2018年05月25日

子どもが悩み苦しんでいる時に親に何ができるだろう


 これは今から3年半ほど前にブログのコメント欄に寄せられたご相談です。


いつも 拝見しております 。
先生にお聞きしたいことがあります。助けて下さい。
息子が 今 高校野球部で 仲間から 避けられていると 打ち明けてきました。
なんとなく元気がなく帰ってくることもあり 気にはなっていたのですが
入部してから 少ししてからずっとのようです。
遊びに行くという話も 息子に聞こえるように意地悪くいいながら
行きたいと言っても 嘘をついてメンバーに入れてもらえず、
話をしても ほとんど 無視されると 自分が今下手だからだ と
そんな下手な息子ではないのですが 精神的に追われて
今全く打てなくなっているようです。
涙を流す 息子をみて そんな 仲間を思いやる気持ちが
一人もないような野球部なんか やめたらと 話したのですが
やめたらその後なんて言われるかわからないと
だから やめないといいます。
他の親に状況の話をそっときいてみようか とも思いますが
親としてこのまま続くようなら どうすればいいか 教えて下さいませんか?
高校生だけに どうすればいいか 本当に悩んでいます 。
よろしくお願いします。

Posted by ちいまま at 2014年11月15日 22:49




ちいままさん

息子さんもお母さんに話ができて、少しは精神的には楽になられたんではないでしょうか。
親としてはなんとかしてやりたい。
しかし、何ができるのでしょう。
何かすることによって、思いがけないマイナスの結果を招きかねません。
他の親御さんにそっと聞くのは今少しお待ちになられたらいかがでしょう。息子さんに黙って何かするのは、何か息子さんを信じていないような裏切っているような気がするのです。
親としてどうすればいいのでしょう、とお尋ねですが、何もしてあげられないというのが本当ではないでしょうか。
子どもが苦しんでいるそばで何もしてあげられずに黙って見守るしかない。
こんなに苦しい、つらいことはありません。
何を言っても、何をしても結果子どもを苦しめてしまうことになるときがあります。
子どもを信じて任せるしかない。
子どもが話したい時に聴く。
子どもが好きなものを作ってあげる。
家ではゆっくりのんびりさせてあげる。
詮索しない。
もし、僕が息子さんの立場だったらそれが一番有難いように思います。
自分のつらい苦しい気持ちを解消することなく、そこにとどまる。子どもの前で苦しい顔をせずに。

これが僕の考えです。
親の信実とは僕にとってそういうことです。

信実は一つではありません。

僕の言う通りではなく、ちいままさんの信実とは何かが問われています。

Posted by 長谷川 at 2014年11月16日 00:22




先生 ありがとうございました。
先生のおっしゃる通り やめないと 言う 息子をもう少し見守ろうと思います。
色んなエスカレートした 事態に陥った時 には 一緒に考えたいと思います。
悪い事も いい事も 合わせなければ 集団の中でやっていけない事を学んでいるようです。
何だか 親としてはせつないです。
人には優しく 悪い事は人がやっていてもしない。
そう 育ててきただけに 本当にせつないです。
先生 ありがとうございました。

Posted by ちいママ at 2014年11月16日 09:47




ちいママさん

こういうことがあって親の愛情を感じたり、絆が深まったりするのかもしれませんね。
かえってこのことが子どもにとっても親にとっても「あってよかった」と思える日が来ます。
必ずよくなります。
応援しています。

Posted by 長谷川 at 2014年11月17日 14:21





 子どもが何かで悩み苦しんでいるなら、親である自分が何とかしてやりたいと思うのは当然です。
 そして、そのために行動を起こすことが正しい時もあれば、正しくない時もあります。
 そのあたりの判断は本当に難しいです。
 きっと何が正解とかではなく、親の生き様とか価値観とか人生観とかがそこで出るのだと思います。

 昔、「親父の会」という不登校のお子さんをお持ちのお父さんばかりの会に参加していたことがあって、その時学校でいじめられている息子さんに対して「やり返したらアカンで。やり返したらもっとやられるから。」とアドバイスしたというお父さんがいました。
 
 良くも悪くも子どもの問題に直面して、親は「人生における自分の態度や姿勢」をそこでまざまざと見ることになります。

 僕が3年半ほど前のこの時、このようにお答えしたのは、
 本当にその人のその苦しみがわかったら「何も言ってあげられない」のが本当であって、何か言ってあげられるうちは本当にはその人の苦しみがわかってないからではないかと感じていたからです。

 この子はやめたくてもやめられない・・。と感じているのかもしれない。
 やめたくない。と思っているのかもしれない。
 どちらかに決められないから苦しい。
 その苦しさが本当にわかったら何も言えなくなるというのが真実なんだろうと思います。

 夫婦間の問題でもそうですね。
 よく「離婚するか、そのまま我慢するか。どちらかでしょ。」という人がいますが、
 そのどちらにも決められないから悩み苦しんでいるんですね。
 そこをよく理解した上で話をじっくりと聞いてあげないと悩みの相談にはなりません。

 子どもが悩み苦しんでいる時に、親である自分が動いた方がいいと判断すれば動けばいい。
 でも、これは自分が動くことでかえって子どもを苦しめることになると思ったなら、あえて動くことはせず、子どもとともにその苦しみの中にとどまる。その苦しみは「共苦共悲」の慈悲の心です。本当の親の愛の心です。

 本当に難しい。
 正解がない。
 だからこそ、そこに親の信実が表れるのだと思います。

 子どもの問題ほど、親の信実が問われる時はありません。



 
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2018年05月23日

第5回参加型子育てパネルトークで「アドラー心理学の子育て」について語り合います



「すべての悩みは人間関係の悩みである」by アドラー


 人生を生きる上で人間関係ほど大切なものはありません。

 さて、子どもが大きくなって幸せな人間関係が築けるかどうか、それに最も影響を与えるのが親子関係です。

 そういう意味では「すべての人間関係の悩みは親子関係から始まる」と言っても過言ではないでしょう。

 前半は「アドラー心理学の子育て」について、4人のパネラーが親の立場や先生の立場から意見を述べあいます。
 後半は皆様からの質問を受けながら参加者全員で「アドラー心理学の子育て」について語り合います。

 
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 *加古川市教育委員会後援のイベントですので安心してご参加下さい。

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 <お問い合わせ、申し込み>  家庭教師システム学院
                (079)422−8028
                ksg@gc5.so-net.ne.jp
 


 < パネラーの紹介 >

 家庭教師システム学院 代表 長谷川満
30年以上多くの家庭教師を指導するとともに自らも家庭教師として子供の自信回復と意欲を引き出す学習指導を実践。不登校や発達障害の生徒も数多く指導。


 ほるぷ絵本館 代表 星野由香
2001年に加古川市平荘町に「ほるぷ絵本館」を設立後、わくわく創造アトリエを開き、主任講師として県内外の0歳〜6年生200名の子供達と芸術活動を行う。


 かわい音楽村 代表 河合宏之・輝織 夫妻
「音楽は人生を豊かにする」をモットーにチェロとピアノもレッスン・依頼演奏を行う。「音楽が楽しく好きになり自ら表現したいという気持ちが湧いてくる」指導を心がけている



 子ども達やその家庭と1対1で向き合ってきた家庭教師の経験から、絵画や音楽を通していかにイキイキとした子どもの姿や表現を引き出せるかという観点から、母親の立場から、父親の立場から、そして先生の立場から「アドラー心理学の子育て」について語り合い、私たち親はどのように子どもたちと接していけばいいのかを参加者全員で考えます。


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 日時)6月3日(日)午後2時〜3時30分(30分ほど延長あり)
 場所)加古川ウェルネスパーク(セミナールーム)
    http://strkstrss.jp/wellnesspark/access/
 参加費)1000円(中学生以下無料)です。お子様連れもOKです。

 お問い合わせ、申し込み)家庭教師システム学院
             (079)422−8028
              ksg@gc5.so-net.ne.jp

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2018年05月22日

兵庫県たつの市立小宅(おやけ)保育所での講演会


 今日は午前中、たつの市立小宅保育所まで講演しに行ってきました。
 テーマは「子どもが伸びる!自己肯定感を育てる親子関係のつくり方」
 聞いてくださるのは保護者の方約60名です。

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 今年の春から4歳になった孫が幼稚園に通いだしました。
 最初の1週間は「幼稚園に行かない」なんて登園渋りもあったのですが、最近は楽しく通えるようになったようです。

 幼稚園に通いだしてから、

 友達に譲れるようになりましたし、待てるようにもなりました。
 偏食もきつかったのですが、牛乳も飲めるようになりましたし、
 ブロッコリーも食べられるようになりました。
 自分から手も洗えるようになりました。

 とにかく、えらい成長しはったわけです。

 それと同時にえらい「甘えた」さんにもなりました。

 ママに抱っこやおんぶをねだる回数が増えました。
 泣いたり、駄々をこねることが増えました。

 皆さんのお子さんもそんなことないですか?
 保育所に通いだしてから急に「甘えた」さんになったとか、駄々をこねることが増えたとか。
 これはね、いいことなんです。
 そして大切なことですので、できる範囲でその「甘え」を受け止めてあげてください。
 
 これは子どもが急激に成長している時に起こる「退行」という現象なんですね。
 「退行」というのはわかりやすく言うと「赤ちゃん返り」です。

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 この「退行」、つまり子どもの「甘え」や駄々を受け入れてあげる。
 そうすると子どもは順調に健やかに成長していけるのです。

 成長する時というのは、
 例えばその子の精神年齢が3歳だとしましょう。
 成長とは自分の精神年齢より上のことを頑張ってやっているということです。
 そうすると、その反動として「退行」(赤ちゃん返り)が起こってきます。
 
 そして、それを受け止めてあげることにより、
 子どもは甘えたい欲求を満たされ、安心し、安定し、
 成長するための勇気と元気をもらうことができるのです。

 子どもが親に素直に甘えられる。
 これは子育てにとって、とっても大切なことです。

 これだけはお伝えしたいと思いまして、最初にお話しさせていただきました。

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 日本には「七つまでは神のうち」という言葉があります。
 7歳までの子どもというのは人間よりも神様に近い存在だという意味です。
 そう言われてみれば子どもって時々すごい一言を言う時がありますね。
 今からお話しするのはそんなすごい一言を言ったお子さんのお話です。

 あるお母さんが3歳の子どもさんのトイレトレーニングをしてはったんやね。
 その子は大分しっかりしていて、言葉もはっきりしているし、トイレもすぐにできそうなんですけど、なかなか思うようにはいかなかったんですね。
 それである日、その子がまた失敗してしまった時にお母さんがこうおっしゃったんです。

 「なんでオシッコて言えへんの!上手におしゃべりできのに!その口は何のためについてるの!」

 その子は泣きながらこう言ったんです。

 「ママ・・」

 「えっ? ママが何!?」

 「ママって言うためについてるの・・」

 その言葉を聞いた途端、お母さんは頭が真っ白になり、涙が溢れてきたそうです。

 「そっかー、そっかー・・。ママって呼んでくれるためについているんだ・・」

 そのお母さんにとってその言葉は忘れられない言葉になったそうです。

 皆さんは今、そういう子どもたちの愛に包まれていらっしゃるんですね。

 子育てというのは子どもを育てているようで、親も子どもから育ててもらっているんですね。

 今、皆さんは子育てを通じて何を学んでいらっしゃるのでしょう?

 それは個人個人で違うでしょうけれど、共通した課題というのもあります。

 ここにおられる方全員、子育てを通じてこれを学ばれています。


 それは「待つ」ことです。


 では最初の資料「詩 しあわせになるれんしゅう」をご覧ください。

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 子育ては「待つ」練習なんですね。

 急いてはことを仕損じるって言うでしょ。

 人を育てるのが上手い人、名コーチや名監督はみんな「待つ」のが上手です。

 待てない人は運をつかむのも下手です。
 
 「残り物に福がある」て言うでしょ。

 だから物事を成就したり、幸せになりたいと思ったら「待つ」ことができないとダメですね。

 幸せになるために大切なことは3つあります。

 一つは「待つ」こと。二つ目が「許す」こと。三つ目が「笑う」ことです。

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 そのあと「自己肯定感を育てる親子関係のつくり方」として、

 ・幸せを受け取る(子どもの存在を喜ぶ)

 ・そのままを愛する(変えようとしない)

 ・弱さや欠点を受け入れる(許しあう)


 についてエピソードや具体例をもとにお話ししました。


 講演の最後にお一人お一人それぞれ違う詩をプレゼントしました。

 みなさん、大変熱心に聞いてくださいました。
 ありがとうございます。
 今日の講演会の感想等ありましたらコメントいただけるととても嬉しいです。
 またお会いできる日を楽しみにしています。



 
 こんなイベントもやっています。
 もしご興味がありましたらいらしてください。

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 詳しくはこちらを
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/459544076.html



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2018年05月21日

京都の烏丸ダイニング「プレミアム百」でお話会&懇親会します


 7月18日(水)19時から京都四条烏丸北へ約200m、烏丸ダイニング「プレミアム百」さんでお話会&懇親会をします。

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 テーマは「あなたも子どももそのままでいい 〜子どもを幸せに育てるための10の秘訣〜」


 「親学10か条」の資料をもとに30分ほどお話しする予定です。


      親学10か条

  1、子どもの自己成長力を信頼する。
   (信じて待つ)

  2、ありのままを愛する。
   (そのままのあなたが大好き)

  3、子どもを尊敬する。
   (もうすでにあなたは素晴らしい)

  4、子どもを親の思い通りに育てようとしない。
   (自然にお任せする)*子どもは親の作品ではない

  5、子どもの思い、ペース、自由を大切にする。
   (あなたはあなたのやりかたで、あなたのペースで)

  6、家族仲良くする。
   (許し合う、笑い合う、かたいことは言わない)

  7、子どもの話を聴く。
   (関心を持つ)

  8、子どもの存在を喜ぶ。
   (生まれてくれてありがとう)

  9、親が幸せである。
   (笑顔と感謝を持って暮らす)

  10、家をのんびりできる場所にする。
   (心が安らぐ居場所)



 
 
 そのあとが食事&お酒の懇親会です。
 食事だけなら2000円位、お酒を飲まれる方はプラス900円でビールの生中でも、ワインでも、チューハイでも、ハイボールでも、日本酒でも、焼酎でも3杯飲めますので飲まれる方も安心です。

 参加費もお食事代もすごくリーズナブルですので安心してご参加下さい。

 雰囲気はこんな感じです。

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 お問い合わせは、こちらのコメント、メール(ksg@gc5.so-net.ne.jp)、お電話(家庭教師システム学院:079−422−8028)にて受け付けています。参加申し込みもこちらで受け付けます。

 



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2018年05月19日

兵庫県たつの市立神岡保育所での講演会 


 今日はたつの市立神岡保育所で講演会がありました。
 聞いてくださるのは保護者の方約45名です。

 テーマは「子どもが伸びる!自己肯定感を育てる親子関係のつくり方」

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 今日は親が喜びや幸せをいっぱい感じながら子育てしていける。

 また子どもが喜びや幸せをいっぱい感じながら育っていける。

 そんな子育てについてお話しさせていただきます。


 では、資料をごらんください。

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 1、幸せを受け取る(子どもの存在を喜ぶ)ではこのようにお話ししました。

 親になりますとついつい子どもに何をしてやれるか、
 何を身につけさせてやれるかと『与える』ことばかりに目が行きがちですが、
 本当は子どもが持ってきてくれた愛や喜びや幸せを『受け取る』ことの方が
 何倍も大事なんじゃないかと思うんです。

 親はね、勘違いしてしまうんです。
 親が子どもを幸せにしてやらないとって思ってしまうんです。

 でも、逆なんですね。
 親が子どもを幸せにするんじゃないです。
 子どもが親にいっぱい幸せを与えてくれているんです。
 親は幸せをもらっている側なんですね。
 そしていっぱい幸せをもらったらいいんですね。
 なぜか?

 幸せな親が幸せな子どもを育てるからです。

 そうして子どもに幸せを返していったらいいんですね。
 
 自分という存在は親に喜びを与える存在なんだ。
 幸せを与える存在なんだ。
 そう思えること。
 それこそが自己肯定感であり、自信や意欲の基礎となるものです。

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 2、そのままを愛する(変えようとしない)ではこんなお話をしました。

 「そのままを愛する」とは、やんちゃな子はやんちゃな子のまま、引っ込み思案な子は引っ込み思案な子のまま、そのままを愛するということです。

 それは子どもを変えようとしないということです。

 そのままを愛するとは結婚式の「愛の誓い」、あれですね。

 「健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、喜びの時も悲しみの時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命のある限り、真心を込めて尽くすことを誓いますか。」

 こうして永遠の愛を誓うわけですが、「永遠の愛」なんてあるのでしょうか。

 あるんですね。

 親が子どもに対して持つ愛は一生変わりません。
 親は子どもを一生愛し続けます。

 だったら子どもが生まれた時にこう誓ってみたらどうでしょう。

 「健やかなる時も病める時も、いい子の時も悪い子の時も、言うこと聞く時も言うこと聞かない時も、この子を愛し、この子を敬い、この子を慰め、この子を助け、時期が来たら放してやり、その命のある限り、真心を込めて育てることを誓いますか。」

 その無条件の愛が子どもの意欲、向上心、生きる力を育てます。

 欠点もある、ダメなところもある、だけど自分は「そのままの自分で愛されている」
 そう思えることが子どもにとってどんなに嬉しくてどんなに幸せでどんなに自信がつくことでしょう。

 それが今の、そして未来の子どもの心を支えます。

 「そのままのあなたが大好き」

 これは親が子どもに贈ることができるプレゼントの中でも最高のプレゼントです。
 これこそが自己肯定感です。


 では、どのようにしてそれを伝えていけばいいのでしょう。

 今日はみなさんに紹介したい絵本があって持ってまいりました。

 「いいこってどんなこ?」という絵本です。

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 うさぎのバニー坊やがお母さんうさぎに尋ねます。
 「おかあさん、いい子ってどんな子?泣かないのがいい子なの?」

 お母さんうさぎは言います。
 「泣いたっていいのよ。」

 バニーはまた尋ねます。
 「でも、おこりんぼいい子じゃないよね。
  怒っている僕なんか嫌いでしょ?」

 お母さんうさぎは言います。
 「ぷんぷん怒っている時も、ニコニコ笑っている時も、
  お母さんはバニーが大好きよ。」

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 バニーはだまってしばらく考えました。
 「じゃあ、お母さんは僕がどんな子だったら一番嬉しい?」

 お母さんうさぎはにっこり笑って答えました。
 「バニーはバニーらしくしてくれるのが一番よ。
  だってお母さんは今のバニーが大好きなんですもの。」
  
 おしまい。

 そうするとお子さんはよ〜くわかっていて、ニコニコってお母さんを見つめます。

 お母さんもよ〜くわかっていて、もう一度最後のセリフをお子さんの名前に変えて読んであげます。
 「〇〇ちゃんは〇〇ちゃんらしくしてくれるのが一番よ。
  だってお母さんは今の〇〇ちゃんが大好きなんですもの。」

 そう言ってハグしてもらって、おでこにチュってしてもらって、ほっぺにもチュってしてもらって、笑顔で「おやすみ」て言われて眠る世界一幸せな子どもたちがいます。

 この絵本はあることで大変有名です。

 今のようにして読み聞かせるとおねしょがピタリと止まる「おねしょを止める魔法の絵本」と呼ばれています。

 子どもの問題の80%以上は愛情伝達不足で起こっております。
 愛情不足ではありません。
 愛情はあるのです。
 でもその愛情をちゃんと言葉やスキンシップで子どもに伝えているでしょうか。
 
 1日1回は「今のそのままのあなたが大好きよ」言葉とスキンシップで伝えてあげてください。

 そのあと「子どもからの3つのプレゼント」のお話しをしました。

 「愛する喜び」

 「愛される喜び」

 「愛する者どうしが共に暮らす喜び」

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 講演の最後にこのようにお話しをしました。

 子どもたちは何も子育ての上手なお母さんに育ててもらいたいのではありません。
 子どもたちはそのままのあなたに会いたくて、そのままのあなたに育ててもらいたくて、あなたのもとに生まれてきました。ですから、どうぞ欠点もあるがまま、そのままのあなたで育ててあげてください。

 
 そしてキロロの「未来へ」の曲と共にお一人お一人それぞれ違う詩をプレゼントしました。


 皆さん、熱心に聞いてくださいました。
 本当にありがとうございます。
 講演会に参加されてこのブログをご覧になられている方がおられましたら、講演の感想等コメントいただけたらとても嬉しいです。
 また皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。


 
 
 

 
posted by 長谷川 at 15:29| Comment(0) | 講演・セミナー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月11日

純粋な愛を知る


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 僕には今3人の孫がいます。
 
 おじいちゃんになって気づいたこと。

 孫は本当にかわいい。

 
 孫の嬉しそうな顔を見るだけで幸せな気持ちになります。
 
 一目だけでも会いたい時があります。

 会えなくても「楽しい毎日」を送ってくれることを心から願います。

 時々孫のことが気になります。

 孫が望むことはできる限り叶えてやりたいと思います。

 そして心から孫の幸せを願っています。


 この孫たちのためにこの世界を少しでも「いい世界」にしたい。
 なんて柄にもないことを思ったりもします。
 自分にとっては、孫への愛が「世界への愛」や「地球への愛」といった普遍的な愛の扉になっているのかもしれません。

 もちろん、孫に会う前から「愛」は知っていました。
 感じてもいました。
 妻や我が子への愛は十分に持っています。
 それは今も変わりません。

 でも、それは妻に対する、我が子に対する個人的な愛情です。
 孫への愛情のように、そこから「世界への愛」にはつながりません。

 妻に対する愛情には少なからず嫉妬や独占欲、その他様々な感情が入り込みます。
 我が子に対しても愛情ゆえの期待や心配、支配欲、そんな思いが入り込みます。

 孫に対しては所有意識が働かないせいか、(自分の子ではないので)
 愛情があってもある一定の距離感があって、
 そのおかげで愛情から派生する心配や支配欲に邪魔されずに
 純粋に愛することができているように感じます。

 純粋に相手の幸せを祈る。

 孫への愛にはエゴがありません。

 だからこそ普遍的な愛に通じているのでしょう。

 おじいちゃんになって、

 今更ながら本物の「愛」に目覚めています。

 
posted by 長谷川 at 16:23| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

人は退行しながら成長する 〜甘えを受けとめる大切さ〜


 昨日は次女がめいちゃん(4歳4ヶ月)とあずさちゃん(生後3ヶ月)を連れて遊びに来ました。
 
 どうやらめいちゃんが小野市にある「ひまわりの丘公園」に行きたいとのこと。

 その希望を叶えるべく、ジイジ(自分)、バアバ(妻)、次女、めいちゃん、あずさちゃんの5人で「ひまわりの丘公園」へ遊びに行きました。
 
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 めいちゃんはこの春から幼稚園に通いだし、その成長には著しいものがあります。

 順番が守れるようになった。
 お友達に譲ることができるようになった。
 牛乳が飲めるようになった。
 自分から手を洗うようになった。
 楽しく幼稚園に通えるようになった。

 素晴らしい!

 何より楽しく幼稚園に通ってくれていることがジイジとしては嬉しい限りです。

 そんな成長著しいめいちゃんではありますが、
 あずさちゃんが生まれてからは、
 よりママに甘えるようになりました。

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 ママから離れたくない。
 (ママが出産の際、離されたことで少し分離不安が出てました)

 ママに抱っこやおんぶをねだる回数が増えた。

 泣いたり、駄々をこねたりすることが増えた。


 

 ママから離れたくない気持ちが強かったので、
 幼稚園にちゃんと通えるかなあって心配していました。
 最初の1週間は「幼稚園、行かない」と行き渋ることもあったようですが、
 最近は幼稚園も楽しくなってきたようで、
 ちゃんとママに「バイバイ」と言えるようになってきたようです。

 ホッ。(まずは一安心)

 でも、きっとめいちゃんはめいちゃんで頑張っているんだと思います。

 そりゃあ、まだまだママと離れるのは不安だろうし、
 色々な精神的成長と僕らが捉えていること(お友達に譲る、苦手な牛乳を飲む 等)だって、
 めいちゃんなりに頑張っているんだと思います。

 よし!先生にもママにも褒められるいい子になるぞ!て。

 そうして4歳の子どもなりに頑張っている時というのは、
 わかりやすく言うと、
 無理して自分の精神年齢以上に大人になろうとしているということなんです。
 つまりその子の精神年齢が4歳だとすると、5歳児、6歳児のようになろうとしているということです。

 そこで子どもは多少なりとも無理をしているんです。

 ここを親はわかってやらなければなりません。

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 もう4歳だから出来て当たり前ではなくて、
 その子にとっては少し無理しないとできない、勇気のいることだったりするのです。

 そういう無理をして自分の精神年齢以上のことを自分でやろうとしている時には
 その反動で退行(赤ちゃん返り)が起こることがしばしばあります。
 それで子どもは心のバランスを取っているのですから、その甘えをちゃんと受け止めてあげる必要があるのです。


 精神的な成長のメカニズムは以下のように進むと僕は考えています。


 子どもの中に成長衝動(お友達と仲良く遊びたい)が起こる

          ↓

 我儘な心を抑えて順番を守る、友達に譲ることが必要になる
 (心にストレスがかかる)

          ↓
 
 我儘な心を抑えた反動として「甘えたい」衝動が起こる

          ↓

 「甘え」を受けとめてもらうことにより心が満たされ、また頑張れる


 そのうちに精神年齢がその行動(順番を守る、友達に譲る)に追いつき、
 ストレスなくその行動がとれるようになる。



 つまり、成長とはその反動としての退行(甘え)を伴いつつ進むので、
 親はその「甘えの欲求」を十分に満たしてあげることが
 子どもの成長を支えることにつながるということをしっかり理解しておく
 ということが大切です。

 残念ながらこのことはほとんど知られていません。

 頑張って講演で皆さんに伝えていきたいと思います。

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 さて、公園で目一杯遊んだ僕たちはお昼ご飯を食べに近くの回転ずしへ。
 駐車場に車を止めて、あずさちゃんをバギーに乗せてお店に行こうとすると、
 めいちゃんが「バギーに乗る」と言ってききません。
 すぐそこがお店の入り口なのですが泣いて訴えます。
 「じゃあ、わかった。めいちゃんが乗り。」
 ということで、めいちゃんはあずさちゃんが乗っていたバギーを奪い、
 ご機嫌でバギーに寝そべってお店に入りました。
 あずさちゃんはママが抱っこしました。

 お店を出る時もあずさちゃんを抱っこしているママにおんぶを要求。
 要求通りママがおんぶをして車まで来ました。
 車まで来たのでそこで降ろすと、
 めいちゃんはおんぶの状態のまま、チャイルドシートに乗せろと駄々をこねたので、
 もう一度おんぶしてチャイルドシートへ。
 車に乗ってしばらくすると寝ました。
 眠たかったのでグズっていたのでしょう。


 どれだけわがままやねん!
 アカン!自分の足で歩き!

 と言いそうになりますが、

 それだけ幼稚園で頑張っているということであり、
 それだけ急速に成長している証拠でもあるんですね。
 

 
 皆さんもお子さんが「えらい急に甘えたになったなあ」と感じられる時や「わがままがひどいなあ」と感じられる時は、お子さんが頑張って成長している時だと捉えて、その甘えの欲求をできる範囲で満たしてあげてください。

 子どもが小学校高学年になると「親に偉そうに言う」「親に暴言を吐く」ということもありますが、それも屈折した甘えの一種と捉えれば「これも成長している証拠、成長の最中なんだ」と大目に見てあげられる心境にもなれるのではないでしょうか。

 でも本当は、そんな屈折した甘えの表現をしなくてもいいように、小さい頃からちゃんと甘えさせてあげるのがいいと思います。


 
 

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2018年04月29日

ホリスティック教育の成田喜一郎さんと元奈良少年刑務所教官の竹下三隆さん


 昨日はホリスティック教育の成田喜一郎先生の講演会に参加するために奈良まで行ってきました。

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 講演まで時間があったので妻と一緒に奈良観光しました。

 「ならまち」という昔ながらの町家がある細い通りに面白いお店がいっぱいあってすごく楽しかったです。おすすめです。
 

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 昼食後、興福寺の国宝館で仏像をみました。


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 弥勒菩薩さまが唯識(世界は心が作っている)の教えを説かれていることを知りました。

 奈良公園にはやる気のない鹿ばかりいました。

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 講演の前に90分ほど、成田喜一郎先生と元奈良少年刑務所で教官をされていた臨床心理士の竹下三隆先生と3人でお話しする機会を主催の寮美千子さんが作ってくださいました。

 成田先生は謙虚でお人柄が素晴らしい先生でした。

 また竹下先生の奈良少年刑務所での実践に基づいたお話しはすごく説得力があり勉強になりました。
 そのうちの幾つかを紹介させていただきます。

 

 1、素直に甘えられる

 2、子どもらしくおられる

 3、自分の気持ちを素直に言える


 この3つは子どもが精神的に健康で自立した社会人になるために最も大切な事である。

 甘えらえない子は他者を支配したがる傾向がある。
 甘えられない子はアルコール依存やギャンブル依存等、依存症になりやすい傾向がある。
 支配も依存も甘えたい欲求が歪んだものと考えられる。

 子どもの時に「子どもらしく」いられることはとても重要である。
 だから、子どもに他者への「優しさ」の強要や「しっかりしなさい」等は言わないほうが良い。
 年齢相応の自己中心性や子どもっぽい甘えなどは、精神的な健全性を示すものでこれを尊重してあげる視点が大事。

 「さみしい」「悲しい」「つらい」「嬉しい」などの言語的感情表現ができることが大切。
 「ワー」とか「キャー」とか言葉以前の衝動的表現や泣くなどの非言語的感情表現も大切。
 素直な感情表現ができるためには安心感が必要。
 

 この3つの要素が揃っているのが「遊び」と「おしゃべり」である。
 だから子どもはたくさん「遊び」、「おしゃべり」する事が大事。

 つまり大人が無駄な時間と感じている時間こそが子どもにとっては必要で大切な時間である。

 犯罪を犯す少年たちは傷つきやすい子が多い。(甘えらえれていない、ありのままの自分を愛されている実感がない)
 傷つきやすいがゆえに自分の弱さを憎んでいる。
 自分の弱さを憎んでいるので、他者の弱さも憎む。
 他者の弱さを許せない。
 それがいじめや犯罪につながる。

 しつけが厳しいということは「許される」ことが少ないということ。
 「許される」ことを経験していないので、他者を「許す」ことが苦手。
 許せない人間が多くなり、人間関係に問題を抱えることになる。
 トラブルが多くなる。それが時に犯罪に発展する。
 犯罪を犯す少年の多くは厳しいしつけをされていることが多い。

 犯罪を起こしやすい人は人に頼ることが苦手で、なんでも自分で解決しようとする。
 「助けてほしい」が言えない。
 
 犯罪を起こさないためには、
 小さな迷惑をかけて、小さく世話になって、小さくキレることが大切。

 つまり「無理しない」「人に頼る」「ためこまない」ことが精神的な健康を保つことになる。
 ひいてはそれが子どもたちをいじめっ子や加害者にしないことにもつながる。


 
 
 竹下先生のお話しは、奈良少年刑務所で臨床心理士として少年たちと関わられた実体験からのものなので大変勉強になりました。
 
 竹下先生の子育てに関するお考えは2008年の京都学園大学臨床心理学セミナー「非行少年や犯罪者から学ぶ子ども時代に大切なこと」に詳しく書かれてあります。




 さて、成田先生の講演「詩は心の鍵 〜ホリスティック教育から見た社会性涵養プログラム〜」。
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 ホリスティック教育とは、わかりやすく言えば国語や数学、社会科や理科といった教科の垣根を取っ払い、学習した知識が頭(脳)だけにとどまらず、それが心(感情)にまで深化し、さらに行動変容にまでつなげようとする『生きた学習』のことです。

 その例として挙げられたのが「創作叙事詩」です。

 これは社会科で習うような歴史的事実を一つ取り上げ、それを元に子どもたちそれぞれが感じたことを詩に書くという学習実践です。

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 それは悲惨な絵だった−殷王の墓−
                 (中1男子)

 それは悲惨な絵だった
 王さま一人のために
 たくさんの人が死んでいた
 生き物も死んでいた
 王さまのために

 首を階段のそばにさらされて
 今にもうめき声が聞こえてきそうだった
 動物もたくさん死んでいた
 犬、猫、鳥の鳴き声が聞こえてきそうだった
 みんな王さまのためだった
 奥さんや子どものいる人もいるだろう
 しかし、死なねばならぬのだ
 王さまのために

 こんな世の中をだれが作った!
 そう言う人がいるかもしれない
 その答えに
 王さまがすべてわるい
 と言う人がいるだろう
 しかし
 そう言っている人も
 こんな世の中を作っているのかもしれない


 時をこえて今
 お金という王さまのために命をすてる人もいる*
 今も昔も同じだ
 いつになったら王さまのために命をすてる人が
 いなくなるのだろう
 そういう日は永久にこないのかもしれない



 
 「解題」

 初めての創作叙事詩作品(中1・Aくん)である。
 中国の古代文明の単元を終えたあと、生徒たちに「創作叙事詩」(学んだ事実+想像力→創作叙事詩)を書かせた。
 Aくんは、殷王朝の殷墟の復元イラストを見てこの創作叙事詩を書いた。
 社会科が苦手で成績不振だった彼であったが、
 教師が凄い!と思い、彼をリスペクトしてしまったのは、
 四連の「時をこえて今」以下だった。
 紀元前1500年以上も前の歴史と現代(1985年)と対話をしていることだった。
 かつて歴史家・E.Hカーが『歴史とは何か』(岩波新書)の中で
 「歴史とは現在と過去との対話である」と述べたことなど知るはずもない中学生が
 いとも簡単に実践してしてしまっている。

 当時は、まだ、生徒自身による解題を書かせたことはなかったが、
 のちの実践の中で自らの作品を書いた理由や根拠を書かせた「解題」を加えてワンセットの作品である。

 *引用元http://esd2005-2015.blogspot.jp/2015/09/201595_7.html




 創作叙事詩は、<学習や体験> + <想像力> から生まれます。

 そして自らの書いた創作叙事詩について、なぜこの〈創作叙事詩〉を書いたのか、
 その理由や根拠、背景を解き明かしていくのが「解題」です。

 解題は、<創作叙事詩> + <論理的思考力> から生まれます。

 頭(知識としての事実)から心(感情体験にまで深める)へ、
 そしてまた心(自分の書いた創作叙事詩)から頭(論理的思考力)へ、
 そういった 頭 ⇆ 心 の往来こそが真の『生きた学習』につながっていく。

 生きた学習とはただ単に「知識」を暗記するだけではなく、
 その知識を自分と深く関わらせることによって「生きた知識」(応用可能)にするだけでなく、
 人間が生きていく上で「大切な何か」をそこから感じ取れるようなものだと僕は感じました。

 ホリスティック教育は「主体的・対話的」な学びです。
 それは教師が生徒に上から一方的に授ける教育ではなく、
 生徒が主体となって、教師は仕掛け人、提案者、援助者、参与者となって共に学びます。
 そして教師は生徒から学び、生徒が出してきたものに驚く。
 その素晴らしさを分かち合う。
 教えるものは即教えられるものであり、
 ケアするものは同時にケアされるものでもあります。
 それを「相即性」と呼びます。
 そこには共に学び合う姿勢、共に成長していこうという姿勢があります。


 *上の記述はすべて僕の頭で理解した「ホリスティック教育」ですので、多分に長谷川満フィルターを通しての理解であることを念頭に置いてお読みください。

 *「ホリスティック教育」を詳しくお知りになりたい方は成田喜一郎先生のブログhttp://ethnographymetahistory.blogspot.jp をご覧ください。


 成田先生はこんなこともおっしゃっていました。

 
 広目天            多聞天


       大日如来
       (子ども)


 増長天            持国天



 子どもが真ん中である。
 子どもを変えようとするのではなく、信頼して任せていくことで開かれるものがある。
 大人は多聞天となって子どもの話をたくさん聞き、
 広目天となって広い目で見てあげて、
 大人が増長することなく子どもに対して謙虚になっていく。



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 「ホリスティック教育」では、教育、経済、社会は不可分なものと捉えているんですね。
 環境問題も教育問題も根っこは同じですね。
 人間が自然に対して傲慢であったように、大人は子どもに対して傲慢だったように思います。
 まずはその心の姿勢が変わるところから、
 つまり自然や子どもに対するリスペクトを持つところからですね。
 

 そのようにお話しさせてもらったら、成田先生も深く共感してくださいました。
 
 
 
 今回、この講演会の主催者である寮美千子さんのご好意で、成田喜一郎先生と竹下三隆先生とのご縁ができて、またここから新たな展開が生まれそうな、そんな嬉しい予感がしています。

 

 
 
 
 
posted by 長谷川 at 18:17| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月20日

ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 3


 ユミエさんには、お子さんが4人おられますが

 みんな勉強が好きなんですね。

 そしてよく勉強ができるんですね。

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 フェイスブック Haruya Gest House (はるやバンド)より転載


 実はユミエさんは全く勉強熱心ではなく、
 
 学校の先生にも「子どもが負担に思うほどは宿題を出さないでほしい」と頼まれるくらい、勉強を「させる」ことには反対の方です。

 子どもたちが自分で
 何かに興味を持って調べごとをする、
 百人一首や俳句にはまる、
 数学の問題作りに熱中する、

 そういうことは好きにやらせてあげて、
 時には驚いたり感心したりして、

 ユミエさん自身も楽しんでおられる様子です。


 勉強を一切強制されることなく、
 好きなことを好きなだけやらせてもらえる子どもたちには

 数学や

 俳句も

 時にはテスト勉強も

 面白い『はまる』対象なんですね。

 

 好きで、興味を持って、俳句を詠むようになる。

 俳句を読むようになると季語になるような言葉

 「薄氷(うすらい)」とか

 空や雲や風の名前、花や鳥の名前も

 勝手に覚えていく。

 季節感や情趣を伴って。

 本当に生きた勉強ですよね。

 小学生の光くんが「俳句を詠む」喜びを知っているんです。
 
 それはきっと彼が生きていく上で、

 彼を慰めてくれる力になってくれるでしょう。

 音楽や絵画やその他の芸術活動と同じように。

 ひょっとしたら俳人や歌人になるかもしれません。



 光くんは野鳥にも詳しいんです。

 「トンビの羽は振ると音がするけど、フクロウの羽は振っても音がしないねん。夜行性で獲物を音もなく狩りするから。」

 羽も見ただけで何の鳥かわかったり、

 わからなかったら自分で調べたり、

 そこでまた色々なことを発見したり。

 これこそ生きた勉強です。



 その興味は数学にも、国語にも、理科にも、社会にも、

 世界を旅されているから英語にも広がって、

 趣味の写真や、音楽や、物語作り、

 ブラックホールの研究、イラスト、碁、旅。

 それらがつながり合って。

 もう子どもたちの可能性は本当に無限大です。

 高校3年生のお兄ちゃんは「日本の学校教育を極める」

 と大学を目指して受験勉強中です。

 そっちもありなんです。

 受験勉強中ではあるけれど、

 バンドもしてるし、遊ぶ時は遊ぶ。

 とても充実しているみたいです。


 このお兄ちゃん、実は中学を卒業した当初は高校へ行かずに

 インドにしばらく滞在したり、自転車で九州まで旅に行ってたりして、

 自由に過ごしていたんですがその年の秋から急に「高校へ行く」と

 受験勉強して翌春京都の進学校に合格されたんです。

 もう何から何まで自分の意思。自分で決めたことなんです。

 次男くんも中学校を卒業した後、高校へは進学せず、

 自分たちが毎日食べているお米がどんな風にできるのか体験してみたいと

 苗からお米作りに挑戦中です。



 ユミエさんは「中学校を卒業したらお決まりのように高校へ行くんじゃなくて、1年くらいゆっくり自分は何がしたいんやろうと考えたり、ちょっと旅に出てみよかとか、そんな時期があってもいいように思います。皆さんにもオススメです。」とおっしゃっていました。

 本当にそうだなあ、と思いました。


 また「子どもって、死ぬほど暇やあって時間もあっていいんちゃうかなあ。暇や暇や言うてるうちに何か見つけるもんです。自分の好きなことを。」と『暇の効用』についてもおっしゃっていました。

 今子どもたちに一番不足しているのはこの「暇」とか「退屈な時間」なんじゃないでしょうか。

 そこから生まれるものが絶対あると思うし。

 そういう時間があるということはとても豊かなことのようにも感じます。
 

 
 今回の対談を通じてユミエさんの子育てとか教育は、

 人間の可能性を開かせる素晴らしいものであると感じました。

 「子どもを育てる」

 それは人間の営みの中でも最も創造的で、芸術的で、愛に満ちた幸せなものだと僕は思っています。

 ユミエさんの子育てから学ぶことは多いけれども、

 非常に多いけれども、

 それをそのままやることがいいのかと問われると、

 違うような気がします。

 ユミエさんはユミエさんらしく生きておられる。

 ユミエさんらしく子育てをされている。

 それが素晴らしいんであって、

 一人ひとりが自分らしく生きて、

 自分らしい子育てをすることが大切で、

 子育てというのは一つの創造活動であり、芸術活動です。

 そこに子どもが生きて、自分も生きて

 親も子も両方の命が喜んでいるなら、

 素晴らしい子育てなんて100通りも1000通りも

 それこそ人間の数だけあるんじゃないかなあと思います。

 

 今回の対談が参加してくださった皆さんにとって自分や自分の子育てを振り返る一助になれば幸いです。

 参加された方でも、このブログをお読みになられた方でも、

 もし感想等ございましたらコメントいただけるととても嬉しいです。

 
 
 今回の対談を引き受けてくださった藤村ユミエさん、準備から後片付けまで何から何までお世話になった「ゆるり」の小菅香織さん、本当にありがとうございました。
 心から感謝しております。
 




 

 ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 2
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458870424.html
 

 ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 1
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458830739.html

 


posted by 長谷川 at 18:34| Comment(2) | 「はるや日記」のユミエさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 2


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 真ん中が会場「ゆるり」の香織さん、右が今回対談した藤村ユミエさん



 対談の中で「親学10か条」と「無為の子育て」を紹介させていただきました。

 
     < 親学10か条 >


  1、 子どもの自己成長力を信頼する。
    (信じて待つ)
                  
  2、 ありのままを愛する。
    (そのままのあなたが大好き)

  3、 子どもを尊敬する。
    (もうすでにあなたは素晴らしい)

  4、 子どもを親の思い通りに育てようとしない。
    (自然にお任せする)*子どもは親の作品ではない

  5、 子どもの思い、ペース、自由を大切にする。
    (あなたはあなたのやりかたで、あなたのペースで)

  6、 家族が仲良くする。
    (許し合う、笑い合う、かたいことは言わない)

  7、子どもの話を聴く
    (関心を持つ)

  8、子どもの存在を喜ぶ。
    (生まれてくれてありがとう)

  9、 親が幸せである。
    (笑顔と感謝を持って暮らす)

  10、家をのんびりできる場所にする。
    (心が安らぐ居場所)




 ユミエさん的には10番の「家をのんびりできる場所にする」がいいとおっしゃっていました。
 そういうことってあまり言わないでしょ。
 でも、家でのんびりできるってとても大切なことだと思う、と。


 これを作った僕としては、
 今まで接してきた子どもたちや青年たちの話から、
 意外と家でゆっくりできていない子が多いなと昔から感じていました。
 中には「本当の自分でいられる居場所がほしい」という子もいました。
 
 親が子どもに対して「いい子であれ」「努力する子であれ」と躾ると
 子どもにとって家はゆっくり、のんびりできる場所でなくなるし、
 本当の自分ではいられなくなる。
 何か親の前でも演技じゃないけど、自分を作らないといけない。
 そうなると家は子どもにとって「心が安らぐ居場所」ではなくなります。

 何の気遣いもなく本来の自分に戻って甘えられる居場所としての家、ホーム。

 そういう心の居場所とも言える「家、ホーム」を持っている子と持っていない子では心の安定度も違ってくるだろうし、物事に取り組む積極性や意欲も変わってくると思うのです。
 もちろん幸福度も。
 
 以前うちの息子が「この家は人をダメにする家や。家にいるとゲームをするか、寝るか、漫画読むか、ただただダラダラしてまう。」と言っていましたが、それでいいんだと僕は思います。

 息子はこんなこと言う割には塾にも予備校にも行かず独力で大学も受かっているんです。
 ちゃんと集中して勉強も努力もしているんですね。
 そして、そう出来るためにはのんびりリラックスできる場所と時間が必要なのだと思います。


 9番の「親が幸せである」も多くの人が共感されていました。

 ある意味、この9番、10番が一番基本というか、一番大切なことかもしれません。




      無為の子育て    

   1、いい子にしようとしない
   (あなたでいい、あなたがいい)

   2、甘えを許し受け入れる
   (あなたもわたしもダメでいい)

   3、自然にお任せする
   (私には何もできません)

   4、愛や喜びや幸せを受け取る
   (私の許に生まれてくれてありがとう)

   5、自分のエゴに気づく
   (「あなたのため」は自分のため)

 



 この「無為」という言葉は2500年前の中国の老子の言葉で、
 「何も計らうことなく、自然にお任せする」という意味なのですが、
 昨年11月ユミエさんが「ゆるり」でお話会をされた際、
 こういう言葉をおっしゃっていました。

 「諦めるとか、許すとか、信じるとか、それらはみんな同じことやと思うんやね。
  言葉は違うけれど、そのしていること、行為は同じで一つの愛情表現やと思うんです。」


 諦めるも、許すも、信じるも「自力の計らいを捨てて自然にお任せする」ことと同じなのではないでしょうか。
 そう考えると「無為の子育て」の考え方とユミエさんの言葉は一致しているんですね。
 
 「無為の子育て」には5項目ありますけど、
 全部同じことが表現を変えて書いてあるだけで、その意味することは全部繋がっています。
 それは「親学10か条」でも同じことです。


 これは以前ブログにも書いたのですが、今回の対談でユミエさんに直接お伝えしました。


 ユミエさんにとって子どもを育てるということは、何か素晴らしい可能性を秘めた花を育てるようなものではないのかなと感じます。
 だから愛情や安心や自然あふれる環境は与えるけれど、それ以外は極力手を出さない。
 子どもの成長や変化を面白がったり、楽しんだり。
 「さあ!次は私に何を見せてくれるの?」
 そんな気持ちでお子さんたちに接しられているように感じられます。
 それは自然が季節の移ろいと共に
 いろんな美しく面白い景色を見せてくれるのを楽しむように。

 ユミエさんにとっては
 自然に向き合うことも
 子どもに向き合うことも同じなのではないですか。
 どちらも愛する存在であり、尊敬する存在。

 そしてユミエさんは自然や子どもと同じように
 心の中にあるご自身の「いのち」の声も
 とても大切にされているように感じます。

 だからこそ
 山奥の自然いっぱいのところに引っ越して
 そこに家を建て、
 自分の望む暮らしを作り、
 自分の望む子育てをし、
 インドにも旅をされるのだと思います。

 「子どものために」我慢したりなんてことは
 これっぽっちもないんじゃないかな。
 全部「私がそうしたいから」。

 ユミエさん自身がちゃんと自分を生きていられる。
 覚悟を持って。



 そうお伝えしたら「なんだか心理分析のセッションを受けいているみたい。みつるさんは私以上に私のことを理解されている感じです。それをちゃんと言葉にして伝えられる。すごい。みつるさんは良い言い方をされるけれど、私は『わがまま』ということやね。」と笑っておられました。 

 「そうですね。わがままです。でも覚悟のあるわがままです。」

 僕たちに一番欠けているのはこの覚悟であるように思います。

 ユミエさんがなぜ、こんなにも自由に、自分の思う自然体の子育てをし、自己実現的に生きられるのか。

 それは「覚悟」をお持ちだからと僕は思います。

 人と違う生き方をする。
 人と違う子育てをする。
 それはとても勇気のいること。覚悟のいることです。
 
 そこの覚悟を持てないから、
 私たちは自分らしい生き方も自由な子育てもできないのではないでしょうか。

 そこの覚悟が持てないから、
 子育てに悩んだり、子育てがしんどいものになってしまうのではないでしょうか。

 覚悟がピタリと決まれば、
 私たちももっと自由に、もっと自分らしく生きられるようになり、
 子育てももっと楽に、もっと楽しいものになるのだと思います。

 その覚悟は人によって色々あると思いますが、
 ユミエさんと僕にとっては
 「自然にお任せする」覚悟

 ユミエさんに比べると僕はまだまだ覚悟が足りませんが。
 その分、苦悩しています。


 



 ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 1
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458830739.html
 
 
 ユミエさんとの対談イベント「自然におまかせ、もっと自由な子育て」を終えて 3
 http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/458914030.html
 
 

posted by 長谷川 at 13:56| Comment(0) | 「はるや日記」のユミエさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする