2018年04月29日

ホリスティック教育の成田喜一郎さんと元奈良少年刑務所教官の竹下三隆さん


 昨日はホリスティック教育の成田喜一郎先生の講演会に参加するために奈良まで行ってきました。

 20180428_195750.jpg
 


 講演まで時間があったので妻と一緒に奈良観光しました。

 「ならまち」という昔ながらの町家がある細い通りに面白いお店がいっぱいあってすごく楽しかったです。おすすめです。
 

 20180428_132823.jpg


 昼食後、興福寺の国宝館で仏像をみました。


 20180428_142114.jpg


 弥勒菩薩さまが唯識(世界は心が作っている)の教えを説かれていることを知りました。

 奈良公園にはやる気のない鹿ばかりいました。

 20180428_145246.jpg


 講演の前に90分ほど、成田喜一郎先生と元奈良少年刑務所で教官をされていた臨床心理士の竹下三隆先生と3人でお話しする機会を主催の寮美千子さんが作ってくださいました。

 成田先生は謙虚でお人柄が素晴らしい先生でした。

 また竹下先生の奈良少年刑務所での実践に基づいたお話しはすごく説得力があり勉強になりました。
 そのうちの幾つかを紹介させていただきます。

 

 1、素直に甘えられる

 2、子どもらしくおられる

 3、自分の気持ちを素直に言える


 この3つは子どもが精神的に健康で自立した社会人になるために最も大切な事である。

 甘えらえない子は他者を支配したがる傾向がある。
 甘えられない子はアルコール依存やギャンブル依存等、依存症になりやすい傾向がある。
 支配も依存も甘えたい欲求が歪んだものと考えられる。

 子どもの時に「子どもらしく」いられることはとても重要である。
 だから、子どもに他者への「優しさ」の強要や「しっかりしなさい」等は言わないほうが良い。
 年齢相応の自己中心性や子どもっぽい甘えなどは、精神的な健全性を示すものでこれを尊重してあげる視点が大事。

 「さみしい」「悲しい」「つらい」「嬉しい」などの言語的感情表現ができることが大切。
 「ワー」とか「キャー」とか言葉以前の衝動的表現や泣くなどの非言語的感情表現も大切。
 素直な感情表現ができるためには安心感が必要。
 

 この3つの要素が揃っているのが「遊び」と「おしゃべり」である。
 だから子どもはたくさん「遊び」、「おしゃべり」する事が大事。

 つまり大人が無駄な時間と感じている時間こそが子どもにとっては必要で大切な時間である。

 犯罪を犯す少年たちは傷つきやすい子が多い。(甘えらえれていない、ありのままの自分を愛されている実感がない)
 傷つきやすいがゆえに自分の弱さを憎んでいる。
 自分の弱さを憎んでいるので、他者の弱さも憎む。
 他者の弱さを許せない。
 それがいじめや犯罪につながる。

 しつけが厳しいということは「許される」ことが少ないということ。
 「許される」ことを経験していないので、他者を「許す」ことが苦手。
 許せない人間が多くなり、人間関係に問題を抱えることになる。
 トラブルが多くなる。それが時に犯罪に発展する。
 犯罪を犯す少年の多くは厳しいしつけをされていることが多い。

 犯罪を起こしやすい人は人に頼ることが苦手で、なんでも自分で解決しようとする。
 「助けてほしい」が言えない。
 
 犯罪を起こさないためには、
 小さな迷惑をかけて、小さく世話になって、小さくキレることが大切。

 つまり「無理しない」「人に頼る」「ためこまない」ことが精神的な健康を保つことになる。
 ひいてはそれが子どもたちをいじめっ子や加害者にしないことにもつながる。


 
 
 竹下先生のお話しは、奈良少年刑務所で臨床心理士として少年たちと関わられた実体験からのものなので大変勉強になりました。
 
 竹下先生の子育てに関するお考えは2008年の京都学園大学臨床心理学セミナー「非行少年や犯罪者から学ぶ子ども時代に大切なこと」に詳しく書かれてあります。




 さて、成田先生の講演「詩は心の鍵 〜ホリスティック教育から見た社会性涵養プログラム〜」。
 20180428_180537.jpg


 ホリスティック教育とは、わかりやすく言えば国語や数学、社会科や理科といった教科の垣根を取っ払い、学習した知識が頭(脳)だけにとどまらず、それが心(感情)にまで深化し、さらに行動変容にまでつなげようとする『生きた学習』のことです。

 その例として挙げられたのが「創作叙事詩」です。

 これは社会科で習うような歴史的事実を一つ取り上げ、それを元に子どもたちそれぞれが感じたことを詩に書くという学習実践です。

 20180428_181555.jpg



 それは悲惨な絵だった−殷王の墓−
                 (中1男子)

 それは悲惨な絵だった
 王さま一人のために
 たくさんの人が死んでいた
 生き物も死んでいた
 王さまのために

 首を階段のそばにさらされて
 今にもうめき声が聞こえてきそうだった
 動物もたくさん死んでいた
 犬、猫、鳥の鳴き声が聞こえてきそうだった
 みんな王さまのためだった
 奥さんや子どものいる人もいるだろう
 しかし、死なねばならぬのだ
 王さまのために

 こんな世の中をだれが作った!
 そう言う人がいるかもしれない
 その答えに
 王さまがすべてわるい
 と言う人がいるだろう
 しかし
 そう言っている人も
 こんな世の中を作っているのかもしれない


 時をこえて今
 お金という王さまのために命をすてる人もいる*
 今も昔も同じだ
 いつになったら王さまのために命をすてる人が
 いなくなるのだろう
 そういう日は永久にこないのかもしれない



 
 「解題」

 初めての創作叙事詩作品(中1・Aくん)である。
 中国の古代文明の単元を終えたあと、生徒たちに「創作叙事詩」(学んだ事実+想像力→創作叙事詩)を書かせた。
 Aくんは、殷王朝の殷墟の復元イラストを見てこの創作叙事詩を書いた。
 社会科が苦手で成績不振だった彼であったが、
 教師が凄い!と思い、彼をリスペクトしてしまったのは、
 四連の「時をこえて今」以下だった。
 紀元前1500年以上も前の歴史と現代(1985年)と対話をしていることだった。
 かつて歴史家・E.Hカーが『歴史とは何か』(岩波新書)の中で
 「歴史とは現在と過去との対話である」と述べたことなど知るはずもない中学生が
 いとも簡単に実践してしてしまっている。

 当時は、まだ、生徒自身による解題を書かせたことはなかったが、
 のちの実践の中で自らの作品を書いた理由や根拠を書かせた「解題」を加えてワンセットの作品である。

 *引用元http://esd2005-2015.blogspot.jp/2015/09/201595_7.html




 創作叙事詩は、<学習や体験> + <想像力> から生まれます。

 そして自らの書いた創作叙事詩について、なぜこの〈創作叙事詩〉を書いたのか、
 その理由や根拠、背景を解き明かしていくのが「解題」です。

 解題は、<創作叙事詩> + <論理的思考力> から生まれます。

 頭(知識としての事実)から心(感情体験にまで深める)へ、
 そしてまた心(自分の書いた創作叙事詩)から頭(論理的思考力)へ、
 そういった 頭 ⇆ 心 の往来こそが真の『生きた学習』につながっていく。

 生きた学習とはただ単に「知識」を暗記するだけではなく、
 その知識を自分と深く関わらせることによって「生きた知識」(応用可能)にするだけでなく、
 人間が生きていく上で「大切な何か」をそこから感じ取れるようなものだと僕は感じました。

 ホリスティック教育は「主体的・対話的」な学びです。
 それは教師が生徒に上から一方的に授ける教育ではなく、
 生徒が主体となって、教師は仕掛け人、提案者、援助者、参与者となって共に学びます。
 そして教師は生徒から学び、生徒が出してきたものに驚く。
 その素晴らしさを分かち合う。
 教えるものは即教えられるものであり、
 ケアするものは同時にケアされるものでもあります。
 それを「相即性」と呼びます。
 そこには共に学び合う姿勢、共に成長していこうという姿勢があります。


 *上の記述はすべて僕の頭で理解した「ホリスティック教育」ですので、多分に長谷川満フィルターを通しての理解であることを念頭に置いてお読みください。

 *「ホリスティック教育」を詳しくお知りになりたい方は成田喜一郎先生のブログhttp://ethnographymetahistory.blogspot.jp をご覧ください。


 成田先生はこんなこともおっしゃっていました。

 
 広目天            多聞天


       大日如来
       (子ども)


 増長天            持国天



 子どもが真ん中である。
 子どもを変えようとするのではなく、信頼して任せていくことで開かれるものがある。
 大人は多聞天となって子どもの話をたくさん聞き、
 広目天となって広い目で見てあげて、
 大人が増長することなく子どもに対して謙虚になっていく。



 20180428_193223.jpg


 
 「ホリスティック教育」では、教育、経済、社会は不可分なものと捉えているんですね。
 環境問題も教育問題も根っこは同じですね。
 人間が自然に対して傲慢であったように、大人は子どもに対して傲慢だったように思います。
 まずはその心の姿勢が変わるところから、
 つまり自然や子どもに対するリスペクトを持つところからですね。
 

 そのようにお話しさせてもらったら、成田先生も深く共感してくださいました。
 
 
 
 今回、この講演会の主催者である寮美千子さんのご好意で、成田喜一郎先生と竹下三隆先生とのご縁ができて、またここから新たな展開が生まれそうな、そんな嬉しい予感がしています。

 

 
 
 
 
posted by 長谷川 at 18:17| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月20日

ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 3


 ユミエさんには、お子さんが4人おられますが

 みんな勉強が好きなんですね。

 そしてよく勉強ができるんですね。

 30740508_850767421751230_221727008051167232_n.jpg
 フェイスブック Haruya Gest House (はるやバンド)より転載


 実はユミエさんは全く勉強熱心ではなく、
 
 学校の先生にも「子どもが負担に思うほどは宿題を出さないでほしい」と頼まれるくらい、勉強を「させる」ことには反対の方です。

 子どもたちが自分で
 何かに興味を持って調べごとをする、
 百人一首や俳句にはまる、
 数学の問題作りに熱中する、

 そういうことは好きにやらせてあげて、
 時には驚いたり感心したりして、

 ユミエさん自身も楽しんでおられる様子です。


 勉強を一切強制されることなく、
 好きなことを好きなだけやらせてもらえる子どもたちには

 数学や

 俳句も

 時にはテスト勉強も

 面白い『はまる』対象なんですね。

 

 好きで、興味を持って、俳句を詠むようになる。

 俳句を読むようになると季語になるような言葉

 「薄氷(うすらい)」とか

 空や雲や風の名前、花や鳥の名前も

 勝手に覚えていく。

 季節感や情趣を伴って。

 本当に生きた勉強ですよね。

 小学生の光くんが「俳句を詠む」喜びを知っているんです。
 
 それはきっと彼が生きていく上で、

 彼を慰めてくれる力になってくれるでしょう。

 音楽や絵画やその他の芸術活動と同じように。

 ひょっとしたら俳人や歌人になるかもしれません。



 光くんは野鳥にも詳しいんです。

 「トンビの羽は振ると音がするけど、フクロウの羽は振っても音がしないねん。夜行性で獲物を音もなく狩りするから。」

 羽も見ただけで何の鳥かわかったり、

 わからなかったら自分で調べたり、

 そこでまた色々なことを発見したり。

 これこそ生きた勉強です。



 その興味は数学にも、国語にも、理科にも、社会にも、

 世界を旅されているから英語にも広がって、

 趣味の写真や、音楽や、物語作り、

 ブラックホールの研究、イラスト、碁、旅。

 それらがつながり合って。

 もう子どもたちの可能性は本当に無限大です。

 高校3年生のお兄ちゃんは「日本の学校教育を極める」

 と大学を目指して受験勉強中です。

 そっちもありなんです。

 受験勉強中ではあるけれど、

 バンドもしてるし、遊ぶ時は遊ぶ。

 とても充実しているみたいです。


 このお兄ちゃん、実は中学を卒業した当初は高校へ行かずに

 インドにしばらく滞在したり、自転車で九州まで旅に行ってたりして、

 自由に過ごしていたんですがその年の秋から急に「高校へ行く」と

 受験勉強して翌春京都の進学校に合格されたんです。

 もう何から何まで自分の意思。自分で決めたことなんです。

 次男くんも中学校を卒業した後、高校へは進学せず、

 自分たちが毎日食べているお米がどんな風にできるのか体験してみたいと

 苗からお米作りに挑戦中です。



 ユミエさんは「中学校を卒業したらお決まりのように高校へ行くんじゃなくて、1年くらいゆっくり自分は何がしたいんやろうと考えたり、ちょっと旅に出てみよかとか、そんな時期があってもいいように思います。皆さんにもオススメです。」とおっしゃっていました。

 本当にそうだなあ、と思いました。


 また「子どもって、死ぬほど暇やあって時間もあっていいんちゃうかなあ。暇や暇や言うてるうちに何か見つけるもんです。自分の好きなことを。」と『暇の効用』についてもおっしゃっていました。

 今子どもたちに一番不足しているのはこの「暇」とか「退屈な時間」なんじゃないでしょうか。

 そこから生まれるものが絶対あると思うし。

 そういう時間があるということはとても豊かなことのようにも感じます。
 

 
 今回の対談を通じてユミエさんの子育てとか教育は、

 人間の可能性を開かせる素晴らしいものであると感じました。

 「子どもを育てる」

 それは人間の営みの中でも最も創造的で、芸術的で、愛に満ちた幸せなものだと僕は思っています。

 ユミエさんの子育てから学ぶことは多いけれども、

 非常に多いけれども、

 それをそのままやることがいいのかと問われると、

 違うような気がします。

 ユミエさんはユミエさんらしく生きておられる。

 ユミエさんらしく子育てをされている。

 それが素晴らしいんであって、

 一人ひとりが自分らしく生きて、

 自分らしい子育てをすることが大切で、

 子育てというのは一つの創造活動であり、芸術活動です。

 そこに子どもが生きて、自分も生きて

 親も子も両方の命が喜んでいるなら、

 素晴らしい子育てなんて100通りも1000通りも

 それこそ人間の数だけあるんじゃないかなあと思います。

 

 今回の対談が参加してくださった皆さんにとって自分や自分の子育てを振り返る一助になれば幸いです。

 参加された方でも、このブログをお読みになられた方でも、

 もし感想等ございましたらコメントいただけるととても嬉しいです。

 
 
 今回の対談を引き受けてくださった藤村ユミエさん、準備から後片付けまで何から何までお世話になった「ゆるり」の小菅香織さん、本当にありがとうございました。
 心から感謝しております。
 




 

 ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 2
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458870424.html
 

 ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 1
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458830739.html

 


posted by 長谷川 at 18:34| Comment(2) | 「はるや日記」のユミエさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 2


20180415_172846.jpg

 真ん中が会場「ゆるり」の香織さん、右が今回対談した藤村ユミエさん



 対談の中で「親学10か条」と「無為の子育て」を紹介させていただきました。

 
     < 親学10か条 >


  1、 子どもの自己成長力を信頼する。
    (信じて待つ)
                  
  2、 ありのままを愛する。
    (そのままのあなたが大好き)

  3、 子どもを尊敬する。
    (もうすでにあなたは素晴らしい)

  4、 子どもを親の思い通りに育てようとしない。
    (自然にお任せする)*子どもは親の作品ではない

  5、 子どもの思い、ペース、自由を大切にする。
    (あなたはあなたのやりかたで、あなたのペースで)

  6、 家族が仲良くする。
    (許し合う、笑い合う、かたいことは言わない)

  7、子どもの話を聴く
    (関心を持つ)

  8、子どもの存在を喜ぶ。
    (生まれてくれてありがとう)

  9、 親が幸せである。
    (笑顔と感謝を持って暮らす)

  10、家をのんびりできる場所にする。
    (心が安らぐ居場所)




 ユミエさん的には10番の「家をのんびりできる場所にする」がいいとおっしゃっていました。
 そういうことってあまり言わないでしょ。
 でも、家でのんびりできるってとても大切なことだと思う、と。


 これを作った僕としては、
 今まで接してきた子どもたちや青年たちの話から、
 意外と家でゆっくりできていない子が多いなと昔から感じていました。
 中には「本当の自分でいられる居場所がほしい」という子もいました。
 
 親が子どもに対して「いい子であれ」「努力する子であれ」と躾ると
 子どもにとって家はゆっくり、のんびりできる場所でなくなるし、
 本当の自分ではいられなくなる。
 何か親の前でも演技じゃないけど、自分を作らないといけない。
 そうなると家は子どもにとって「心が安らぐ居場所」ではなくなります。

 何の気遣いもなく本来の自分に戻って甘えられる居場所としての家、ホーム。

 そういう心の居場所とも言える「家、ホーム」を持っている子と持っていない子では心の安定度も違ってくるだろうし、物事に取り組む積極性や意欲も変わってくると思うのです。
 もちろん幸福度も。
 
 以前うちの息子が「この家は人をダメにする家や。家にいるとゲームをするか、寝るか、漫画読むか、ただただダラダラしてまう。」と言っていましたが、それでいいんだと僕は思います。

 息子はこんなこと言う割には塾にも予備校にも行かず独力で大学も受かっているんです。
 ちゃんと集中して勉強も努力もしているんですね。
 そして、そう出来るためにはのんびりリラックスできる場所と時間が必要なのだと思います。


 9番の「親が幸せである」も多くの人が共感されていました。

 ある意味、この9番、10番が一番基本というか、一番大切なことかもしれません。




      無為の子育て    

   1、いい子にしようとしない
   (あなたでいい、あなたがいい)

   2、甘えを許し受け入れる
   (あなたもわたしもダメでいい)

   3、自然にお任せする
   (私には何もできません)

   4、愛や喜びや幸せを受け取る
   (私の許に生まれてくれてありがとう)

   5、自分のエゴに気づく
   (「あなたのため」は自分のため)

 



 この「無為」という言葉は2500年前の中国の老子の言葉で、
 「何も計らうことなく、自然にお任せする」という意味なのですが、
 昨年11月ユミエさんが「ゆるり」でお話会をされた際、
 こういう言葉をおっしゃっていました。

 「諦めるとか、許すとか、信じるとか、それらはみんな同じことやと思うんやね。
  言葉は違うけれど、そのしていること、行為は同じで一つの愛情表現やと思うんです。」


 諦めるも、許すも、信じるも「自力の計らいを捨てて自然にお任せする」ことと同じなのではないでしょうか。
 そう考えると「無為の子育て」の考え方とユミエさんの言葉は一致しているんですね。
 
 「無為の子育て」には5項目ありますけど、
 全部同じことが表現を変えて書いてあるだけで、その意味することは全部繋がっています。
 それは「親学10か条」でも同じことです。


 これは以前ブログにも書いたのですが、今回の対談でユミエさんに直接お伝えしました。


 ユミエさんにとって子どもを育てるということは、何か素晴らしい可能性を秘めた花を育てるようなものではないのかなと感じます。
 だから愛情や安心や自然あふれる環境は与えるけれど、それ以外は極力手を出さない。
 子どもの成長や変化を面白がったり、楽しんだり。
 「さあ!次は私に何を見せてくれるの?」
 そんな気持ちでお子さんたちに接しられているように感じられます。
 それは自然が季節の移ろいと共に
 いろんな美しく面白い景色を見せてくれるのを楽しむように。

 ユミエさんにとっては
 自然に向き合うことも
 子どもに向き合うことも同じなのではないですか。
 どちらも愛する存在であり、尊敬する存在。

 そしてユミエさんは自然や子どもと同じように
 心の中にあるご自身の「いのち」の声も
 とても大切にされているように感じます。

 だからこそ
 山奥の自然いっぱいのところに引っ越して
 そこに家を建て、
 自分の望む暮らしを作り、
 自分の望む子育てをし、
 インドにも旅をされるのだと思います。

 「子どものために」我慢したりなんてことは
 これっぽっちもないんじゃないかな。
 全部「私がそうしたいから」。

 ユミエさん自身がちゃんと自分を生きていられる。
 覚悟を持って。



 そうお伝えしたら「なんだか心理分析のセッションを受けいているみたい。みつるさんは私以上に私のことを理解されている感じです。それをちゃんと言葉にして伝えられる。すごい。みつるさんは良い言い方をされるけれど、私は『わがまま』ということやね。」と笑っておられました。 

 「そうですね。わがままです。でも覚悟のあるわがままです。」

 僕たちに一番欠けているのはこの覚悟であるように思います。

 ユミエさんがなぜ、こんなにも自由に、自分の思う自然体の子育てをし、自己実現的に生きられるのか。

 それは「覚悟」をお持ちだからと僕は思います。

 人と違う生き方をする。
 人と違う子育てをする。
 それはとても勇気のいること。覚悟のいることです。
 
 そこの覚悟を持てないから、
 私たちは自分らしい生き方も自由な子育てもできないのではないでしょうか。

 そこの覚悟が持てないから、
 子育てに悩んだり、子育てがしんどいものになってしまうのではないでしょうか。

 覚悟がピタリと決まれば、
 私たちももっと自由に、もっと自分らしく生きられるようになり、
 子育てももっと楽に、もっと楽しいものになるのだと思います。

 その覚悟は人によって色々あると思いますが、
 ユミエさんと僕にとっては
 「自然にお任せする」覚悟

 ユミエさんに比べると僕はまだまだ覚悟が足りませんが。
 その分、苦悩しています。


 



 ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 1
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458830739.html
 
 
 ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 3
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458914030.html
 
 

posted by 長谷川 at 13:56| Comment(0) | 「はるや日記」のユミエさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月16日

ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 1


 昨日4月15日(日)は京都の御室仁和寺駅の真ん前「ゆるり」さんで藤村ユミエさんと対談しました。

 藤村ユミエさんのブログ「はるや日記」➡︎https://ameblo.jp/yamanoieharuya/

 11825963_1155058631176360_274116488111880905_n.jpg

 兵庫県加古川市や、岐阜県、千葉県からも参加される方がありました。
 本当に遠くからありがとうございました。

 20180415_172852.jpg

 
 春休み中ずっと子ども3人とインドを旅してこられたユミエさん。
 タクシーなんかは一切使わず、
 英語が通じそうな人を見つけては
 片言の英語と指差しとジェスチャーで電車、バス、船を乗り継いで
 文字通り何が起こるかわからない「 旅 」をしてこられました。
 バスで2時間で行けるところをわざわざ船で8時間かけて行く。
 その方が面白そうやし。
 そんな旅です。

 泊まるところも近代的なホテルではなく、
 現地の人が利用する1泊1200円(親子4人で!)のゲストハウス。

 インドですから食事は手で食べる。
 トイレは紙ではなく水で(?!)
 「郷に入っては郷に従え」の格言通り、
 インドに行ってはインド人のように食べて、寝て、
 旅してこられた話を伺いました。

 ハプニングもいっぱいあったそうです。

 ユミエさんはそういうハプニングを楽しんでいるところがあって、
 子どもたちにも
 そういう困った時のお母ちゃんを見てもらえたらいいなあ。
 ハプニングを通していろんなことに気づいてもらえたらいいなあ。
 ハプニングを通して対応力や生きる力をつけてもらえたらいいなあ。

 何より自分がハプニングを通して、
 今まで見えなかったいろんなことに気づき、学んでおられる。
 それらを楽しむ。
 「それが旅だし、それが旅の醍醐味だもの。人生も同じでしょ。」
 そんな深〜い言葉をさらっと言ってのけそう・・(あくまでも僕の想像です)
 

 きっとユミエさんにとって人生とは「旅」なんでしょう。
 そしてその旅は、自分が快適に過ごせる旅ではなく、
 その行った場所に自分を合わせていく。
 その方が自分にとって新鮮だし面白い。

 旅にハプニングはつきもの。
 だったらハプニングを恐れず、自分のしたいことはどんどんやろう。
 ハプニングが多いほどそれに強くなれるし、
 どうせ人生はハプニングだらけなんだし、
 多く経験して学習しておくのはとても大事なこと。

 僕はユミエさんのこの考え方、素晴らしいと思いました。

 
 旅の途中、混雑する電車の車内で蒸し暑さと息苦しさで
 ぐったりと不機嫌になっていた末っ子の天音ちゃん。
 文句もブーブー垂れていました。

 でもそこに一人のおばあさんが乗ってこられました。
 なにやら「ハアハア」と苦しそう・・。
 ユミエさんは持っていた扇子でそのおばあさんを扇いであげました。

 おばあさんが少し楽になられたようなので
 今度は天音ちゃんを扇いであげると6歳の天音ちゃんが
 「私はいいからおばあさんを扇いであげて」と。

 天音ちゃんも蒸し暑さと息苦しさでしんどいのに
 そう自ら言ったんです。
 小さなハプニングから生まれた優しさ、思いやりです。

 誰かが教えたのではない。
 その子がその状況にいて、自ら判断し、そう言ったのです。
 ハプニングの持つ魔法ですね。
 ハプニングも悪くない。
 失敗も悪くない。

 そうなって初めて気づくことがあるのです。


 僕の家庭教師の教え子でゲーム漬けだった男子中学生がいました。
 僕は彼のゲーム漬けを一切批判することなく、注意することなく、
 むしろ休憩の時にゲームの話をして盛り上がっていました。

 ある日彼に悩みを尋ねると「ゲームをしているとお母さんが嫌な顔をする」
 それが嫌だというので、
 帰り際お母さんに「自由にゲームをさせてあげてください」とお願いしました。

 実はこのお母さんは僕のことをとてもとても信頼してくださっていて
 そんな非常識なお願いもすんなり受け入れてくださいました。

 果たして誰に気兼ねすることなく自由にゲームを出来るようになった彼は
 心ゆくまでゲームをしました。
 学校から帰ってきて寝るまでずっと。
 勉強は一切しないで。
 結果、次の数学のテストで初めて0点を取ってしまいました。
 
 「長谷川先生、やっぱりゲームばっかりしてたらあかんわ。
  やっぱりちょっとは勉強しないとあかんわ。」

 そう自分から言ったのです。
 そう自分で気がついたのです。

 それからは少し言う言葉が変わってきました。
 「先生、勉強しようと思うんやけど、ゲームあったらゲームの方に行ってしまう。どうしたらいい?」

 「そうか・・。ゲームあったらゲームやってしまうよなあ。わかるわー。以前先生が教えていた子であったらやってしまうからってゲーム機売った子いたよ。」

 「へ〜。勇気あるなあ、その子。」

 そんな会話がたびたび交わされるようになりました。
 そして誰にも何も言われていないのに受験1週間前だけはゲームを絶って勉強しました。

 合格がわかって初めての指導の日。
 その子は「先生、高校からは夢に向かって真面目に勉強したいからゲーム売るわ。」
 と自分から言ってきたのです。

 そしてゲーム機もゲームソフトも全部売ったのです。
 それからは一生懸命勉強するようになって(今も指導継続中)、高校入ってから成績もぐんぐん伸びていきました。


 子どもを信頼する。
 子どもに任す。
 子どもを良くしようとしない。
 その子のありのままを愛し、尊重する。
 その子の素晴らしさや可能性を見る。


 そういう所が僕とユミエさんとで一致しているように感じました。

 
 天音ちゃんが通う在校生4人の小学校にユミエさんは
 「4人の天才児を育てていると思って教育してください」とお願いしてるとのこと。

 子どもはそれぞれみんな違います。
 ぜひ、子ども一人ひとりの違いや個性をプラス視点で見てあげてほしい。
 「あなたは素晴らしい」
 そういう見方で子どもを観てあげてほしい。

 そういう教育こそ、今子どもたちに一番必要なんじゃないですか。
 在校生4人の小学校ならそれが出来るのではないですか。
 
 そんな思いでお願いされたのだと思います。



 世間一般的な見方。
 そういった一方的な見方だけでなく、
 もっと幅広い、いろんな角度から見ることができれば、
 子どもの見え方も変わってくる。
 そして子どもの見え方が変わってくれば、
 子どもも変わってくる。
 その子を素晴らしいと見るならば
 本当にその子は素晴らしくなっていく。
 親や教師にとって最も大切なのは
 その子の良さや素晴らしさを見ること。
 そしてそれをその子に伝えること。
 
 
 僕もそんな風に感じています。
 




 ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 2
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458870424.html


 ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 3
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458914030.html





posted by 長谷川 at 13:27| Comment(0) | 「はるや日記」のユミエさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月13日

はるや日記の『もうひとつの道』を読んで感じたこと


 今週の4月15日(日)に京都で対談する藤村ユミエさん。

 春休みの間中ずっと南インドを子どもたち3人と旅しておられました。

 o0640048014166073499.jpg

 次男のtaroくんはこの春、中学校を卒業されました。
 taroくんはtaroくんらしい道を選ばれたのですが、その思いを書いた作文が素晴らしいので紹介させていただきます。
 

 (以下抜粋)


 高校には進学しません。

 高校に進学しないという結論に至ったのには、

 僕のこれまでの半生が影響していると思います。

 (略)

 僕も僕の兄弟も保育園や幼稚園、さらには小学校へも通っていませんでした。

 ホームスクーリングをしていたのです。

 毎日山で遊び、絵を描き、調べごとをし、好きなことを思いっきり楽しむ日々でした。

 この頃、僕達は、遊びや学習面においては、とても自立していました。

 時にはネパールやタイ、インドネシアなどを家族で旅し、

 幼いながら様々な世界を見ることができました。

 7歳の冬、僕達はT市のOというところの市営住宅に引っ越ししました。

 そして、N小学校に通い始めました。

 のんびりした学校生活で、

 同年代の子どもと集団行動をするということがなかった後でも、

 すぐに慣れることができました。

 (略)

 その後中学校に入って、

 生活のサイクルが学校中心になりました。

 知識を増やすことはとても楽しく、興味が持てて、

 新しい趣味が生まれることもあります。

 ですが、日本の学校の教育方法は好きではありません。

 人と人を比べ、

 決められたことだけに取り組み、

 常に次のステップを見ているからです。

 中学校では高校のため、

 高校では大学のために勉強しています。

 競争社会の日本では、

 いい学校、いい仕事に就くことが重要視されています。

 でも、いい仕事に就くことが人生でしょうか。

 ただそのために20年の時を使うのでしょうか。

 僕は立派な仕事に就く気はありません。

 だから、今は進学して勉強する必要もないと考えました。

 (略)

 今したいことはたくさんあります。

 物語の作成、音楽、絵、旅。

 幼いころのネパール、インド、先日のドイツで、

 旅の学びの多さを実感しています。

 (略)

 我が家でのんびりと農業をし、

 山を知り、川を知って、時には旅に出てたくさんの人の生き方を知る。

 そのうちに、自分の生き方も見つかるでしょう。

 そのための手段として高校大学を選ぶこともあるかもしれませんが。



 (全文は「はるや日記」の もうひとつの道 をごらんください。写真付きで母であるユミエさんの文章もあって本当に素晴らしいです。是非ごらんください。)



 次男taroくんは今、とりあえず家で米作りをしたいそうです。
 実は長男であるfutaくんも同じような思いから、中学卒業後は何も決めないでしばらくは海外を旅したりしていましたが、半年ほどして「やっぱり高校へ行く」と決めて受験勉強を始め、翌春京都の進学校に合格され、今は勉強にバンド活動に充実した高校生活を送られています。
 現在は高校3年生。
 学校の成績も優秀なようで先生にも期待されているそうです。

 なんて自由なんだ・・。

 この歳でちゃんと自分の頭で考えて、自分で決めて、自分の人生を生きようとしているその真摯な姿勢に感動します。
 この作文をブログに載せられたユミエさんはこんな風に記事を締めくくられています。



 わたしは、

 これからの次男坊が、

 そのときそのときに見える新しい景色を味わい楽しみながら、

 前に進んでいくのだということを、

 そうしていれば、未来への扉は自ずと開いていくのだということを、

 よーくわかっているので、

 彼らの選択に、何の心配もありませんよ。

 ただ、ただ、楽しみなのでありました。




 ユミエさんにとって子どもを育てるということは、何か素晴らしい可能性を秘めた花を育てるようなものではないのかなと感じます。
 だから愛情や安心や自然あふれる環境は与えるけれど、それ以外は極力手を出さない。
 子どもの邪魔をしない。
 子どもに手を加えない。
 子どもがどうなっていってくれるのか。
 それを面白がったり、楽しんだり。
 未知の可能性を持った花に
 「さあ!次は私に何を見せてくれるの?」
 そんな気持ちでお子さんたちに接しられているように感じられます。
 それは自然が季節の移ろいと共に
 いろんな美しく面白い景色を見せてくれるのを楽しむように。
 きっと彼女にとって
 自然に向き合うことも
 子どもに向き合うことも同じなのでしょう。
 どちらも
 愛する存在であり、尊敬する存在。
 そしてユミエさんにとって
 もうひとつ
 自然や子どもと同じように
 愛し、尊敬するものがあります。
 それは
 彼女自身の「いのち」です。
 自分の心の中にある「いのち」の声を
 とても大切にされています。
 だからこそ
 山奥の自然いっぱいのところに引っ越して
 そこに家を建て、
 理想の暮らしを作り、
 理想の子育てをし、
 インドにも旅をされるのだと思います。
 母親だからといって
 決して自分を枠の中にはめたりしない。
 自由に生きる。
 ユミエさんにとって「子どものために・・」我慢したりなんてことは
 意識の中にこれっぽっちもないんじゃないかな。
 全部「私がそうしたいから」。
 子どもたちが自分を生きようとしているように
 ユミエさん自身がちゃんと自分を生きていられる。
 覚悟を持って。
 
 それが僕には素晴らしく思えて仕方がないのです。

 
 
 

 

posted by 長谷川 at 16:40| Comment(0) | 「はるや日記」のユミエさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月10日

発達障害も不登校も解決の一歩目は「親が子どもの敵から子どもの味方に変わること」 


 発達障害にしろ、不登校にしろ、その悩みの解決・改善には「行き詰まっている今の物の見方」の転換が必要です。
 その転換ができるようになると、心が楽になり、子どもへの接し方が変わり、その結果として子どもが変わってきます。

 子どもの問題や悩みの場合、親はどうしても子どもを「直そう」として注意や叱責、強制を行い、子どもはそれに反抗するという構図になりがちです。

 子どもの味方になるべき親が子どもの敵になってしまっているところに問題を長期化、深刻化させてしまう原因があります。まずはここを改善する必要があります。

 わかりやすく言うと、親は子どもの敵から子どもの味方に変わる必要があります。

 そうして親子関係を改善することが子どもの心の安定や自己成長力を引き出すことにつながり、子ども自らの力でそれらの問題を乗り越えていけるように援助することこそが本当の親の役目です。




 不登校、発達障害の悩みには
    長谷川満の『見方が変わる相談室』


 〜問題の見方が変われば、接し方が変わります。
  その受容的な接し方が自己成長力を引き出します〜


 子どもが不登校になると、先生からは「少しでも学校に来れるように」と様々な働きかけがあります。親もなんとか学校に行かせようと説得したり、叱ったり・・。
 そうして登校するようにプレッシャーをかければかけるほど、子どもの不登校は悪化してしまいます。それはうつ病患者を叱咤激励するようなもの。悪化するのは当然です。

 それは発達障害の子どもにも言えることです。
 親がそこを直そう、直そうとすることによって、実はその特性の悪い面を悪化させてしまっているのです。

 「子どもを変えようとするのではなく、子どもへの見方を変える」
 「直そうとするのではなく、今のその子のありのままを受け入れる」

 そういう受容的・肯定的な関わりが自己成長力を引き出し子どもを変えていきます。
 子どもにとって最大の環境は『親』です。その『親のあり方、関わり方』が変わることによって、子どもは自ら成長、健全、協調へと向かう自己成長力を発揮し、子ども自身の力で変わっていくのです。

         ー 長谷川満(56)のプロフィール ー
 30年以上専門職の家庭教師として不登校や発達障害など問題を抱えた子どもたちやその家庭を指導。現在、全国の自治体やPTA、教職員団体、幼稚園、小中学校で講演活動を行う。
 「いい親になろうとせず、いい子に育てようとせず、ありのままの子育てが子どもを伸ばす」と『無為の子育て』を提唱。3人の子どもの父親。 



< 相談内容 > 不登校、発達障害、いじめ、ゲーム依存など子どもの問題
< 相談料金 > 60分 6480円(税込)のところ、「ブログ見ています」で半額の3240円(税込)にさせていただきます。
 *電話相談も受け付けています。料金は同じです。
< お問い合わせ・お申し込み >
 家庭教師システム学院(079)422−8028 9時〜21時(日祝休み)
 メール:ksg@gc5.so-net.ne.jp  *相談は日曜日、祝日もやっています。
 まずは電話かメールで相談日時の予約を取ってください。
< 場所 > 兵庫県加古川市加古川町木村44−6 亀井ビル3階 

 
 
[ここに地図が表示されます]



posted by 長谷川 at 17:22| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月04日

藤村ユミエさんの「子どもの邪魔しない」に共感。


 4月15日(日)に対談する藤村ユミエさんのことをネットで調べていたら、こんな記事を見つけました。

 「45歳。がんばらないお産で学んだこと〜藤村ユミエ」
 http://shizen-ikuji.org/blog/mother_to_mother/entry-7129.html?routestring=blog%2Fmother_to_mother%2Fentry-7128.html
   自然育児友の会会報 2012年ふゆ号より

 (記事より一部抜粋)

 私ができることはただ、赤ん坊が自力で生まれてくるのを邪魔しないってこと。
 押し出そうとしたりいきんだりしない。
 身体の中で起こっていることに耳を澄まして、それに従うこと。
 ひたすら待つ。それだけ。

    (中略)

 戸惑い悩むこともあるだろう。
 でもこの子らもしっかりと自分の力で生まれてこれたんだもの、
 これからも自分で道を切り開き歩いてゆく力も持っているのだろう。
 生まれてくるときだけじゃない。
 どの子も自分の力でおっぱいも吸ったし寝返りもできた。
 教えなくても手を貸さなくても自分で立った。
 転んで泣いて、頭ぶつけてまた泣いて、
 何度も何度も失敗して、歩くようになった。
 遅かれ早かれどんなかたちであれ、
 みんなその子にとって一番いい時に生まれ、
 それぞれの持つはやさでそれぞれのかたちで変化(成長)してゆく。
 たとえなにかハンデイキャップがあったとしても。
 子どもって本来生に対して100%前向きな生き物なのだ
   (大人はそれを邪魔しないこと)。
 かつてホームスクーリングをしていた暮らしの中でも、
 子どもたちは限りなくそんな力を発揮し、驚かせてくれた。
 そのことを信じてこれからの成長を見守っていきたいな。
 気持ちがぶれそうになった時にも4人それぞれの子との原点……。
 かけがえのないあのお産の体験を思い出せば、
 なにがあっても子どもらのこと信頼することができるかも知れない。
 いや、信頼しなくちゃね。



 
 親って子どものことを思うあまり、いらない手出し口出しをしたりして、その子がその子らしく健全に成長していくのを邪魔したり歪めたりすることが思いの外多いように感じます。

 親には子どもに対して愛の心と同時にエゴの心(所有物のように思い通りにしたくなる心)もあって、プラスの影響だけでなくマイナスの影響も与えています。
 そしてそのマイナスの影響というのは実は親が『子どもに良かれ』と思ってやることから生まれることが多いのです。

 子どもは探索行動や数かぎりない失敗からたくさんのことを自ら学んでいます。
 親や先生が教えなくても、遊びの中やその他あらゆるものから学び成長しています。
 また自分の興味のあるものから自発的に積極的に知識を吸収していきます。

 それら自発的に発生する学習や学びたい意欲を大切にしてあげられるか。
 それらをいかに邪魔せずに暖かく見守っていけるか。
 それが教育(education=引き出す)するで一番大切なことであるように思います。



 showa1.JPG



 親が何もかも子どものことを良くしてあげることなんて不可能です。
 でも、子どもの中には自己成長力があって、親が何かしてあげなくても子ども自身の力で良くなっていける力がある。
 それは命の力とも自然の力とも呼べるもので、私たち親にできることはその力を信頼すること。

 「信頼する」

 それはとてもポジティブで強力な関わりです。
 
 親が子どもに対して、してあげられるプラスの関わりは次の3つです。

 ・子どもの自己成長力を信頼する(信頼)
 ・子どもの良さを見てそれを伝える(希望)
 ・ありのままのその子を愛する(愛情)


 この3つができていれば親として100点満点でしょう。

 そして、それができていられるのが藤村ユミエさんなのです。

 もし、この3つを子育てに生かされるなら、
 あなたのお子さんは人生を幸せに生きる基礎をあなたから受け取るでしょう。

 人間にとってもっとも大切な「愛情」「信頼」「希望」。

 それは教育においても同じように大切なのです。

 子どもを育てるということは、親自身が成長していくことに他なりません。

 

 藤村ユミエさんとの対談について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458279452.html



 
posted by 長谷川 at 13:55| Comment(0) | 「はるや日記」のユミエさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする