2017年04月28日

不登校は「もう学校に行かなくてもいいよ」で上手くいく


 子どもさんが不登校で悩まれている方の悩みは本当に深いです。

 その一番の原因は本当に親身になって相談に乗ってくれる場所がどこにもないっていうことです。

 だから一人孤独に悩まなければならない・・。

 ちゃんとした専門家に「こうすればいい」と言ってもらえたらどんなに楽か、どんなに安心できることか。

 子どもに厳しくしたらいいのか、それとも受け入れた方がいいのか、

 全くどうしたらいいかわからないまま時間だけがどんどん過ぎていってしまう。

 

 今日は不登校の悩みは「こうすればいい」とはっきり言おうと思います。

 不登校であれば「学校に行けるように」と色々言ったり、色々したりされていると思います。

 それらは方法論としては大体間違っています。

 例えるなら、

 サルとオリとバナナがあるとします。

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 サルは親であるあなたです。

 バナナは子どもが学校に行くことです。
 あなたが望む状態、ゴールだと考えてください。

 そして「学校に行け、行け」ということはまっすぐバナナに突進することなのです。でもそこにはオリがあるのでまっすぐ突進しても望む状態は手に入りません。

 こういう感じです。

 20170427_164642.jpg

 バナナは目の前にあるのにオリがあって取れないので、
 オリを手でガタガタいわせたり、大きな声を出したり、
 そんなことをしても無駄なのにそれを繰り返してしまう・・。

 バナナ(望む状態)を得るためには、
 一度バナナに背を向けて、バナナから離れるような行動をとる必要があります。

 こんな感じです。

 20170427_164657.jpg

 もし、子どもに学校に行って欲しいと望むなら、
 
 「もう学校に行かなくてもいいよ」
 「そのままのあなたでいいよ」

 真心と態度と言葉でそう言ってあげて下さい。

 そして、
 もうこの子は学校になんか行かなくたっていいや、
 もう元気やったらそれでいいわと開き直って下さい。

 それがバナナ(望む状態)に背を向けることであり、バナナから離れるということです。

 バナナから離れるということはオリから離れるということでもあります。

 オリとは、常識であり、自分の価値観であり、そういう自分や子どもを縛ってきたものです。

 だから望む状態に背を向け離れるとは、自分を縛ってきた常識や価値観から自由になることでもあるのです。

 そういったものから自由になってみると、自分がずーっと恐れていたもの、人の目とか普通とか普通でないとかも本当はそんなに怖がることではなかったんだと体感できるんですね。

 「な〜あんだ、こんなもんなんだ。どっちでもいいんだ。」

 そうすると安心できるんです、親も子も。
 そしてこの安心感が子どもを元気にし、前向きな気持ちにします。

 自由と安心感。

 最も必要で足りなかったのは、この2つです。

 もし、あなたがここに書かれていることを読んで本当にその通りだと感じられたなら、是非読むだけでなく実行してみてください。

 最後に一言。

 「あなたには愛情は溢れるほどあります。
  足りないのはお子さんへの信頼です。
  あなたのお子さんは必ず自分の力で良くなります。
  それを無条件に信じ抜いてください。
  本当に信じるとは任せきることです。
  これはお子さんのミッションではなく
  あなたの『信じる』というミッションです。」
   

 

 
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2017年04月27日

長谷川満の「見方が変わる相談室」のチラシが出来上がりました!


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 不登校、発達障害の悩みには
    長谷川満の『見方が変わる相談室』


 〜問題の見方が変われば、接し方が変わります。
  その受容的な接し方が自己成長力を引き出します〜


 子どもが不登校になると、先生からは「少しでも学校に来れるように」と様々な働きかけがあります。親もなんとか学校に行かせようと説得したり、叱ったり・・。
 そうして登校するようにプレッシャーをかければかけるほど、子どもの不登校は悪化してしまいます。それはうつ病患者を叱咤激励するようなもの。悪化するのは当然です。

 それは発達障害の子どもにも言えることです。
 親がそこを直そう、直そうとすることによって、実はその特性の悪い面を悪化させてしまっているのです。

 「子どもを変えようとするのではなく、子どもへの見方を変える」
 「直そうとするのではなく、今のその子のありのままを受け入れる」

 そういう受容的・肯定的な関わりが自己成長力を引き出し子どもを変えていきます。
 子どもにとって最大の環境は『親』です。その『親のあり方、関わり方』が変わることによって、子どもは自ら成長、健全、協調へと向かう自己成長力を発揮し、子ども自身の力で変わっていくのです。


         ー 長谷川満(56)のプロフィール ー
 30年以上専門職の家庭教師として不登校や発達障害など問題を抱えた子どもたちやその家庭を指導。現在、全国の自治体やPTA、教職員団体、幼稚園、小中学校で講演活動を行う。
 「いい親になろうとせず、いい子に育てようとせず、ありのままの子育てが子どもを伸ばす」と『無為の子育て』を提唱。3人の子どもの父親。 


< 相談内容 > 不登校、発達障害、いじめ、学習など子どもの問題
< 相談料金 > 30分 3240円(税込) *10分延長につき1080円
 *電話相談も受け付けています。料金は同じです。
< お問い合わせ・お申し込み >
 家庭教師システム学院(079)422−8028 10時〜19時(日祝休み)
 メール:ksg@gc5.so-net.ne.jp  *相談は日曜日、祝日もやっています。
 まずは電話かメールで相談日時の予約を取ってください。
< 場所 > 兵庫県加古川市加古川町木村44−6 亀井ビル3階 


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2017年04月21日

テストで10〜20点台だった生徒が全科目48点以上に伸びた理由


 僕がK君の家庭教師を始めたのは1年半前の1年生2学期からでした。

 その頃のK君のテストの点数は英語、数学をはじめどの科目も10点台か20点台。

 もちろん通知簿はほぼオール2。

 公立高校は難しい状態でした。

 勉強は全然やる気はなかったけれどとても礼儀正しい、「はい!」と元気よく返事をしてくれる生徒でした。

 でも礼儀正しい分、まだ僕には心を開いてくれていない感じでした。

 生徒のやる気を引き出すためにはまず生徒との間になんでも話せる『あたたかくて信頼し合える関係』を築くことが大切です。

 なんでも話せるほど信頼できて大好きな先生に習えば誰だってやる気になるでしょ。

 みなさんも小中学校できっとそういうことを経験されていると思います。

 そこで僕は彼にとって何でも相談できる親友のような家庭教師になろうと努めました。

 積極的に宿題を手伝う。

 積極的にテスト勉強を手伝う。

 彼のいいところ、頑張っているところをお母さんに伝える。


 とにかく彼が「助かる」と感じるような指導を心がけました。

 そして成績向上を望むお母さんの役に立ちたいのではなく、僕は「楽していい成績を取りたい」キミの味方なんだと言葉でも態度でも示し続けました。

 2年生になると少しづつ彼は勉強以外のこと、部活のことや今はまっているゲームのこと、好きな音楽や映画のこと、そういうプライベートなことを話してくれるようになりました。

 それと並行するかのように勉強に対しても少しづつ積極性が見られるようになりました。

 少しづつ、少しづつテストの点数も成績も学校の先生からの評価も上がっていきました。


 そして昨日、中3になったK君の4月の実力テストの結果が出ました。

 最高点は社会の67点。

 最低点は数学の48点。

 国語、英語、理科は全部50点台でした。


 よく頑張りました!

 1年生の頃は10点台、20点台だったのに・・、

 本当によく頑張りました。

 彼は今、自分の夢の実現のために行きたい高校があって、目標を持って勉強に取り組んでいます。

 
 僕は彼に対して一度も「やる気を出せ」と言ったことがありません。

 僕がしたのは彼が勉強面で助かると感じる手助けと「なんでも話せる信頼関係」を築くことでした。

 つまりやる気になるような精神的環境を整えるということです。

 あとは彼がやる気になってくれるのを信じて待つ。

 どこまでも信じて待つ。

 どんな時でもいい関わりを根気強く続ける。


 僕は生徒のやる気スイッチは押しません。

 やる気スイッチを押すのはその子自身です。

 そうであってこそ、そのやる気は本物となるし、

 その努力する心もその子自身の力となります。



 それが僕がいつも理想とする指導であり、

 僕はいつもその理想を持って家庭教師をしています。


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2017年04月17日

人の目を気にする自分を変えたい、怒りをコントロールできる自分になりたいという悩みに答える


 先日、25年以上前の教え子(42)が悩みの相談に来ました。

 「自分を変えたいんです。どうしたらいいですか?」と。

 話をよ〜く聞いてみると「自分は人の目が気になって仕方がない。会社では言うことも言えず、ストレスもたまるし、不自由で仕方がない。それで溜まったストレスを発散するように家で妻に激しく愚痴ったり、癇癪を起こしたり、自分の怒りをコントロールできないんです。どうしたらいいですか?」ということでした。

 「大丈夫。変えられるよ。」

 「え?変えられますか?」

 「うん。君が本気で自分を変えたいと思って、そのように覚悟を決めて、そのように行動すれば変えられるよ。例えば、ここに太った人がいたとして、その人が自分を変えたいと一大決心をして、運動をして、食事制限をしたら誰でも痩せられると思わへんか。」

 「はい。思います。」

 「それと一緒や。みんな絶対痩せられるねん。でも、痩せられへん人はず〜っと色んな言い訳してるやろ。結局、本気で痩せる気ないねん。でも、本気になったらみんな絶対痩せられる。そう思わへんか?」

 「そう思います。」

 「だから、君が本気で自分を変えたいと思うなら、絶対変われるよ。ところで、どう変わりたいの?」

 「やっぱり、家に帰って妻に八つ当たりしたり、癇癪起こしたりするのはやめたいです。」

 「なるほど。怒り出すと自分でも止められなくなるから、そこをコントロールしたい?てことかな?」

 「はい、そうです。」

 「怒りっていうのはさあ、一人ひとりが『こうすべき、こうあるべき』ていう常識というか、自分独自の価値観を持っていてな、その自分独自の価値観に反することをする奴がいたりすると腹が立つわけ。

 だから、『こうすべき』ていうものが多い人ほどよく怒る。
 常識的で頭が硬い人ほどよく怒る。
 だから、この『こうすべき、こうあるべき』というのを自分の頭の中から無くせばなくすほど腹が立つことが減るってことや。

 怒るってことは自分の価値観がその人とかその出来事とかその言動に反応してるわけ。
 だから腹が立ったら『自分はどうすべき』と考えているんだろうかと自分独自の価値観がどこにあるんだろうとそれを探索する。
 そうして『こうあるべき』と考えているから腹が立ったんだとわかったら、その価値観、考え方が今の自分にとってメリットが多いのかデメリットが多いのかを冷静に考えてみる。

 例えるなら価値観の『断捨離』やね。その価値観があるから腹が立つことが多いのなら捨てたらいいのね。
 『断捨離』のように声に出して『絶対に〇〇すべきなんてことはこの世にはありません。〇〇すべきは人間が勝手に作りだしたこと、自然界には存在しません。今〇〇すべきは私には不要になりました。だから〇〇すべきを私は捨てます。ポイ!』

 ポイ!まで言わなあかんで。
 それで自分の心から怒りの元を少しずつ減らしていく。
 そうすると腹が立つことが本当に減っていく。」


 「ふ〜ん・・、なるほど・・。我慢するのではなく、怒りの元になっている自分の価値観を手放していくということですね。」

 「そう!その通り!
 僕はそのことに10年以上前に気がついてそのようにしたんや。
 そうしたら本当に腹が立つこと減ったで。
 精神衛生上ええで。

 でもな、それでも腹が立つことはあるわ。
 まだまだ『こうすべき』と思っていることが多いんやと思うわ。
 ほんまはこの世に『こうすべき』なんてないんやろうけどな。
 人間が勝手に善とか正義とか決めてるけど自然界には善も正義もないもんなあ。

 人間てさあ、大人になっていく過程でさあ、
 自分なりの世渡り戦術というか、
 こう生きていけばいいんやとか身につけるやん、常識も含めて。
 誠実であるとか、正直であるとかも含めて。
 努力で乗りこえろとか、辛抱しろとかも含めて。

 それで今まで生きてきたわけやし、それはそれで役にも立ったわけやけど、
 年齢を重ねたり、また違う問題に出会ったりした時にそれが邪魔になるというか、足かせになったりもするわけや。
 だから、価値観は常にアップロードが必要になるんちゃうかなあ。
 不要になった価値観はどんどん捨てていかなアカン。
 そんな風に思うなあ。」


 「わかりました。
  ところで実は社内のある資格試験に合格したのですが・・」

 「どんな試験なん?」

 「マネージャーに昇格する試験なんですけど、それでその試験には絶対受かってみせる!みたいに気合い入って頑張ってたんです。でも、いざ受かってみて、本当にマネージャーになってみんなを管理する立場に立つことが現実になってくるとだんだん自信なくなってきて・・。もうすぐ辞令が出ると思うんですけど断ろうかなあ、なんて思っていまして・・。」

 「なるほど・・。
  昔、君さあ、ソフトボールの試合でチャンスで俺に打席回ってこい、て思うんですけど、
  いざ本当にそんなチャンスが回ってきたら怖くて逃げ出したくなるって言ってたよな。」


 「はい、言ってました。」

 「ということは、マネージャーの辞令を断るってことはいつものパターンってことにならへんか。
  それだったら何にも君変わってないということにならへんか?」


 「違うんです、先生。
  今までの僕は何か頼まれてもいつも『イヤ』と言うことができなかったんです。
  だから辞令を断ることがいつもの自分を変えることになると思うんです。」

 「俺はそうは思わへんなあ。
  そういうのを『エゴの罠、エゴのごまかし、エゴの正当化』て言うねん。
  変わりたくない自分、つまりエゴが自分の心の中にいて、
  うまい言い訳を自分で作って、
  変わらないでいようとしているように思うなあ。」


 「いや、本当に違うんです。
  僕はいつも断れずにいたんです。
  だから断るという選択をすることが自分を変えるということだと思うんです。」

 「じゃあ聞くけど。
  自分にとってマネージャーになって責任を負わされて、
  みんなをまとめていかなアカンようになって、
  自分の管理職としての力量を試される立場に立つ方が楽か、
  それともマネージャーの辞令を断る方が楽か、
  どちらが楽や?」


 「そりゃあ、断る方が楽です。」

 「そこよ、そこ。
  君は怖がってんのよ。
  自分が試されて、もし自分に能力がないことがみんなにバレて、
  なんや、あいつやっぱり力ないやん、みたいに思われるのが、
  死ぬほど怖いんちゃうか?」


 「それは一番怖いです。
  無能やと・・みんなに思われて・・、
  それは耐えられへんほど怖いです。」

 「俺はさあ、君がそうなってもいいんちゃうかな、て思うねん。
  自分の無能さがバレてさあ。
  そうして、こう自分の弱さとかダメさとかが全部バレて、
  そうなんです。これが本当の僕なんですって開き直れたら、 
  それこそ自分が変われるチャンスになるんちゃうか。
  今までは人の目ばかり気にして、
  カッコばかりつけて、
  嫌われんようにして、
  言いたいことも言えへんかったわけやけど、
  もう全部バレてしもて、
  もうカッコつける必要がなくなってしまったら、
  その時こそ本当にありのままの自分で生きていける、
  そんな自分に変われる契機になるんちゃうかな。」

  
 「う〜ん・・。それは自分にとってすっごいキツいことですけどね。」

 「そやろなあ・・。
  無能さがバレて面目を失う。
  それを一番恐れてたんやからなあ・・。
  でも失敗するとは限ってないで。
  君は以外と高い能力持ってるからなあ。
  今まで人の目ばかり気にしてたから、
  その能力が全開になってないだけで、
  なりふり構わず一生懸命やったら
  意外とうまくいくんちゃうかな。
  あ、ええこと教えといてあげるわ。
  人をマネージメントする時には、
  自分の思うように動かそうなんて思ったらアカンで。
  一人ひとりの良いところを認めて、高く評価して、
  〇〇さんがいてくれるから、〇〇さんのお陰と感謝するねん。
  間違うてもマネージメントしようとか管理しようとか
  そういう不遜な思いを持ったらあかんで。
  気持ちよく働いてもらうにはどうしたらええやろ、と
  その人の助けになるにはどうしたらええやろと
  そういう気持ちでマネージャーしたらいいねん。
  素直、謙虚、感謝や。
  そうしたら管理職も務まるわ。」

  
 「なるほど。でも・・。」

 「俺はな、どっちでもいいねん。
  自分の思うようにしたらいいねんで。
  君がマネージャーを受けようが、断ろうが、
  どっちにしたって君の味方や。」


 「そう言ってもらえたら、すごく嬉しいです。」

 「自分を変えるというのは、口で言うほど簡単なことではない。
  なんかこう生まれ変わるような、すっごく大変なことなんやと思う。
  でもな、人生には1回か2回、マイナーチェンジではなく
  フルモデルチェンジが必要な時があるねん。
  君にとってそれが今なのかもしれへんなあ・・。」


 「フルモデルチェンジ・・ですか・・。」

 「うん。
  とにかく自分で決めて、自分で前に進むしかない。」


 「はい。」

 「どっちにしても応援してるからね。」
  
 「ありがとうございます。」



 そう言って彼は帰って行きました。
 
  
  
  
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2017年04月11日

子どもが生きていく上で一番大切なのは『自信』だ。


 今指導している中3で不登校のA君と僕はある計画を立てています。

 それは「1学期中間テスト、数学で70点以上取る!」

 3月から週1回で彼の指導を始めました。

 中1から不登校だったので、中1で習う数学の基礎「正の数、負の数」から教え始めました。

 教えてみると飲み込みは悪くありません。

 本人も「わかる、わかる」「できる、できる」という感触を得て、

 回を重ねるごとにやる気が出てきました。

 「先生が宿題出してくれるから助かります。」

 そんなことまで言ってくれるようになりました。

 3回目の指導の時に

 「この調子やったら、3年生の中間テストで70点以上取れるかも」

 僕がそう話すと嬉しそうに「頑張ります!」て答えてくれました。

 先日、お母さんと電話で話す機会があった際、

 「息子は家庭教師の日を楽しみにしています。」

 なんて嬉しいことを教えてくださいました。

 今日が指導を開始して6回目の指導だったのですが、

 「1、2年の『式の計算』も終わりかけやから、次からは3年生の内容に入れるで。」と声をかけたら、

 「やったー。よし!」と笑顔で答えてくれました。

 指導を開始するまではどちらかというと気力とか希望とかと無縁な感じだったけど、最近は気力も希望も感じられるようになってきました。

 


 数学は積み重ねの科目ではあるのですが、
 「数式の計算」「方程式」「関数」「図形」「確率」
 とそれぞれに独立しているので、
 1、2年の「数式」だけの復習であれば6、7回で取り戻せたりするのです。

 そうすると、中1からずーっと不登校で勉強してこなかった生徒でも、
 3月から指導を始めて、5月の1学期中間テストで70点以上取ることも
 不可能ではありません。




 別にいい点数を取ることが目的ではありません。

 自信を持って欲しいのです。

 「やったら出来る!」という自信が前向きに生きる原動力になるからです。

 子どもを育てる上で一番大切なのは、この『自信』です。

 「自分はやれる!自分ならやれる!」

 そういう自信から積極性も主体性も生まれます。

 だから僕は家庭教師としてどの生徒にも自信をつけてやりたいのです。

 勉強が出来ようが出来まいが、

 学校に行っていようが行っていまいが、

 「君は必ず出来るようになるで。」

 「君には力があるで。」

 「君は素晴らしいで。」

 「君にはいっぱい良い所あるで。」

 そういう認める言葉、褒める言葉、勇気づける言葉で

 『自分なら出来る!』

 そう思ってもらいたいのです。

 そのためには「点数を取らせる指導」技術も必要ですが、やる気を引き出す言葉がけも大切です。
 
 でも、その言葉がけは「あたたかくて信頼し合える関係」があってこそのものであって、そういう先生と生徒との信頼関係を築くこともしないで言葉だけいいことを言ったとしても、それは子どもには伝わらないし、ちっともやる気にもなってくれません。

 いい家庭教師指導のためには次の3つが必要です。

 1、優れた指導技術や豊富な指導経験

 2、やる気にさせる言葉がけ

 3、あたたかくて信頼し合える関係


 
 家庭教師システム学院には上の3つの条件が揃った家庭教師がいます。
 (加古川市、高砂市、加古郡 限定)

 < お問い合わせ >

 家庭教師システム学院 
 (079)422−8028(10時~19時 日祝休み)
 メール:ksg@gc5.so-net.ne.jp

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 入会金 21,600円
 月謝  19,440円(月4回:90分)から


 *小中高とも同一料金です。
 
 

 
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2017年04月10日

「長谷川満の見方が変わる相談室」始めました。 10分1080円。


 子どもが発達障害ではないかと不安になっているが、どこに相談していいかわからない。

 子どもが不登校で、どうしたらいいかわからない。

 子どもがいくら注意しても宿題をしないが、どうすればいいのか。

 子どもの勉強のこと、受験のことが不安で、誰に相談したらいいかわからない。



 そんな教育についてのお悩みをご自身の今のお気持ちとともにお聞かせください。
 30年以上家庭教師として不登校や発達障害、非行など様々な子どもやそのご家庭と関わってきた長谷川満が1対1でじっくりお話を聞かせていただきます。

 お話をお聞きした上で、どのような見方に変えていけば悩みの解決につながるのかをアドバイスさせていただきます。

 発達障害にしろ、不登校にしろ、その悩みの解決・改善には「行き詰まっている今の物の見方」の転換が必要です。その転換ができるようになると、心が楽になり、子どもへの接し方が変わり、その結果として親子関係が変わってきます。

 子どもの問題や悩みの場合、親はどうしても子どもを「直そう」として管理や強制を行い、子どもはそれに反抗するという関係になりがちです。苦しんでいる子どもの味方になって支援すべき親が子どもの敵になってしまっているところに問題を長期化、深刻化させてしまう原因があります。

 まずはここを改善する必要があります。
 つまり今の物の見方を転換し、親子関係を「あたたかくて信頼し合える関係」に改善することにより、子どもの自己成長力を引き出し、子どもが自らの力でそれらの問題を乗り越えていけるように援助する親になるということです。


 また、子どもの問題で悩まれている方の中には、間違った思い込みを持っておられる方がおられます。

 例えばお子様に発達障害傾向があり、勉強をしないでゲームやパソコン、スマホをしたがる。依存症になるのが心配で30分しかさせていないといったケース。
 
 発達障害傾向のある子は視覚優位の子が多く、耳から入る言語情報を理解するのは苦手だが、一目でわかる視覚情報であれば理解するのが得意な子が多いのです。こういう子の場合、視覚情報の多いパソコンやスマホを利用して楽しく勉強した方が伸びます。ゲームも1日2時間以内であればさせても大丈夫です。

 この場合「ゲームは良くない」「ネット依存にならないように」という一般的に正しいとされる思い込みを解除し、ゲームも2時間してもいいんだと見方を変えると、親もすごく楽になるし、子どもとの関係も良くなっていきます。

 不登校でも同じようなことが言えます。
 「昼夜が逆転しないように」といった思い込みがあるために苦しんでいる親御様も多くおられます。
 一般的には正しいのですが、時と場合によってはそこにこだわらない方がうまくいくケースもあります。

 このように一般論としては正しいとされている思い込みに縛られて、問題の解決を自ら難しくしてしまっている親御様はたくさんおられます。そしてほとんどの方がそのことに気がついておられません。

 そういう方々のお力になりたいと考えております。

            ー 長谷川満からご挨拶 ー

 子どもの問題の背景には、親の不仲や嫁姑問題が隠れていることがあります。
 また親自身の生き方、価値観が子どもの問題として現れていることもあります。
 子どもの問題だとばかり思っていたところが実は自分の問題であった。
 子どもがそれを身を以て教えてくれていたんだ。
 子どもって本当にありがたいなあ・・
 そんなふうに思えたらもう問題の解決も近いです。
 私は単に「こうすれば良くなる」といった処方箋をお出しするのではなく、
 その問題は一体何を伝えようとしているのか、
 その問題はどのように成長することで解決の方向へ動いていくのか
 それらを一緒に考えていく水先案内人でありたいと思っています。
 子どもを育てる中で時に、真っ暗な海で遭難したような心細さに襲われることもあるでしょう。
 そんな時に「大丈夫。こっちだよ。」と声をかけて安心させてあげたい。
 それは気休めではなく専門家としての知見に基づいてアドバイスしたい。
 間違った思い込みから解放し、適切に子どもに関われるようにアドバイスしたい。
 そうして皆さんのお力になりたいと考えております。



     < 相談内容 >

   不登校、発達障害、いじめなど子どもの問題。
   勉強に関する相談も受け付けています。


     < 相談料金 >

    30分 3240円 *10分単位で延長可(10分延長につき1080円)
    *電話相談も受け付けています。料金は同じです。

 お問い合わせ・お申し込みは
 家庭教師システム学院 (079)422−8028 10時〜19時(日祝休み)
 メール:ksg@gc5.so-net.ne.jp
 相談は日曜日、祝日もやっています。
 まずは電話かメールで相談日時の予約を取ってください。

 場所:兵庫県加古川市加古川町木村44−6 亀井ビル3階 家庭教師システム学院

 
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2017年04月03日

子育ては禅問答。師匠は子ども、親は弟子。


 禅宗では、弟子に悟りを得させるために時に『公案』というものを授けます。

 この公案というものは
 「父母が生まれる以前、お前自身はどこにおったのじゃ?」
 という答えようのない不合理な問題を師匠から与えられ、
 弟子はこの公案を解くべく座禅をします。
 そして、その自らの見解(答え)を師匠に示さねばなりません。
 これを参禅と言います。
 参禅は師匠と1対1で向き合い、問答を通してその見解を示すのですが、
 大抵はその浅はかな見解はきっぱりとはねつけられます。

 例えば師匠が弟子の面前で急に大きな拍手をします。

 「右手か左手か、どちらが鳴った?」

 「左」と言えば「このたわけが!」と面罵され、

 「右」と言えば「馬鹿者!」と一喝され、

 「右手と左手がぶつかることによって音が出ます」と言おうものなら
 「お前はそれでも修行者か!」と蹴り倒され、

 とにかく何を言ってもダメで、罵倒されるわ、蹴り倒されるわ、修行者はだんだん窮地に追い詰められます。
 何を言ってもはねつけられ、面罵されるので、修行者はだんだんと参禅することが苦痛になってきます。
 しまいにはどうしても参禅したくないものですから、自室に引きこもろうとしますが、他の修行者に引っ張り出され、師匠の部屋に放り込まれます。

 この公案にはもともと合理的な答えなどありません。
 しかしこの公案に知性ではなく、全身全霊で取り組むことによって、絶体絶命の窮地に追い込まれることによって、「破られるもの」があるのです。迷いが破られ、悟りを開くというような何かがそこにあります。
 それは死ぬか生きるか、ギリギリの所まで追い込まれて「大死一番」崖から飛び降りるような心境、そのようなところをくぐり抜けたところに開かれる心境。それは一つの生まれ変わりと言ってもいいのかもしれません。

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 そういったものを得るために禅僧たちは公案を授けられ、必死でそれに取り組むのです。

 僕は子育てにおける問題というのは、この公案と一緒ではないかと思うのです。

 不登校にしろ、他の問題にしろ、時に子どもの問題はそれを解決できるような合理的な方法なんてないように思える時があるのです。
 もちろん一部の問題は、適切な対処によってうまくいくこともあるでしょう。
 でも、親御さんが本当に悩まれている時、いろいろと試してもうまくいかなかった時、
 これは本当に公案と同じなんですね。

 不登校になっている子どもが師匠なんです。
 親は修行者で、いろいろと自分の答え(不登校に対する様々な対処)を示しますが、
 どれもはねつけられます。
 頭で考えたような答えではなく、もっと全身全霊で以って「これが私だ」というものを出さなければなりません。
 窮地に追い詰められてギリギリの中で自分の真実を出さなければなりません。
 それは一体どういうことなのか?
 それは誰かが言葉で教えられるものではありません。
 
 「もう、学校に行かなくてもいいよ」
 という一言かもしれない。
 
 でも、それを言えば不登校が治るというものではないし、そういう気持ちで伝えたところで師匠には一発で見抜かれて「喝!」が飛んでくるに違いありません。

 この公案を以って修行することで、私たちは親としても人間としても磨かれ、気づき、成長していくのだと思います。

 思えば人生で出会う問題はどれも合理的な答えなどなく、「さあ、本当のお前を出してみよ」と公案を授けられているのかもしれません。

 
 

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発達障害傾向のある子どもたちの現状とその適切な対応と指導について


  「ひょっとしてうちの子、発達障害かも?」

 そんな不安を抱えておられるお母さん方は思いのほか多いのではないでしょうか。

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 現在、全国の公立小中学校の通常学級で、学習面または行動面で著しい困難があり、発達障害の可能性のある児童生徒は実に全体の6.5%にも上っています。(平成24年度文部科学省調査)
 
 詳しく見ていきますと、低学年ほどその割合は高く小学1年生では9.8%、男女別では男子が9.3%と女子の約2.6倍、学習面または行動面で著しい困難があると見られています。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 発達障害にも色々ありますが、学校場面で問題となるのは大きく分けて次の2つです。

 1つは「じっとしていられない、衝動的に行動する、すぐに手が出る」といった行動面での問題です。

 もう1つは「学習意欲が低い、集中力がない、人の話が聴けない、理解できない」といった意欲や学習面における問題です。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 では具体的にはどうしていけばいいのか?
 私は家庭教師としてとこれらの子どもたちと関わるときには次の3つのことを心がけています。

   1、強制的にやらせない。その子を理解・尊重し援助的に関わる。
   2、ダメな所を直そうとするのではなく良い所を見て褒める。
   3、簡単な問題から始めてわかる楽しさを体験してもらう。



 小中学校に通う発達障害の子どもたちの現状とその適切な対応や指導についてネットニュースJIJICOに詳しく書かせていただきました。
 ぜひご覧ください。

 http://jijico.mbp-japan.com/2017/04/02/articles22888.html




posted by 長谷川 at 12:41| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

禅と子育て


 禅とは何か?

 それは本当の私とは何か、それをつかむことです。

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 「あなたは誰ですか?」

 その問いに名前で答える、職業で答える、父親、母親、役割で答える。
 でも、それこそが「あなた」ですか、と問われれば答えに窮してしまいます。

 「あなたは誰ですか?」

 これが私ですと自分の体を指さす人もいるでしょう。
 でも、この体が本当に私だと言えるでしょうか。
 私たちの心臓は休むことなく鼓動を続けていますが、決して私たちが動かしているのではありません。
 呼吸作用も消化作用も私たちの思う通りにはなりません。
 私たちのこの体は、決して私たちの自由になるものではありません。
 そういう風に考えると、
 この体は私のものだということすら疑問に思えてきます。

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 では、心はどうでしょうか?

 心こそ「私」なのでしょうか。

 自分の意に反して、明るくプラス思考でいこうと思っているのに悲観的に考えマイナス思考になったり、気にしないでおこうと思ってもず〜っと気になったり、怒らないでおこうと思っても怒ってしまったり、落ち込んだり、不安になったり・・。
 自分の心さえも自分の思うようになりません。

 この思うようにならない我が心は果たして「私」と言えるのでしょうか。
 本当に私のものと言えるのでしょうか。

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 自分の体も自分の思うようにはならない。
 自分の心も自分の思うようにはならない。

 だったら自分の子どもがどうして自分の思うようになるだろうか?

 なのに私たち親は子どもが思うようにならないと悩み苦しみます。

 それは冬が寒すぎるとか、夏が暑すぎると悩むようなものかもしれません。
 春になって花粉がいっぱい舞っていると悩むようなものかもしれません。
 台風が来る、台風が来ると悩むようなものかもしれません。

 自然は人間の思うようにはなりません。

 子どもも決して親の思うようにはなりません。

 子育ての悩みのうち、いくつかは悩む必要のない、自然なことだったり、台風みたいな避けようのないことだったりするのかもしれません。
 
 
 
posted by 長谷川 at 14:09| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月24日

詩 「 星の光があなたを見守っている 」


 天国に行ったらね

 みんなお星さまになるの

 どうしてか、わかる?

 星空を見るためには

 顔を上げなければならないでしょ

 それは天国に行った人が

 いつまでもうつむいていないで

 「さあ、顔を上げて」と願っているからなのよ

 そして

 あなたがその星を見つけたとき

 たましいが星の光に変わるように

 後悔や悲しみも

 感謝と生きる勇気へと変わるのよ

                   by はせがわみつる


posted by 長谷川 at 11:50| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする