお店がいっぱいあってすごく楽しかったです。おすすめです。
 

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 昼食後、興福寺の国宝館で仏像をみました。


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 弥勒菩薩さまが唯識(世界は心が作っている)の教えを説かれていることを知りました。

 奈良公園にはやる気のない鹿ばかりいました。

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 講演の前に90分ほど、成田喜一郎先生と元奈良少年刑務所で教官をされていた臨床心理士の竹下三隆先生と3人でお話しする機会を主催の寮美千子さんが作ってくださいました。

 成田先生は謙虚でお人柄が素晴らしい先生でした。

 また竹下先生の奈良少年刑務所での実践に基づいたお話しはすごく説得力があり勉強になりました。
 そのうちの幾つかを紹介させていただきます。

 

 1、素直に甘えられる

 2、子どもらしくおられる

 3、自分の気持ちを素直に言える


 この3つは子どもが精神的に健康で自立した社会人になるために最も大切な事である。

 甘えらえない子は他者を支配したがる傾向がある。
 甘えられない子はアルコール依存やギャンブル依存等、依存症になりやすい傾向がある。
 支配も依存も甘えたい欲求が歪んだものと考えられる。

 子どもの時に「子どもらしく」いられることはとても重要である。
 だから、子どもに他者への「優しさ」の強要や「しっかりしなさい」等は言わないほうが良い。
 年齢相応の自己中心性や子どもっぽい甘えなどは、精神的な健全性を示すものでこれを尊重してあげる視点が大事。

 「さみしい」「悲しい」「つらい」「嬉しい」などの言語的感情表現ができることが大切。
 「ワー」とか「キャー」とか言葉以前の衝動的表現や泣くなどの非言語的感情表現も大切。
 素直な感情表現ができるためには安心感が必要。
 

 この3つの要素が揃っているのが「遊び」と「おしゃべり」である。
 だから子どもはたくさん「遊び」、「おしゃべり」する事が大事。

 つまり大人が無駄な時間と感じている時間こそが子どもにとっては必要で大切な時間である。

 犯罪を犯す少年たちは傷つきやすい子が多い。(甘えらえれていない、ありのままの自分を愛されている実感がない)
 傷つきやすいがゆえに自分の弱さを憎んでいる。
 自分の弱さを憎んでいるので、他者の弱さも憎む。
 他者の弱さを許せない。
 それがいじめや犯罪につながる。

 しつけが厳しいということは「許される」ことが少ないということ。
 「許される」ことを経験していないので、他者を「許す」ことが苦手。
 許せない人間が多くなり、人間関係に問題を抱えることになる。
 トラブルが多くなる。それが時に犯罪に発展する。
 犯罪を犯す少年の多くは厳しいしつけをされていることが多い。

 犯罪を起こしやすい人は人に頼ることが苦手で、なんでも自分で解決しようとする。
 「助けてほしい」が言えない。
 
 犯罪を起こさないためには、
 小さな迷惑をかけて、小さく世話になって、小さくキレることが大切。

 つまり「無理しない」「人に頼る」「ためこまない」ことが精神的な健康を保つことになる。
 ひいてはそれが子どもたちをいじめっ子や加害者にしないことにもつながる。


 
 
 竹下先生のお話しは、奈良少年刑務所で臨床心理士として少年たちと関わられた実体験からのものなので大変勉強になりました。
 
 竹下先生の子育てに関するお考えは2008年の京都学園大学臨床心理学セミナー「非行少年や犯罪者から学ぶ子ども時代に大切なこと」に詳しく書かれてあります。




 さて、成田先生の講演「詩は心の鍵 〜ホリスティック教育から見た社会性涵養プログラム〜」。
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 ホリスティック教育とは、わかりやすく言えば国語や数学、社会科や理科といった教科の垣根を取っ払い、学習した知識が頭(脳)だけにとどまらず、それが心(感情)にまで深化し、さらに行動変容にまでつなげようとする『生きた学習』のことです。

 その例として挙げられたのが「創作叙事詩」です。

 これは社会科で習うような歴史的事実を一つ取り上げ、それを元に子どもたちそれぞれが感じたことを詩に書くという学習実践です。

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 それは悲惨な絵だった−殷王の墓−
                 (中1男子)

 それは悲惨な絵だった
 王さま一人のために
 たくさんの人が死んでいた
 生き物も死んでいた
 王さまのために

 首を階段のそばにさらされて
 今にもうめき声が聞こえてきそうだった
 動物もたくさん死んでいた
 犬、猫、鳥の鳴き声が聞こえてきそうだった
 みんな王さまのためだった
 奥さんや子どものいる人もいるだろう
 しかし、死なねばならぬのだ
 王さまのために

 こんな世の中をだれが作った!
 そう言う人がいるかもしれない
 その答えに
 王さまがすべてわるい
 と言う人がいるだろう
 しかし
 そう言っている人も
 こんな世の中を作っているのかもしれない


 時をこえて今
 お金という王さまのために命をすてる人もいる*
 今も昔も同じだ
 いつになったら王さまのために命をすてる人が
 いなくなるのだろう
 そういう日は永久にこないのかもしれない



 
 「解題」

 初めての創作叙事詩作品(中1・Aくん)である。
 中国の古代文明の単元を終えたあと、生徒たちに「創作叙事詩」(学んだ事実+想像力→創作叙事詩)を書かせた。
 Aくんは、殷王朝の殷墟の復元イラストを見てこの創作叙事詩を書いた。
 社会科が苦手で成績不振だった彼であったが、
 教師が凄い!と思い、彼をリスペクトしてしまったのは、
 四連の「時をこえて今」以下だった。
 紀元前1500年以上も前の歴史と現代(1985年)と対話をしていることだった。
 かつて歴史家・E.Hカーが『歴史とは何か』(岩波新書)の中で
 「歴史とは現在と過去との対話である」と述べたことなど知るはずもない中学生が
 いとも簡単に実践してしてしまっている。

 当時は、まだ、生徒自身による解題を書かせたことはなかったが、
 のちの実践の中で自らの作品を書いた理由や根拠を書かせた「解題」を加えてワンセットの作品である。

 *引用元http://esd2005-2015.blogspot.jp/2015/09/201595_7.html




 創作叙事詩は、<学習や体験> + <想像力> から生まれます。

 そして自らの書いた創作叙事詩について、なぜこの〈創作叙事詩〉を書いたのか、
 その理由や根拠、背景を解き明かしていくのが「解題」です。

 解題は、<創作叙事詩> + <論理的思考力> から生まれます。

 頭(知識としての事実)から心(感情体験にまで深める)へ、
 そしてまた心(自分の書いた創作叙事詩)から頭(論理的思考力)へ、
 そういった 頭 ⇆ 心 の往来こそが真の『生きた学習』につながっていく。

 生きた学習とはただ単に「知識」を暗記するだけではなく、
 その知識を自分と深く関わらせることによって「生きた知識」(応用可能)にするだけでなく、
 人間が生きていく上で「大切な何か」をそこから感じ取れるようなものだと僕は感じました。

 ホリスティック教育は「主体的・対話的」な学びです。
 それは教師が生徒に上から一方的に授ける教育ではなく、
 生徒が主体となって、教師は仕掛け人、提案者、援助者、参与者となって共に学びます。
 そして教師は生徒から学び、生徒が出してきたものに驚く。
 その素晴らしさを分かち合う。
 教えるものは即教えられるものであり、
 ケアするものは同時にケアされるものでもあります。
 それを「相即性」と呼びます。
 そこには共に学び合う姿勢、共に成長していこうという姿勢があります。


 *上の記述はすべて僕の頭で理解した「ホリスティック教育」ですので、多分に長谷川満フィルターを通しての理解であることを念頭に置いてお読みください。

 *「ホリスティック教育」を詳しくお知りになりたい方は成田喜一郎先生のブログhttp://ethnographymetahistory.blogspot.jp をご覧ください。


 成田先生はこんなこともおっしゃっていました。

 
 広目天            多聞天


       大日如来
       (子ども)


 増長天            持国天



 子どもが真ん中である。
 子どもを変えようとするのではなく、信頼して任せていくことで開かれるものがある。
 大人は多聞天となって子どもの話をたくさん聞き、
 広目天となって広い目で見てあげて、
 大人が増長することなく子どもに対して謙虚になっていく。



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 「ホリスティック教育」では、教育、経済、社会は不可分なものと捉えているんですね。
 環境問題も教育問題も根っこは同じですね。
 人間が自然に対して傲慢であったように、大人は子どもに対して傲慢だったように思います。
 まずはその心の姿勢が変わるところから、
 つまり自然や子どもに対するリスペクトを持つところからですね。
 

 そのようにお話しさせてもらったら、成田先生も深く共感してくださいました。
 
 
 
 今回、この講演会の主催者である寮美千子さんのご好意で、成田喜一郎先生と竹下三隆先生とのご縁ができて、またここから新たな展開が生まれそうな、そんな嬉しい予感がしています。

 

 
 
 
 
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2018年04月10日

発達障害も不登校も解決の一歩目は「親が子どもの敵から子どもの味方に変わること」 


 発達障害にしろ、不登校にしろ、その悩みの解決・改善には「行き詰まっている今の物の見方」の転換が必要です。
 その転換ができるようになると、心が楽になり、子どもへの接し方が変わり、その結果として子どもが変わってきます。

 子どもの問題や悩みの場合、親はどうしても子どもを「直そう」として注意や叱責、強制を行い、子どもはそれに反抗するという構図になりがちです。

 子どもの味方になるべき親が子どもの敵になってしまっているところに問題を長期化、深刻化させてしまう原因があります。まずはここを改善する必要があります。

 わかりやすく言うと、親は子どもの敵から子どもの味方に変わる必要があります。

 そうして親子関係を改善することが子どもの心の安定や自己成長力を引き出すことにつながり、子ども自らの力でそれらの問題を乗り越えていけるように援助することこそが本当の親の役目です。




 不登校、発達障害の悩みには
    長谷川満の『見方が変わる相談室』


 〜問題の見方が変われば、接し方が変わります。
  その受容的な接し方が自己成長力を引き出します〜


 子どもが不登校になると、先生からは「少しでも学校に来れるように」と様々な働きかけがあります。親もなんとか学校に行かせようと説得したり、叱ったり・・。
 そうして登校するようにプレッシャーをかければかけるほど、子どもの不登校は悪化してしまいます。それはうつ病患者を叱咤激励するようなもの。悪化するのは当然です。

 それは発達障害の子どもにも言えることです。
 親がそこを直そう、直そうとすることによって、実はその特性の悪い面を悪化させてしまっているのです。

 「子どもを変えようとするのではなく、子どもへの見方を変える」
 「直そうとするのではなく、今のその子のありのままを受け入れる」

 そういう受容的・肯定的な関わりが自己成長力を引き出し子どもを変えていきます。
 子どもにとって最大の環境は『親』です。その『親のあり方、関わり方』が変わることによって、子どもは自ら成長、健全、協調へと向かう自己成長力を発揮し、子ども自身の力で変わっていくのです。

         ー 長谷川満(56)のプロフィール ー
 30年以上専門職の家庭教師として不登校や発達障害など問題を抱えた子どもたちやその家庭を指導。現在、全国の自治体やPTA、教職員団体、幼稚園、小中学校で講演活動を行う。
 「いい親になろうとせず、いい子に育てようとせず、ありのままの子育てが子どもを伸ばす」と『無為の子育て』を提唱。3人の子どもの父親。 



< 相談内容 > 不登校、発達障害、いじめ、ゲーム依存など子どもの問題
< 相談料金 > 60分 6480円(税込)のところ、「ブログ見ています」で半額の3240円(税込)にさせていただきます。
 *電話相談も受け付けています。料金は同じです。
< お問い合わせ・お申し込み >
 家庭教師システム学院(079)422−8028 9時〜21時(日祝休み)
 メール:ksg@gc5.so-net.ne.jp  *相談は日曜日、祝日もやっています。
 まずは電話かメールで相談日時の予約を取ってください。
< 場所 > 兵庫県加古川市加古川町木村44−6 亀井ビル3階 

 
 
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2018年03月28日

3月4日に長男が上賀茂神社で結婚式を挙げました!


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 この3月4日(日)に長男が上賀茂神社で結婚式を挙げました。
 
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 タクシーで二人が式場へ出発。
 花嫁さんがとても綺麗。
 
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 ここで結婚式を挙げます。

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 厳粛な雰囲気の中、
 式場に入る二人。

 三三九度の盃を交わし、
 誓詞奏上。

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 晴れて夫婦になりました。
 
 上賀茂神社の境内で写真を撮って、
 披露宴会場に向かいました。



 上の娘二人の結婚披露宴の時には「父から娘へ贈る詩」というのをプレゼントしていました。

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 最初に結婚した次女へ

   詩 「 幸せな風 」

     風が季節を連れてくるように

     あなたは幸せを運んで来てくれた

     お父さんとお母さんに


     花が季節を彩るように

     あなたは色々な喜びで満たしてくれた

     私たちの心を


     風は自由に吹き渡るもの

     いつまでもここにいてはいけません

     さあ 行きなさい

     お父さんとお母さんを幸せにしたように

     あなたを待っている人のところへ

     その風を運んであげなさい

     そしていつも忘れずにいなさい

     あなたは幸せな風だということを

                   by はせがわみつる

 
 
 
 長女へ贈った詩

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 長男に一応聞いてみました。
 「お父さん、いつもお姉ちゃんの結婚披露宴の時に詩をプレゼントしてきたやろ?君も詩書いて欲しい?」
 「うん。欲しい。」

 ということで恥ずかしながら結婚する息子への詩を書きプレゼントしました。

 高砂の席に飾ってもらいました。

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 君たちと
 一緒に過ごし成長してきた歳月は
 僕たち夫婦にとって宝物です。
 本当にありがとう。


 
 
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2018年02月21日

第47回ペアレントセミナーで使う資料 その3


 今週2月25日(日)午後2時20分からあります第47回ペアレントセミナー「子どもの思春期・大人の思旬期」で使う資料を紹介します。

 
 人生は大きく3つの時期に分けられます。自我未満(〜11歳)、自我の時代(12〜55歳)、脱自我(56歳〜)。

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 子どもの思春期や大人の思旬期とは人間のあり方が大きく変わる移行期にあたるわけです。 


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    第47回ペアレントセミナー 
  「 子どもの思春期・大人の思春期 」


 子どもが思春期を迎えますと色々と難しい問題が起こってきます。
 反抗的な態度、ゲームやスマホの問題、学習や進学の問題、不登校や非行の問題が起こるのもこの時期です。

 子どもが思春期真っ只中にある40代から50代前半には、子どもの問題だけでなく、夫婦の問題、仕事の問題、親の死や介護の問題、そして自分や家族の心の病気や体の病気などが沸き起こってくることがあります。

 人間はこの真剣にならざるを得ない問題に直面してはじめて、自分の今までの生き方や価値観を見直すようになります。そして自分を縛っていた自分の考え方や価値観を手放すことで人生後半を自分らしく自由に豊かに過ごせるようになるのです。
 つまり40歳〜55歳は「人生のフルモデルチェンジ」の時期なのです。 

 今回のペアレントセミナーは30年間家庭教師として多くの中高生と接してきた経験をもとに、思春期の子どもへの接し方をお話しすると共に、
 40代から50代前半の悩める親御さんに対して、その悩みにどう向き合えばいいのかを「脱自我」をキーワードにお話ししていきます。



   参加費)1000円(高校生以下無料)
    日時)2月 25日 (日曜日)
  PM 2:20〜3:50(開場 2:00)
    場所)加古川総合庁舎1階
       東播磨生活創造センター「かこむ」
        講座研修室
    主催)家庭教師システム学院
   問合せ)079(422)8028
       ksg@gc5.so-net.ne.jp
        
   *加古川総合庁舎駐車場3時間無料

 
 
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2018年02月20日

第47回ペアレントセミナーで使う資料 その2


 今週2月25日(日)午後2時20分からあります第47回ペアレントセミナー「子どもの思春期・大人の思旬期」で使う資料を紹介します。


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 1番の「親に対して批判的になり、矛盾をつくようになる」というのは裏を返せば、そうできるだけの論理力や自分の頭で考え、主張できるだけの力がついてきたとも考えられます。やっと芽生え始めた子どもの批判力、主張力を否定することなく「あなたはどう思うの?」と暖かく聞いてあげることで思春期の反抗も自然に収まります。

 2番の「あまりしゃべらなくなる。秘密を持つようになる。」
 「しゃべらなくなる」のは自分との対話が増えたからです。自分の頭で考えることが増えた証拠です。
 「秘密を保持する」というのは実は、精神的に発達しないとできないことなのです。幼稚園や小学生の間は秘密にしておけるだけの心の力がまだなかったのですが、それだけの心の力がついてきたということです。

 

 
      第47回ペアレントセミナー 
  「 子どもの思春期・大人の思春期 」


 子どもが思春期を迎えますと色々と難しい問題が起こってきます。
 反抗的な態度、ゲームやスマホの問題、学習や進学の問題、不登校や非行の問題が起こるのもこの時期です。

 子どもが思春期真っ只中にある40代から50代前半には、子どもの問題だけでなく、夫婦の問題、仕事の問題、親の死や介護の問題、そして自分や家族の心の病気や体の病気などが沸き起こってくることがあります。

 人間はこの真剣にならざるを得ない問題に直面してはじめて、自分の今までの生き方や価値観を見直すようになります。そして自分を縛っていた自分の考え方や価値観を手放すことで人生後半を自分らしく自由に豊かに過ごせるようになるのです。
 つまり40歳〜55歳は「人生のフルモデルチェンジ」の時期なのです。 

 今回のペアレントセミナーは30年間家庭教師として多くの中高生と接してきた経験をもとに、思春期の子どもへの接し方をお話しすると共に、
 40代から50代前半の悩める親御さんに対して、その悩みにどう向き合えばいいのかを「脱自我」をキーワードにお話ししていきます。



   参加費)1000円(高校生以下無料)
    日時)2月 25日 (日曜日)
  PM 2:20〜3:50(開場 2:00)
    場所)加古川総合庁舎1階
       東播磨生活創造センター「かこむ」
        講座研修室
    主催)家庭教師システム学院
   問合せ)079(422)8028
       ksg@gc5.so-net.ne.jp
        
   *加古川総合庁舎駐車場3時間無料

 
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2018年02月19日

毒親方程式


      < 毒親方程式 >

  愛情 ✖️ 心配 ✖️ 口出し = 毒親


  *毒親・・・子どもを苦しめ不幸にしてしまう親のこと

 これは2017年3月11日に行った第44回ペアレントセミナー「アドラー心理学の子育てについて考える」で紹介したものです。(http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/447811932.html

 
 掛け算なんですね。
 子どものことを愛すれば愛するほど心配になるし、心配すればするほど子どものことに口出ししてしまうものです。
 そして、それが子どもの自由を奪い、親の考えを押し付けることになります。
 そうなると子どもの幸せを願いながら、子どもを不幸にしてしまうという結果になってしまいます。
 そういう意味では愛情ゆえの心配というのには気をつけなければいけません。
 このことに対して無自覚であれば、誰だって毒親になってしまう可能性があります。


 つい先日「子どもが不幸になってもいい覚悟」という記事を書きましたが、ちょっと表現が大げさではありますが、そのくらいの覚悟がないと親はついつい子どものことに「こうした方がいい」と口を出してしまうものです。
 そしてそれが知らず知らずのうちに子どもの自由な選択を奪い、子どもから子どもの人生を奪うことになりかねません。


 子育てとは、例えるなら「子どもが絵を描いているのを手伝うようなもの」です。
 親はまだまだ未熟な子どもの絵を見て、
 「ここはこう描いた方が良い。ここは何色がいい。ここはこうするのよ。」
 と口や手を出し過ぎれば、それがたとえどんなに上手な絵になったとしても
 もうそれはその子の絵ではありません。
 それはいい絵にしてやろうとして、子どもの絵を台無しにしてしまうことであり、子どもからその子の大切な絵を奪うことです。
 子どもが雲をオレンジ色に描いたら「雲は白く描くのよ」と言いたくなりますが、子どもは夕焼け雲を描きたかったのかもしれないし、そうでなくてもオレンジ色で雲を描きたかったのかもしれません。
 それは親であるあなたから見ればおかしなことかもしれませんが、その子にとってはそう表現したい大切なことのかもしれません。
 その子は、その子自身の絵を描くために、この世に生まれてきたのですから。
 子どもが絵を描くのを手伝うというのは本当はとても気をつけないといけないもの、子どもの着想やアイデアや個性を大事にしてあげなければならないものであるように思います。


 

 今週2月25日(日)は午後2時20分から東播磨生活創造センター「かこむ」(加古川総合庁舎1階)で第47回ペアレントセミナー「子どもの思春期・大人の思旬期」があります。
 詳しくはこちら http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/456549047.html


  
 
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2018年02月15日

第47回ペアレントセミナーで使う資料 その1


 2月25日(日)のペアレントセミナー「子どもの思春期・親の思春期」で使う資料を紹介します。

 資料その1

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 皆さんはこの詩を読まれてどのように感じられましたでしょうか?

 どの部分に共感されたでしょうか?






      第47回ペアレントセミナー 
  「 子どもの思春期・大人の思春期 」


 子どもが思春期を迎えますと色々と難しい問題が起こってきます。
 反抗的な態度、ゲームやスマホの問題、学習や進学の問題、不登校や非行の問題が起こるのもこの時期です。

 子どもが思春期真っ只中にある40代から50代前半には、子どもの問題だけでなく、夫婦の問題、仕事の問題、親の死や介護の問題、そして自分や家族の心の病気や体の病気などが沸き起こってくることがあります。

 人間はこの真剣にならざるを得ない問題に直面してはじめて、自分の今までの生き方や価値観を見直すようになります。そして自分を縛っていた自分の考え方や価値観を手放すことで人生後半を自分らしく自由に豊かに過ごせるようになるのです。
 つまり40歳〜55歳は「人生のフルモデルチェンジ」の時期なのです。 

 今回のペアレントセミナーは30年間家庭教師として多くの中高生と接してきた経験をもとに、思春期の子どもへの接し方をお話しすると共に、
 40代から50代前半の悩める親御さんに対して、その悩みにどう向き合えばいいのかを「脱自我」をキーワードにお話ししていきます。




   参加費)1000円(高校生以下無料)
    日時)2月 25日 (日曜日)
  PM 2:20〜3:50(開場 2:00)
    場所)加古川総合庁舎1階
       東播磨生活創造センター「かこむ」
        講座研修室
    主催)家庭教師システム学院
   問合せ)079(422)8028
       ksg@gc5.so-net.ne.jp
        
   *加古川総合庁舎駐車場3時間無料


[ここに地図が表示されます]

 
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2018年02月14日

受験生必見!これを守れば30点アップする「入試本番心得」


   『 入試本番心得 』


  入試本番では、緊張していいからね。
  あがっても大丈夫だからね。
  でも、あわてないで。
  あせらないで。

  問題文は丁寧に正確に読み取ろう。
  グラフや図も見落としがないように。
  わかりづらい時はもう一度
  問題文や図を見直そう。

  解けない問題があっても大丈夫。
  解ける問題だけ確実に解くように心がけよう。
  わからない問題や時間がかかりそうな問題は全部あとまわし。
  あとで解けそうなものからやればいい。

  時計を見ながらペース配分。
  10分ごとに時計は見よう。
  5分余るくらいがベスト。

  もし迷ったら、
  はじめの答えのままにしておこう。
  正答率は最初の答えの方が断然高い。

  さあ
  あとは全力を尽くすのみ。
  勇気を出して
  いざ進め!



 
 これを意識して、過去の公立高校入試問題を繰り返し解いておこう。
 最低2回。できれば3回やっておこう。





 おかげさまで30周年!家庭教師システム学院のホームページ
 http://www.hariat.co.jp/ksg/
 「ブログ見ています」と言っていただければ入会金21600円を半額の10800円にさせていただきます。
 (平成30年3月31日まで)


 発達障害・不登校・いじめ・学力不振でお悩みなら
 「長谷川満の見方が変わる相談室」
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/449383062.html
 「ブログ見ています」と言っていただければ1時間を半額の3240円にさせていただきます。
 (平成30年3月31日まで)



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2018年02月08日

幸せとは、みんなが悩むようなことで悩めること


 みんなが悩むようなことを悩めるのはとても幸せなことです。
 例えば子どもの受験とか、全然勉強しないとか、旦那が何もしないとか。
 そういうごく普通のことで悩めることはとても幸せなことです。
 
 
 
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2018年02月07日

子どもが不幸になってもいい覚悟


 「子どもが不幸になってもいい」

 その覚悟をしっかりと肚に据えられたら
 親が子どもを不幸にすることはありません。

 
 親は子どもが(将来)幸せであるようにと願って、
 強い子、賢い子に育てようとします。
 でも、それが必要以上に厳しいしつけとなったり、
 勉強を無理やりさせることになったりして
 子どもを苦しめてしまうものなのです。

 また、子どもの幸せを願えば願うほど、「ああした方がいい」「こうしない方がいい」という余計な手出し、口出しをすることになってしまいます。
 それは子どもの自主性を、判断力や決断力を、そして責任感を奪うことにもなりかねません。

 子どものことを思うが故に、子どもの高校や大学、将来の職業や就職先、恋人選びや結婚相手にまで口を出して、子どもの自由な選択を奪ってしまう親も少なからずいます。
 親は子どもの幸せを強く願うがゆえに、結果的に子どもを不幸にしてしまうものなのです。
 そこにはどうしても親の価値観や親の思いの押し付けが入り込んでしまいますから。

 ところで武士道を説いた書物に「葉隠」というものがあります。
 その冒頭に
 「武士道といふは死ぬことと見つけたり」
 という言葉があります。

 武士は事があれば戦場で戦わなければなりません。
 その時、死を恐れていては勇猛な働きができないばかりではなく、かえって危険なものです。
 また主君に仕える上でも、今日一日の命と思えばこそ、たとえ無理難題を言われても忠義を尽くすことができるのだと考えました。
 つまり武士として立派に生きるためには「今日一日の命である」と常に覚悟を決めておくことが大切だったんですね。そういう諦めの境地、潔さが武士を武士たらしめていたのでしょう。

 
 親である私たちもそういう一種諦めの境地、潔さというもの身につけることが親としての役目を全うする上で必要なのではないでしょうか。

 子どもの「自由」と「個性」と「幸せ」を守るために、親である自分の見栄や不安や願いはいつでも捨てる覚悟はできている。
 
 それが冒頭の言葉「子どもが不幸になってもいい」覚悟です。

 これがあればこそ「あなたの好きにしたらいいのよ」と子どもの意思や自由を尊重できるのだと思います。

 ちょっと極端な表現なのですが、そのくらい肚をくくらないと可愛い可愛い子どものことに口出しをやめるなんてことは出来そうにないと感じています。




 
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2018年02月01日

結果的に子どもが自立する助けになる5つのこと


 1、親から十分に愛され、大切にされていると感じている。

 2、子どもが自分の意見や思いを素直に言える。

 3、家が経済的に裕福ではない。

 4、親が過保護、過干渉ではない。

 5、子どもに関することは子どもに決定権がある。




 これらの条件が揃ってないと自立できないわけではありません。
 こういうことが結果的に子どもの自立の助けになるということです。

 (補足)
 子どもが親から十分に愛され、大切にされていると感じる時は、子どもの気持ちが尊重され、子どもが助けてほしい時に助けてもらえることであり、
 過保護は、子どもの気持ちが尊重されることはなく、親の不安をその主な動機としているというのが決定的な違いである。

 


posted by 長谷川 at 12:36| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする